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66コンサバトリー

 「関係ない」と言われてもいないのに、ジークヴァルトはエマに一刀両断されたようで、取り付く島もなかった。

 浮気をしたわけではないのに、後ろめたさが尋常じゃない。こんなことは初めてだ。相手の機嫌をうかがい、怯えすら感じるなんて。


「あの、お願いがあるのですが…」


「…っ!何?なんでも言ってほしい」


「この薬のことを調べたいのと…庭師のおじいさんからいろいろハーブを分けて頂いたので、せっかくですから何か作りたいなと思って。

それで、そういう作業が出来るような場所がお屋敷にあれば使わせて頂けないかと思いまして」


「作…業…?」


 拍子抜けしてしまった。この状況で何をお願いされるのかと思ったのに。

 いや、エマは『魔女』として、もう目の前の仕事に気持ちを切り替えたのだ。ジークヴァルトはエマの希望にこたえようと最適な場所を考えた。


「あ、ああ…分かった、作業場だな。

それなら……コンサバトリーがちょうどいい」


 コンサバトリーは、屋敷の南側の部屋の一部を張り出して作られた、壁がガラス張りの一角だ。

 本来は太陽光を入れて鑑賞用植物を寒さから守るためだが、それらを眺めて茶会も出来るようにも整えられている。

 床はタイル張りなので水も使えるし、植物を扱うエマには都合のいい場所だろう。

 何より屋敷から出る必要がない。


「コンサバトリーを使わせて頂けるのですか?

ありがとうございます」


 やっと笑顔をみせてくれた。


(君が喜んでくれるなら、俺は何でもする。)


 だが、ほっとしつつも、全てを…昨日の告白からの全てを無かったことにされているように思えた。



 屋敷に着くとジェームズを驚かせた。

 当たり前だ。昼食も取らずに戻ったのだから。


 エマがすぐにコンサバトリーを使いたいと言うので、ジークヴァルトはメイド達に案内と手伝いを命じた。


 残されたジークヴァルトがジェームズに何があったのか尋ねられるのは当然の流れだ。

 そして、憮然(ぶぜん)と語った事情に公爵家の執事長がこめかみを抑えて大きなため息を吐いてしまうのも当然だった。


「無礼を承知で申しますが、それは失態中の大失態。

意中(いちゅう)の方の前で愛人に自殺未遂させてしまうとは」


 自室に向かって歩き出していたジークヴァルトは、振り向くとジェームズの胸元に向かって外した手袋をバシッと投げつけた。


「そんな関係ではないっ。情報提供者だっ!」


 怒鳴るジークヴァルトに、足元に落ちた手袋を拾って形を整えながら、


「どう説明しようと、目の前で嫉妬をぶつけられたエマ様にはそんな線引きは無意味なのでは?」


と、元教育係の執事長は冷静に指摘した。


 ぐっと押し黙ったジークヴァルトにジェームズは、


「どちらにせよエレノアという方もプロ中のプロである三華の一人にも関わらず私情をもちだしたのです。

明らかなルール違反。

彼女たちの世界では()れた方が負けなのです。

気持ちに応えられない罪悪感や(あわれ)みはかえって彼女を傷つけるでしょう。

とにかく、貴方(あなた)の大切な方だけを大切になさって下さい」


と言って、胸元から一通の手紙を取り出した。


 差出人は、ルー。


「先程届きました。エマ様のご友人でしょうか。

ジークヴァルト様から渡して差し上げて下さい。

お喜びになるのでは?」


 これを渡せばエマはきっと喜ぶだろう。まさか、ルシエンヌ嬢に救われるとは、とジークヴァルトは眉間にシワをよせた。

 だが、エマに渡す手紙だ。シワや折り目がつかないようそっと手にする。


「街のご友人からにしては上質の紙ですが?」


 ジェームズの疑問の眼差しに、手袋を投げつけた後ろめたさから素直にこたえた。


「……ルーはエマの友人で、隣国オースト国公爵家令嬢ルシエンヌ・デ・グローシュ嬢だ。

訳あって我が国の庶民として暮らしている時にエマと知り合った。

いまはオースト国大使館に滞在中だ。

さらに言うなら、ルイス王子のお気に入りだ」


「なんと!それは喜ばしいことでございますね。

そのような方であればお招きしてはいかがでしょうか?」


 執事長にとって癇癪を起こす子供にみえただろう。まだまだ未熟だとジークヴァルトは反省した。


「…ああ、そうだな…。エマに聞いてみよう。

ジェームズ、すまなかった。

軽い食事を用意してくれないか。着替えてから俺がエマに持っていく」


「……(かしこ)まりました」



✳︎

 コンサバトリーに案内されたエマはメイド達の助けを借りてテーブルや椅子を動かし、作業に使えそうな机や調理器具を揃えてもらった。

 そして、それ以上の手伝いを断り一人になると早速作業を開始した。


 封筒の中の錠剤をすり潰して粉状にして紙の上に広げる。


 エレノアの処置をした時は緊急であったため、とりあえず体内の植物成分の全てを殺した。

 つまり、朝食で野菜類を取っていてもその栄養分まで無効になったということだ。


 ルーンを(つむ)ぎ、注意深く読み取っていく。


(われ)、ルーンヲ知ル者。地ニシカト根ヲハリ天ヲ突ク不動ノ木ハ鋭クスベラカニ枝ヲ伸バシ、豊ナル草ハ陽気(ようき)ニ歌ウ。陽光ハ喜ビ。ヤガテ輝ケル栄光ヲ誇ラシゲニ実ラス。全テノ者ヨ我ニ(こうべ)ヲ垂レヨ…』


 結果ーーー薬の中身はとんでもなく粗悪なものだった。


 ドアのノックとともにジークヴァルトがワゴンを押して入ってきた。


「軽い食事を用意させた。一緒に食べよう」


と言いながらテーブルにクロスを広げ始める。

 ジェームズや他の使用人が来る気配はない。


「あなたがご自分で、こんなこと…」


 ジークヴァルトがテーブルをセッティングし始めるのを見て、慌てて手伝う。パンの入った籠を置き食事の乗った皿やカトラリーを並べてグラスにワインと果実水を注ぐ。

 外にある大きな木が直射日光を避けてくれるおかげでガラス越しに(おだ)やかな陽光が入り、観賞用植物に囲まれたお洒落(しゃれ)なカフェレストランのような席が出来上がった。


 食事は庭園での出来事には一切触れないたわいのない会話をしながら取った。

 美味しいとか、周りにある植物のこととか、今日はいい天気だとか…。


 この気の使いようは、『魔女のエマ』の協力の有無を気にしているのかも知れないが、幻滅も失望もしていない。

 むしろ、ジークヴァルトを想う女性たちの中の一人として、エレノアのように彼を悩まし迷惑をかける存在にはなりたくない。

 彼が誰かに言い訳しなければならないような存在にはなりたくないと強く思うだけだ。


(というか……私みたいな小娘が、この人の交友関係に首突っ込んでも手に負えないし。)


 エレノアはエマを指さして陥れようとしたけれど、罪だ罰だなんて言う気はない。有名な彼女が多くの貴族たちの前ではあんなことをした痛手は相当だろうから。


 食事を終えて、エマは自分とジークヴァルトの紅茶を淹れた。

 エマが席に戻るとジークヴァルトはおもむろに居住まいをただして頭を下げた。


「エマ、君をあんな騒ぎに巻き込んでもうしわけなかった。嫌な思いをしたのに、治療までさせてしまって。

これだけは分かっていてほしい。俺にとって君が何よりも大切なんだ」


(俺が、愛おしいと思うのはエマだけなんだ。)


「頭をあげてください。私、分かりましたから。立場上様々な方々とのお仕事があるのだと思います。エレノアさんのことは気にしないで下さい。それに目の前で苦しんでいる人を助けるのは当たり前ですから」


(情報提供とか言っても、大の大人が娼館に行って全く何もないなんてありえないって。

『魔女』が大切だからって、俺にとって…なんて、人たらしな言い方するのよね、この人は。)


「そうか、分かってもらえてよかった」

「はい…」


 お互い真逆のことを考えていると気づかないまま、二人は目の前の問題に取りかかることにした。


 エマは作業台から持ってきた一枚の紙をジークヴァルトに差し出した。

 錠剤について分かったことを書き留めたものだ。


「これは、錠剤に含まれていた薬草の種類とその分量、作用についてです」


 錠剤の主成分はエマが名付けた毒草のもこもこ草だった。

 そして、副作用に酷い頭痛と吐き気があるなら抑える効果のある薬草を加えればいいとばかりに様々な薬草が加えられていた。

 例えるなら薬草同士が喧嘩(けんか)している状態だ。得たい効果が1割なら9割の副作用に悩まされることになる。

 エレノアがああなったのは多量摂取の中毒症状。


 でも、とんでもない粗悪品であっても苗木(なえぎ)から比べれば格段に手軽になった。

 (つら)い副作用があってもたった1割の効果でも求める者は必ず出てくる。

 もし、こんなものが改良され偽物の魔女の名でばら()かれれば大変なことになる。


「ここまで詳しく調べられるとは驚きだ。

ありがとう。とても助かった。

早速、ルイスに報告する。あとは……俺に任せてくれ」


「はい、お願いします」


 誰がエレノアにこの錠剤を渡したのか、それを調べるのはジークヴァルトの仕事だ。

 

「そう…いえば、君に手紙が来ていた。ルシエンヌ嬢からだ」


「ルーから?!」


 エマは喜んで受け取りその場で読むと、会いたいのでいつでもいいから連絡が欲しいと書かれてあった。


「明日、お茶に招待すればいい。ジェームズに言っておこう」


「ありがとうございます。すぐに手紙を書きます」


 微笑んで礼を言うと、ジークヴァルトが目に見えてほっとしていた。


 だから、彼がそれを言ったのはほんの思いつきだったのだろう。(なご)んだ雰囲気につられてふと言ってみただけだったのだろう。


「ここは作業場として気に入ったか?

他に必要なものがあればメイドかジェームズに言えばいい。もちろん俺でもかまわない。

ところで、エマはテューセック村にくる前はどこに…と言うより、やはり君はもともと貴族の出身なのだな。

『コンサバトリー』を知っているなんて」


 エマは顔を(こわば)らせた。


 たしかに、この世界の生活水準ならこれほど貴族的な施設はない。なんて言い訳すればいいだろう。何も思いつかない。


「今までずっと気になっていた。

君はこの屋敷に来てからも戸惑いや卑屈さが全くない。

貴族のような生活をしていたと考えるのが一番納得できる。

テューセック村に来る前のことを、教えてくれないだろうか」


 嘘を嘘で重ねたくない。でも、異世界から来たなんて言えるわけない。

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