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60窮鼠

 やった!やった!うまくいった!マリアンヌは扉に耳をはりつけ、外の様子をうかがう。


 テューセック村から不眠不休で帰ってから、エマを何とかして始末できないかと部屋で悶々としていた矢先、ホージ侯爵が雇った男たちがすごすごとやっと帰ってきた。計画は失敗続きだ。報酬などもらえるわけがない。おおかたチャンスをねだりにきたのだろう。

 マリアンヌは、この可哀想な男たちをみていいことを思いついた。


 そうだ!あたしがチャンスをやればいいんだ。


 話をもちかけたマリアンヌに強面の男たちは胡散臭そうな顔をしたが、前金を渡せば「お嬢様」と言って大型犬のように従順になった。


(ここまでお膳立てしてやったんだ。今度は失敗(しくじ)るんじゃないよっ!)


 マリアンヌは頭からショールを被りあたりをうかがうと、別の扉から大通りへ向かって素早く走り去った。


 鍵のかかった扉を背に逃げ道を探して横を向くと路地の先はさらに薄暗く細い道が続いている。

 寂れた飲み屋のような店が何件か軒を連ねていたが、人の気配が全くしない。


 エマはじりじりと男達から距離をとる。カゴからは野菜が転がり落ちた。


「やっとご対面だな。店に行ってもいねえ、村を襲ったら兵隊なんか用意しやがって。

お前が生きてちゃ金が手にはいらねえんだよ」


 一人の男がズカズカと距離を詰め、ものすごい力でエマの肩を掴み上げる。


「痛ッ!!」


「ここで殺っちまうか」


「まだ通りに近い。それにこのまますんなり殺るのは…なあ?こっちはさんざん振り回されたんだ」


 三人から卑下た笑いが漏れる。


 恐怖で歯がガチガチとなって噛み合わない。

 村でハンスに襲われた比じゃない。

 店に強盗が入ったことも話しを聞いただけ、村が襲撃されたけどすぐに助けが来た。

 いま初めて『襲われる』本当の怖さが分かった。


 男二人にがっちりと両方から腕を掴まれ、路地の奥へ奥へと無理やり歩かされる。

 恐怖で喉に声が引っかかって大きな声が出せない。なんとか出来ないかとキョロキョロと目を忙しなく動かすけれど逃れる術が見つからない。


「よし、ここだ。入れ」


 突き飛ばされるように押し込まれたのは、寂れた小屋。

 朽ちかけた薄い板の所々から僅かな光がさす。床は土の地面がむき出しで木切れやボロ布や何か分からないゴミが散乱し、湿気臭い。

 生きている植物の気配が全くしない。エマの助けとなるものが何もない。


 逃げ場のない檻のなかの小動物をあざ笑うように笑いを漏らす男達。

 もう諦めろといいながら手を伸ばし、ゆっくりと近づいてくる。


 どうしよう、どうすればいいのか。

 エマは破裂しそうなほど緊張しているうるさい心臓に手をあてた。手に触れたのは、服の中にしまってあるジークヴァルトからもらったペンダントだった。


 エマはそれをギュッと握りしめた。


パキッ


 足元で木材の切れ端が割れた。するとわずかに木の香りが鼻に届いた。


 エマはすかさずその切れ端を拾い握りこむ。そして、男達からジリジリと後ろに下がりながら距離をとる。そう広くはない小屋だ、足元も覚束(おぼつか)ない。

 男たちをまっすぐ睨みつけながら、手元では急いで木切れをポキポキと折っていく。出来るだけ細かく。


「さっきの女の人は誰?」


 時間をかせぐためにダメ元で聞いてみた。


「さあ?なんのことだ?そんなもんで何するつもりだ。俺たちを刺すつもりか?そんな小さくしちまったら役にたたないぜ?へへへへ」


(やっぱりダメか。ああ、もうこれ以上後がない。やってみるしかない。この木はまだ生きてる。これで咳が止まらないくらいのアレルギーをおこせれば逃げる隙ができるかも。)


 手の中にあった木の香が残る木切れにルーンを紡ごうとした瞬間ーーー

バン!と激しい音をたてて扉が開いた。


「何やってんだ!お前ら!」


(………………最悪)


「何楽しそうなことやってんだ?俺もまぜろよ」


 さらに大柄の凶悪顔。ニヤリと笑うと男たちを押しのけてズカズカと迫ってくる。


 せっかく手にしていた木切れも、全て落としてへたり込んでしまった。

 誰が助けに来ると言うのだろう。手足に力が入らない。心が(くじ)かれ絶望感にかわる。

 偶然手に触れた鋭利な木片。もうコレで自分を…


 でも、一瞬遅かった。手で口を塞がれ、腕を掴まれる。そして、凶悪な顔が耳の間近までグイッと迫る。


「お助けします。お静かに」


ッ?!


 そう囁いた凶悪顔の男は、次の瞬間にはだらしない笑みを男たちに向けていた。


「へへへへ、この女、もらっていくぜ」


「待ちな、この女は訳ありでな。あんたにはやれねえんだよ」


 男たちは顔見知りのようだ。


「ほう。新顔が俺とやるんかい」


 凶悪顔の男が挑発すると、三人の男たちが人数で勝てるとふんだのか、不敵に笑う。


 数秒後ーーー


 倒れ伏す三人の男。


「それじゃ、この女もらって行くぜ」


 エマの片腕を凶悪顔の男が掴み上げ、そのまま大通りの方に向かって乱暴に引っ張って連れていかれた。

 横顔をそっと見上げるが、まっすぐ前を向いたまま何も言わず進んで行く。


 もう少しで大通りに出るところで突然足を止めた。そして、少し乱暴に壁におしつけられた。

 はたから見れば明らかに脅されている格好だ。


「怖い思いをさせて申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」


「は、はい。ありがとうございました。あの、あなたは…」


「私はジークヴァルト様のご命令でこの地域に潜入している者です。

貴女の護衛をしている者から、貴女が突然路地へ駆けて行き見失ったと連絡をうけました。悪い奴らの溜まりそうな場所は私のほうが知っていますから。

間に合ってよかった。

あとのことはお任せください。あいつらはもう二度と貴女の前には現れません。

このまま大通りをお帰り下さい。

それから、財布を渡して下さい。後で他の者がお返しに上がります。誰が何処から見ているかわかりませんので、貴女から脅し取って見逃したふうに装います」


 壁ドンをしながら一息にボソボソと話すと、凶悪顔の男は腕を組み、「やっぱりお前みたいな小娘、相手にしても面白くねえ。見逃してやるから金出しな」と言ってエマを威圧的に見下ろした。


 慌ててポケットから財布を取り出すとおずおずと差し出す。すると凶悪顔の男はパッとひったくり、顎を大通りの方向へしゃくった。

 エマは心の中で、ありがとうございます!ありがとうございます!と何度も唱えながら(もつ)れそうになる足を必死に動かし一目散に店まで駆け戻った。


 ジークヴァルトは執務を昼過ぎには終わらせていた。

 書類を持ち込む役人には、「それは今日必要なものなのか?」と確認すると役人は改めますといって物分かりよく退散してくれた。

 ルイス王子には夕方までは充分時間があると言われたが、もしも下手な書類をつかまされれば定時に帰れなくなるかも知れない。

 読書でもして時間をつぶそうと、城で使用している私室へ移動した。


 ジークヴァルトはあと二時間程かと時計を見てまた本に視線を落とした。


 その知らせがきたのはそんな時だった。エマがまたもや襲われたというのだ。

 危険地域に潜入している者ほど身分が漏洩するのを防ぐために、うかつに連絡は取ったりしない。なのに事が起こってからつい半時間ほどの早さで報告がきたのは、ジークヴァルトが気にかけるよう指示していた『エマ』だったからだ。


 密偵から内容を託されたジークヴァルトの部下は、エマが店を出て以降、助け出されるまでの詳細を報告し、エマのものだという財布を執務机に置いた。


「状況は……わかった。其奴らを拘束し知っていること全てを吐かせておけ」


 それだけ指示すると下がらせ、扉が閉まるのを見届ける。

 ジークヴァルトは両手で顔を覆った。貧血になったようだ。椅子に座っているのに、血の気が引いて気分が悪い。


(エマが襲われただと?路地裏の朽ちた小屋に連れ込まれ賊らに囲まれていた…。

もしあと少しでも助けが遅かったら、エマは…)


 その後は想像もしたくなかった。


 執務机に置かれたエマの小さな財布。小花柄の布を繋ぎ合わせて作られた巾着袋。


(エマの手作りだろうか。)


 持ち上げると少しばかりの小銭がチャリチャリと音を立てた。

 小さな袋を大きな両手で握りこむと、祈るように眉間に当てきつく目を閉じた。


(優しい君のことだ、頼みをききたかったのだろう。だが…だがっ!)


 ジークヴァルトはエマの小さな財布を握り締めると勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音をたてて転がるのも気にとめず私室を飛び出した。


✳︎

 夢中で走ってエマはうちへ飛び込んだ。

 息がハアハアと乱れる。


「おかえり。エマ?」


「どうかしたの?」


 様子のおかしいエマにスーラとルーが椅子から腰をうかす。


(あれ?視界がぼやける…)


「エマ?!」


「どうした!何かあったのか?!」


 涙腺がゆるんで涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 スーラが「どこか怪我でもしたのかい?!」と、かけ寄りエマの頭や顔や腕を慌てて撫でてくれる。


「ち、違う、んです。だい大丈夫です」


 涙がつかえてうまく喋れない。


「エマ、とにかく座って。落ち着いて話して」


 ルーが背中をさすり、椅子に座るのを支えてくれた。

 エマは帰り道に起こったことを涙でしゃくり上げながら話した。


「ジークヴァルト様が私に護衛を付けていたみたいで、そのおかげで逃げて来られたんです…ううう…」


「ああ、エマ、なんてことだい。怖い思いをしてかわいそうに」


「怪我がなくて本当によかった」


 二人は慰めてくれるが、エマは激しく首を振る。


(スーラさんはあの盗賊たちに縛られて刃物をむけられた。旦那さんは殴られた。

さっき助けてくれたあの人も、もし身分が知られたらたいへんなことになるはず…

全部私のせいで…。

何が『気をつけますから大丈夫』よ!

ジークヴァルト様が怒るのも当然。

危機感ゼロ!全っ然現実見てないじゃない!私のバカッ!!)


 しばらくエマの涙は止まらなかったが、ルーがずっと背や肩を撫ぜてくれ、スーラの温かいお茶をゆっくり飲んでいると徐々に落ち着きを取り戻してきた。


 ルーとスーラがほっとして顔を見合わせていると、表で慌ただしく馬車が止まる音が聞こえた。

 するとすぐにノックもなしに玄関の扉が乱暴に開かれた。


 立っていたのはジークヴァルトだった。


 やっと落ち着いたエマの顔色がみるみる悪くなる。椅子から恐る恐る立ち上がるが、足がガクガクと震える。

 エマの軽はずみな行動がもうジークヴァルトの耳に入ったのだ。

 この体の震えは、恐れ。

 何を恐れるのか…怒られるのが怖いんじゃない。


 失望されるのが怖い。


 『魔女』のくせに行動の判断もつかないほどの愚か者だと思われるのが怖かった。


(だって、私の価値は『魔女』だけなんだから。)


 目が合うと、ジークヴァルトが真っ直ぐこちらに向かってきた。

 エマはもう正視することが出来ず、きつく目を閉じ俯いた。


「君は俺を殺す気かっ!

本当に君は…心配ばかりっ!」


 エマは抱きしめられていた。


(え…)

 

 ジークヴァルトの大きな手がエマの頭を大事そうに何度か撫ぜると、今度は覗き込んでエマの頬を撫ぜる。


「目が真っ赤だ。怖い思いをしたのに、大きな声を出してすまなかった」


 エマはなぜかまた涙が出そうになり、慌てて俯いて首を振った。


「エマ、迎えにきた行こう」


 ジークヴァルトがエマの肩をだき、半ば強引に馬車へと促した。



✳︎

 唖然と見ていたルーは我に返ると慌てて制止する。


「お待ちください!急にきて何なのです?!それに荷物もっ」


 ジークヴァルトはそんなルーを無視すると、エマを抱き上げるようにして馬車に乗せる。戸惑うエマは扉から奥に押し込まれてしまった。


「宰相補佐様っ!どうしたのですか?!スーラさんにも一言もなく、なんて強引な!それにロイもこれからエマの見送りに来ることにっ」


 ルーが責め立てるとジークヴァルトはやっと振り向いた。

 でもその眼はエマに注がれた眼差しとは真逆の、鋭く冷ややかなものだった。


「何を騒ぐことがある?少しばかり迎えが早くなっただけだ。エマは連れて行く。

荷物は他の者に取りに来させる。

ロイにはよろしく伝えておいてくれ」


 そう早口で言うと、スーラに向かって「世話になった」とだけ声をかけた。


 ジークヴァルトのあまりの態度にルーはさらに語気を強める。


「エマもやっと落ち着いたところなのにっ!こんなこと(さら)って行くのと同じじゃないかっ!」


 ジークヴァルトは一旦はルーを冷たく一瞥し無言で馬車に乗り込もうとしていたが、くるりと振り返った。


「たかが『薬草屋』が、誰に向かって口をきいている」


 そう言い捨てると、今度こそ馬車に乗り込みルーの目の前でバタンと扉を閉め去っていった。


 あまりにも失礼な態度にルーは目をむいて言葉に詰まった。


 ジークヴァルトは内心激怒しているのだ。エマにではない。自身の不甲斐なさに。

 たった一日の滞在を許してしまった後悔とともに、自分の知らないところでまたエマが危機に直面し、守りきれていないことが許せないのかも知れない。

 どうせ今日は執務を早く終わらせて浮かれてのんきに待っていたのだろう。


 周りを気遣う余裕もなく、やり場のない怒りをたまたま目の前にいたルーに向けたのだ。

 エマに向けないだけマシではあるし、それだけエマを大切にしていると言えば聞こえはいいが、だが、そんなことルーの知ったことではない。


(何なのだ!あの八つ当たり男は!

たかが『薬草屋』だと?

……では、文句が言える立場になってやろうじゃないか。)


 ルーは家へ向かって(きびす)を返した。

 本国の兄へ手紙を書くために。

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