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55本物の『魔女』

 立て続けに起こった混乱は、賊が逃げ去るのを見届けやっと収束した。


 あとは勢いをなくした火を完全に消すだけだ。


 だが、ほぼ月明かりしかない中で一人、エマを必死で探す人がいた。

 その人は騎馬の上から焦ったようにエマの名を呼び、あたりを見回している。


 エマは何故彼がここにいるのか、どうして自分の名をこんなにも必死に呼ぶのかとただ驚きながらも、


(やっぱり、剣の腕もたつんだ…)


と初めて会った時、広い背中を見上げながら思ったことを思い返していた。


 そして、もう恋心なんて消えてしまったはずなのに、騎馬で駆け抜けるジークヴァルトの姿に目を奪われてしまったことが悔しくて、手に持つ農具の()をぎゅっと握りしめた。


「エマさんならここに、ご無事です」


 よく通る声が広場に響く。

 カトリーヌがエマの背に手を添えて前に促した。


 振り向いたジークヴァルトがエマの姿を認めるとすぐさま馬から飛び降りかけ出す。


 そして、エマは広げられたジークヴァルトの両腕に勢いのまま抱きしめられた。


 抱きしめる腕の強さも苦しさも、ごわつくマントが頬に当たる痛さも現実だとわかるのに、ジークヴァルトの絞り出すような「エマッ、良かった…本当に心配したっ」と言う切ない声だけが現実だとは思えなかった。


 かろうじて視界に入るカトリーヌが、まあと手を口元に寄せ驚いている。周りの女性たちがキャーッとあげる黄色い声も聞こえる。

 きっとこの光景を多くの村人たちが囲んで見ているはず。


 急にかあっと顔が熱くなり恥ずかしさが湧いてきた。とにかく、この現実的な苦しさから抜け出さなければと、


「宰相補佐様、あの、」


と身を(よじ)った。


 なのに、腕の力は弱まるどころか


「『ジークヴァルト』だ、エマ。俺の名を教えただろ?ん?」


と言って、彼の頬がエマの頭上に寄せられた感触がした。


 エマはようやくもの凄く現実的なことに気づいてしまった。早朝から働きづめで、あんなことこんなことがあって…どろッ泥っの汗だくっ!


(嫌ァーーーーーーッ!!)


✳︎

 ルイス王子によって助け出されたエマは、再び村長宅に腰を落ち着けた。


 広場は取りあえずザッと片付けられ、再び宴会が始まっている。まだ酒はたっぷり残っていたし、料理もまだ給仕していない分が残っていた。


 従者たちと護衛小隊の兵士たちは村の表と裏を交代で警備し、ルイス王子の近衛兵たちは村長宅の外で警護についていた。


 だからここには、ルイス王子、ジークヴァルト、カトリーヌと隣領の領主であるグレン・フォン・リポン男爵そして、村長夫婦とエマがダイニングの椅子に座っている。


 はじめ、席に着くのもたいへんだった。

 リポン男爵が、王子と同席などとんでもないので立っていると言い出し、それならとカトリーヌも立っていると言う。

 村長夫婦も、身分を明かされた隣領の領主に伯爵家の令嬢、公爵家に果ては王族という顔ぶれに頭を上げられず、揃って床に膝をつく。

 その姿をエマが見て、これが庶民としての彼らに対する正しい距離感なんだと今までの非常識さを反省してその隣に並ぶと、そんなことはしなくていいとジークヴァルトもエマの前に膝をつく。


 結局、「疲れているんだ。席につけ」とお怒り気味のルイス王子の指示でやっと席に着いた。


 ルイス王子の正面にはテーブルを挟んでエマが座らされ隣にはジークヴァルトが座った。村長はさらに隣で膝の上でズボンの布を掴み緊張しきっている。

 カトリーヌとリポン男爵はエマの対角の端の方で遠慮ぎみに座り、奥さんはさらに離れた所に小さな椅子を持ってきてこの状況をはらはらと見守っていた。


 ルイス王子はまずカトリーヌたちに礼を言った。


「カトリーヌ嬢よく間に合ってくれたね。リポン男爵、危険な寄り道をさせてすまなかった」


 カトリーヌはふるふると首を振り、男爵は、


「もったいないお言葉です。お役に立てて光栄です」


と深く頭を下げ、カトリーヌもそれに(なら)った。顔を上げた二人は共に微笑み合う。


「では、本題に入ろうか」


 睦まじい二人の様子を微笑ましく見ていたエマはルイス王子の真剣な声色で現実に引き戻された。


「エマと村長には聞きたいことがある。

それから、リポン男爵…いやグレンと呼ばせてもらうよ、カトリーヌ嬢、ここからの話は他言無用だ。君達を信用している」


 ルイス王子の言葉に二人が神妙に頷くと、今度はエマへ向き直る。


「エマ、君が王都を出発した翌日の未明、スーラの家が賊に襲われた」


「え…、ええっ!!」


 両手をテーブルにバン!とつきエマは思わず立ち上がる。


「今日の人たちと同じですか!?スーラさんたちはっ?

ぶ、無事なんですよね?!」


 後半はもう涙声になっていた。


 隣に座るジークヴァルトの手がエマの手に重なり、力強く握られる。


「エマ、大丈夫だ。スーラたちは無事だ。警備も充分してある」


 安心させるように頷きエマを見上げるジークヴァルトの目は嘘は言っていなかった。

 エマは腰が抜けたようにヘナヘナと席に腰を落とし、「よかった」と息を吐く。


 重ねられたジークヴァルトの手がぽんぽんと優しく甲を撫でてくれる。

 でも、泥や(すす)がこびりつき薄汚れた自分の手に気づくと、エマは白い大きなジークヴァルトの手から慌てて引き抜いた。


 手どころか多分顔も髪も汚れてボロボロだろう。

 そう思うと美しいカトリーヌと比べられるのがたまらなく恥ずかしくなり、こんな時にそんなことを思う自分がとても嫌になった。


「二人は無事だが、家と店が荒らされてね。特に、エマの部屋の物はほぼ持ち出されていた」


「私の物…?」


 ルイス王子は、皇太后がホージ侯爵に命じた『魔女』探しについて話出した。


「村長、五年前ホージ侯爵一行がこの村に来た時お前が案内した老婆は『魔女』でエマの大叔母だね?

そして、エマ、君がその後継者で本物の『魔女』なんだね?」


 彼らを、こんな所まで来させた理由が分かった。


 というよりも、いままでの全てに納得した。

 一国の王子や大貴族が一庶民の小娘に関わる理由が。


 彼らにとって、テューセック村出身で、村娘らしくない振る舞いをする小娘の正体に気づくのは簡単だったのかも知れない。


 エマの知らないところで、敵対の構図がすでに出来上がっていた。

ホージ侯爵と魔女になるはずだった養女にそれを認めた皇太后…


(魔女探しの話なんてお婆ちゃんから聞いたことなかった。

それにしても皇太后様って、話が壮大過ぎる…。

皇太后様を味方につけたホージ侯爵vs世継ぎの王子?!

そこに未婚の若い『魔女』がからむ理由なんて、単純に考えれば多分…」


 魔女は人が作った身分の枠を外れる。

 エマの存在を消そうと躍起になっているのなら、年若い『魔女』は二人も要らないということ。


 エマにはここで頷くしか選択肢はない。

 すでにスーラたちが襲われ、村にも迷惑がかかっている。ルイス王子とジークヴァルトに保護してもらわなければエマは無力だ。

 少なくともーーーこの国にいる間は。


 戸惑い気味に窺う村長にエマは頷いた。

 エマの決断を理解すると、村長はルイス王子の問いに答える。


「はい、その通りでございます。

ドリスさんは上手く言い逃れて、侯爵様ご一行は帰ってしまわれてそれっきりです。

ドリスさんが妹の孫だと言ってエマを連れてうちに来たのはそれからひと月ほど後のことです」


 村長の後に続きエマが答える。


「大叔母ドリスの指導を五年受けて、その死後私が薬草調合の『魔女』を継ぎました」


「やはり、君が本物の『魔女』か」

 

 ルイス王子は腕を組みながら背もたれに体を預け、(つか)えが取れたようにはあと深く息をついた。


 これでエマも彼らと共に当事者になってしまった。これからどうなって行くのか、不安しかない。


「エマ、言わせるようなやり方をしてすまない。

明かしてくれて感謝する」


 ジークヴァルトが、エマの膝の上の両手を包み込むように取り、


「エマの周りの人たちは俺たちが守るから心配はいらない。

そしてーーエマは俺が必ず守る」


と真摯に誓い、ふわりと微笑んだ。


 エマは目を驚かせ固まった。カトリーヌも小さく悲鳴を上げながらグレンの方を向いてしまった。


「ジークヴァルト、君のそんな顔を見る日がくるとは思わなかったよ。社交界のご婦人方に見せてみたいよ。卒倒するだろうね。

カトリーヌ嬢、レアなものを見て興奮するのは分かるけどグレンに悪いよ」


 ジークヴァルトはルイス王子の言葉も意に返すことなく、エマの手の労働の跡を労わるように撫ぜ、エマを見つめるとまた微笑んで今度は頬を親指で優しく拭った。汚れがついていたのだろう。

 『害が無い』平民娘から『魔女』に昇格すれば、ここまで気を許すのかと驚いた。

 街の本屋の前で偶然あった時、あのときにはもう気付いていたのだろう。


(誤解が解けた理由も、態度が変わったのもこういうことなんだ…。

ああ、だから、誤解をしていた謝罪もしてくれたんだ……。)


 謝罪を紳士的な礼儀と解釈していた自分をエマは内心で自嘲しながら、包まれた両手をジークヴァルトからそっと引き抜こうとした。

 でも、離してくれない。戸惑うエマと離さないジークヴァルトの攻防を止めたのはルイス王子の質問だった。


「えーと、それでだ、エマ、君は『魔女のレシピ』は持っているかい?」


「……魔女のレシピ?」


「そうだ。我々には読めない文字で書かれていて、挿絵から薬草の調合に関する本だと思われる。

それが侯爵の養女、マリアンヌ嬢と共に発見され、皇太后によって『魔女』と認める証拠となった。

だから奴らはエマの持つ『魔女のレシピ』を必死にさがしている。

君が『魔女』だという物的証拠になってしまうからね」


 そんなもの持っているはずない。そんなものあるはずない。本に書き残すなんて有り得ない。


 エマは今まで感じたことのない怒りを覚えた。


(何、それっ!

そんな偽物の本のために、スーラさんたちやこの村が襲われて踏みにじられたっていうの?!

その本が『魔女』の証拠っていうなら、もう一人の女の子は絶対偽物っ!)


「そんなものありません。『魔女』にそんなものは必要ありません。

その『魔女のレシピ』、見せて下さいっ!」

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