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54紫水晶色の瞳

 エマの前に座るカトリーヌの視線はずっと扉の方に向いたままだったので、その横顔をエマはそっと見た。

 背筋を伸ばし、動揺を全く見せず座っている。

 さすが貴族の女性といった感じだ。


(こうして見るとカトリーヌ様って物凄く綺麗な人。確か伯爵家だったような。本物のご令嬢様だ。

でも、どうしてこんな所まで遠出してるの?)


「エマさん」


 黙って扉の方を見ていたカトリーヌがいきなり名前を呼んだ。


「はいっ!」


 そんなエマを気にすることもなく、カトリーヌは落ち着いた口調で話しだした。


「私、この村がある領の隣りの領地の領主に下げ渡されたの。

ちょうどもう少しで領内に入るところにルイス王子様からの伝令鳥が来て、急いで引き返してきたのよ」


 エマに危険をいち早く知らせるためにルイス王子が目をつけたのが、カトリーヌが向かう領地だった。


 ルイス王子が地図で指していたのは国境に隣接する小さな領地。テューセック村がある領地をかすめるように道が通っていた。

 それを見てジークヴァルトも気づいた。

 元側室の下げ渡しを見届けるための護衛小隊のことを。


 十人ほどの護衛小隊の本来の任務は、道中の安全と下げ渡しを嫌がる元側室が逃げないための監視。といってもそれは昔のことで、現代では慣例としてつけている者たちだが、彼らを村に向かわせることを思いついたのだ。


 エマはなんと返事をしたらいいのか分からなかった。


 後宮から出されたこと、下げ渡されるという嫌な言葉、こんな田舎の領主のところに行かされることは伯爵家の令嬢にとって華々しいことではないはず。

 そんな事情のカトリーヌにかける気の利いた言葉なんて思いつくわけがない。


(賊の狙いは私だって言ってたけど、私はずっと誰かに狙われていたの?

毒草のことを知っているから監視されてると思ってたけど、あれは警護だった?

心当たりなんてあの二人しかいない。

王子様だもの貴族たちのいろんな思惑があるのかも知れない。その誰かが私を?

カトリーヌさんは誰だか知ってるのかな?

でもそんなの聞けない。

こんな事情聞いた後に、私は何から守られているの?なんて。

きっと静かに旅をしたかったはずなのに、貴族のご令嬢が平民の警護まで命令されるなんて。

王子様、酷いっ!有難いけど、酷いっ!)


 何も言えず俯くエマに意外な言葉がかけられた。


「あなたのお陰なのかも」


「え?」


「昼食会のときのね、私の織物についてのあなたの意見とても嬉しかったわ。多分あれでルイス王子様が私をあそこから出す決断をされたと思うの」


(カトリーヌさんが作ったあの織物はとてもとても緻密で美しかった。

この世界できっと国を代表するような工藝品になると素直に思ったから、そう言っただけ。

でも私の言葉で王子様が決断した?まさか。

下げ渡されるのが私のおかげって…)


「私が下げ渡される方はね、私の趣味を知ってからずっと織物に合った材料や織り機の工夫の相談にのってくれていて、自由に行動できなかった私を手助けをしてくれていた人なの」


 そういうとカトリーヌはまた扉の方をみた。


 エマは気づいた。

 カトリーヌは外の様子が気になっているのではなく、そこに立っている男の人の背中を見ていたんだと。


 その人はいま振り返ってカトリーヌと見つめあっている。

 優しげで素敵な好青年だ。


(この人、隣りの領主様なんだ。そっか!二人は…)


「よかったですね」


 間違ってはいないはずと思いそう言った。


「ありがとう」


 カトリーヌはとても美しく微笑んだ。


「でも親戚にはさんざん反対されたわ。

わざわざ田舎の貧乏貴族のところを希望するなんて!って。

貴族って、縁戚の嫁ぎ先も大切だから私が地方の貧乏貴族に嫁ぐのが気に入らないのよ」


(貧乏、貧乏って、本人の目の前で。

でも領主様は困った顔でニコニコしてるし。)


「でも、あなたは言ったでしょ?

私の織物は地方の女性の冬場の手仕事にして広めるべきだって、そして、国を代表するものにしていくべきだって。

だから私やってみようと思うの。

きっと彼の領内を豊かにしてみせるわ」


 カトリーヌの美しい金茶色の瞳が生き生きと輝くのをみてエマはとても羨ましく思った。


(カトリーヌさん素敵。好きな人のもとで、好きな人のために頑張るってどんな気持ちなんだろう)


「それにね、いま周囲の声に(ひる)んでしまったら、そんな勝手なことを言っている者たちがみんないなくなった40年後、50年後を想像してみて。

私がおばあちゃんになった時、絶対後悔すると思うの!

お母様はね、祝福してくれたの。

貴族の家に生まれて恋愛が出来たなんて素敵だわ、って。

家族以外の人に認められて一緒に生きていきたいと想い想われるなんてとても羨ましい、って」


 カトリーヌとは今日初めて会ったと言ってもいいほどなのに、エマは心から幸せになってほしいと泣きたいくらいに胸がいっぱいになった。

 


 村中がザワザワし始めてきた。

 山の木を切る音はやんだ。ようやく山火事を食い止めたのだろう。山に行っていた男たちも徐々に引き上げてくるはず。


 でも、代わりに何かを叫ぶ声がする。


 兵士たちに阻まれた賊たちが最後の抵抗に村に火をつけようとしているっ!?

 両者の攻防の叫び声が村中に響く。


 一年分の農作物を今日やっと収穫したのに、火をつけられるなどあり得ない。

 エマと村長の妻は堪らず外へ駆け出した。


 粗野な男たちが馬を駆りながら篝火を次々と倒してゆく。それを追う兵たち。

 山から戻った男たちが家や納屋に燃え移るのを消し止める。

 エマら女性たちも農具を使って燃え盛る薪を必死に建物から遠ざけた。


 これ以上火をつけられたら手に負えなくなると思った矢先、


「また騎馬の集団だっ!!」


と誰かが声を上げた。


「エマさん!あの方が来られたのかも!」


 カトリーヌの声を背中で聞きながら、エマは村の入り口に顔を向けた。


 馬のいななきが聞こえる。


 その集団はおもむろに剣を抜くと、猛然と賊らに襲いかかった。彼らはマントのフードを被っていたが、剣を振るった勢いで一騎のフードがフワリと外れた。

 鋭い目つきで険しい形相の一騎がエマの前を勢いよく駆け抜けてゆく。


 蒼みがかった長い銀の髪が靡き、アイスブルーのはずの瞳の色が火に照らされ紫水晶(アメジスト)色に染まっているのが、エマにはスローモーションのように不思議とはっきりと見えた。

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