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50テューセック村へ

 ジークヴァルトとルイス王子は長い休憩から慌ただしく戻った。


 執務室の前では戻りの遅い二人を探しに行くべきかと、数人の近衛兵とメイドらが集まっていたが、廊下の先に彼らの姿を見つけ空気がホッと緩んだ。


 しかし、戻った二人の姿はともに上着を脱ぎシャツが乱れタイも緩み、汗ばんで少々息も荒めだ。

 その様子に近衛兵たちはやはり何かあったのかと再び緊張した。


 だが、ジークヴァルトはルイス王子の背中を軽く押すように先に入室させ、汗で額に張り付いた髪を片手でざっくりとかきあげながら上気した顔で近衛兵やメイドたちを流し見て「誰も通すな」と命じ、二人は共に部屋にこもってしまった。


 後には色気にあてられ赤面しながら固まっている近衛兵やメイドたちが残された。

 そして、しばらくの間一部のメイドたちがあらぬ妄想をして楽しんだことは二人は知らない。



 執務室では、ルイス王子が机上の書類をざっと脇に寄せ、広くスペースを開ける。

 ジークヴァルトは書棚から地域ごとに分けられた地図から一部を取り出し、その机上に広げた。


 地図には北東地域の領内が詳細に描かれていた。


 二人の目は王都からエマの村テューセック村へと至るルートを正確に辿った。


「ルイス、悪いが俺はすぐにでもたつ」


 ルイス王子が顔を上げると、地図から目を離さないジークヴァルトの横顔から焦燥感がひしひしと伝わってきた。

 

「君一人で行くつもりかい?

公爵家の私兵を使って?それはダメだ。許さないよ。

自領内ならともかく、国内で私兵を動かすなんて、さすがの君でも反逆罪で糾弾は免れない。

僕の近衛兵を使う。

いいね」


「ああ…分かった」


 ジークヴァルトはひとつ深呼吸し、ふっと自嘲した。


「冷静にならねばな。すまない」


 ルイス王子が頷くと、二人は再び地図に視線を落とした。


「僕たちの動向を以前から探っていたのだろうね。

今の時期ならしばらくはエマのところにはいくことはなかった。

警備隊の巡回の穴を突かれてしまったが、君がもし警備を強化していなかったらこんなに早く事態に気づけなかった。

ロイがアルベルトを通じて訴えたとしても、次男のアルベルトは当主である父親や長兄を頼ることになる。

ようやく僕たちの耳に入ったときには丸一日ないしは二日はたっている。

気づいたときにはもう全てが遅いと言うわけだ。

とにかく、エマがこのタイミングで不在というのは本当に奇跡だった」


 だが、今回の店への襲撃は一難に過ぎない。次の危険が迫っている。

 エマを追う賊からどうやって彼女を守ればいいのか。


 ジークヴァルトが地図を指さしながら思いつく考えを口にしていく。


「乗り合い馬車で今日が2日目。

明日も日暮れまで移動して明後日の午前中には村に着くはずだ。

村のある北東方面は山に向かって緩やかに登って行くことになる。

賊は騎馬だが、無茶な速度で追跡はしないだろう。

なら…」


 ルイス王子が地図から顔を上げる。


「襲撃するなら夜。エマが村に入ってから翌日の夜だね」


 ジークヴァルトが頷く。


「我々が王都から急使(きゅうし)並みに馬を換えながら追跡すれば間に合うだろうが、もっと早くエマに危険を知らせ村を守りたい。

本来ならこの村の領主プレト男爵家に伝令鳥を飛ばして兵を出させるのだが…

今はまだシーズン中、男爵は王都だ。

主人不在の領地では手練れの襲撃に対する迅速な対応など望めないだろうな。

この村は国境からさほど遠くはない。

国境警備兵を向かわせるかだが、これを動かすとなると…」


 この周辺の領地は主要な産業もない農耕地帯で、国境の警備が厳重なため飢饉対する備えはされているが、襲撃に対する備えは想定されていない。


 国境警備隊を動かすとなると、国王の承認が必要な大事となるうえ、皇太后の耳に入らないはずはない。

 皇太后がホージ侯爵側なら阻止される可能性も無きにしも非ずだ。


 ジークヴァルトの話しを聞きながら、ルイス王子はテューセック村の周辺にもくまなく目を走らせる。


 すると、ルイス王子がある領地に目を止め、あっと声を上げた。


「そうだ、カトリーヌだ」


 ジークヴァルトが怪訝そうに、


「カトリーヌ?側室候補だったマス伯爵家のカトリーヌ嬢か?」


とたずねると、ルイス王子はニヤリと口角を上げ地図上を指先でトントンとさした。


 それを見たジークヴァルトの行動は早かった。


「わかった、すぐに手配する。

それから近衛隊長に人選を指示してくる。

お前は急ぎの書類だけ先に処理にかかってくれ。

それから俺たちは急な風邪で取り敢えず数日執務を休むと侍従に言っておく」


と言って颯爽と執務室を出ていった。


 その日の夕刻、簡単な旅装束の数騎が城から北東へ向かって猛然と駆けていった。



✳︎

 王都でのことをなにも知らないエマは、長時間の乗り合い馬車をやっと降り、うーんと背伸びする。


 早朝から日暮れまで休憩を挟みながらカポカポと進む馬車に揺られ、日が暮れれば宿場の宿に泊まるのを三回繰り返し、昼前にやっと村近くの停車場に着いた。


「はあー、やっとここまで来た~」


 ここからは延々と徒歩。


 一本道をてくてく歩いた。目に入る景色は畑とだだっ広い草原に放牧された牛や羊たち。

 その向こうは連なった高い山々が遠くに青く見えた。


 優しくエマに吹き付ける秋風が気持ちいい。

 エマは王都で少し息苦しくなっていた自分を思い返した。


ーーー二週間ほど前。


 エマはアルベルトの誘いを受け、ロイと共にハビ子爵邸に招かれた。

 エマが謁見の為のドレスを借りた時、アルベルトが妹を紹介したいと言っていたが、まさか本当に招かれるとは思っていなかった。

 でも、ドレスや装飾品を借りたお礼をきちんと言う良い機会だと思い、快く受けたのだった。


 ロイも共に招かれたこともあり、緊張よりもむしろ貴族の屋敷を見れると思えば楽しみだった。


(どんなお屋敷だろう。

前回はバタバタでそれどころじゃなかったから。)


 子爵家からの使いの馬車に乗り、そんなことを考えながらエマは車窓の眺めを楽しんだ。


 数ヶ月ぶりのハビ子爵邸。今日はきちんとした出迎えをしてもらえた。

 なんといっても、子爵家次男様のお客様としてきているのだから。


 馬車が止まった玄関には執事とアルベルトが待っていて、馬車の扉が開くと執事が白い手袋越しに手を差し伸べ下ろしてくれた。


「ようこそ、エマ。ロイもよく来てくれた」


「お招きありがとうございます」


「やあ、アルベルト」


 ロイは何度かこの子爵邸を訪れているようで、臆することなくリラックスした様子だ。


 普通なら平民が貴族の屋敷に馬車で乗り付けるなどありえないが、今回それができたのはロイが準貴族とみなされる一級公務員だから。

 エマがそのことを知ったのはアルベルトからの招きがあってからのことだった。

 現在は王都の庁舎で研修として戸籍係をしているが、来年の春には城内での勤務となるらしい。

 エマは戸籍係の窓口でロイと出会えたのは本当に幸運なことだったと、偶然に感謝した。


「ようこそ!ロイ様」


 喜びの気持ちを乗せた弾むような女の子の声が聞こえた。

 アルベルトと同じ茶色の髪と瞳の色をした可憐な令嬢が、玄関ホール正面の大きな階段を微笑みながら軽やかに下りてくる。

 そして、ロイの前までくると右足を少し引いて略式の淑女の礼を慣れたふうにした。


「やあ、メアリー、久しぶりだね。少し見ない間にまた美しくなったね」


「まあ、ロイ様ったら」


 そう言ってほんのりと頬を染める様子は、彼女に会って一分もたっていないエマでさえ彼女はロイが好きなんだとわかるほどだった。

 はにかむ仕草はアルベルトとは兄妹と思えないほど可愛らしい。


 だが、ロイと共にやってきたエマに向けられるメアリーからの視線は目が笑っていなかった。


「初めまして、エマさん。私、メアリーと申します」


 アルベルトとは兄妹と思えないほど中身は気が強そうだ。


 ロイは気の優しい真面目な性格だ。見た目も華やかさはないが整った穏やかな顔立ちをしている。穏やか眼鏡男子といった感じで、実際抱擁力もある。気の強そうなメアリーとは意外にお似合いの組み合わせかも知れない。


(アルベルトさまは『エマは妹と気が会うはずだ』って言ってたけど…どこが?)


「初めまして、メアリー様。エマと申します。その節はたいへんお世話になりました」


 エマがゆっくりと両膝を折り頭を下げながら丁寧にそういうと、メアリーは「お気になさらないで」とそっけなく応じ、ロイの腕に自分の腕を絡め邸内へと引っ張っていった。


「さあ、エマも中へ。

どうだ?俺の妹にしてはなかなかだと思わないか?」


「はい、とってもお美しい方ですね。お幾つですか?」


「今年で、14歳になる」


「…じゅう、よん?」


(14?!……なのに、ドレスのサイズが私と同じ…)


「俺よりロイに懐いていて、ロイを屋敷に招けと(うるさ)いんだ。今日は来てくれて嬉しいよ」


「……いえ、こちらこそ」


(アルベルトさま…気づいてない。

メアリーちゃんがロイさんのこと好きって、気づいてないっ。

この人、どんだけ鈍感なんだっ?!)



 お茶会は庭園で行われた。

 メアリーはロイの横を陣取り甲斐甲斐しい。ロイは彼女の気持ちに気付いているのかどうなのか、帰ったら探ろうとエマは観察した。

 軽い軽食とデザートとお茶が出され、(おおむ)ね穏やかな時間が過ぎた。


 それは、エマが化粧室に行って庭園に戻る途中だった。

 長い廊下沿いにある一室の扉が開いていたので、つい好奇心から覗いてしまった。


 そこは来客用の一室なのだろう。豪華な装飾はなかったが重厚なアンティーク家具に暖炉、ソファセットなどが(しつら)えられた英国様式の部屋だった。

 ルーから聞いた通り、やはりこの世界の貴族の邸宅は英国の様式を取り入れているようだ。


 そういえば、エマが呼び出された宮殿の謁見の間は、どちらかといえば仏蘭西(フランス)のロココ調のような優美で華麗な印象だった。

 エマがいた元の世界の英国や仏蘭西の西洋文化がこの世界にもたまたま生まれたと考えるよりは、この既視感は文化がこの世界にもたらされた(・・・・・・)と考えるほうがしっくりくるだろう。


(ということは、私やお婆ちゃんのお師匠さんがこの世界に来たように、ずっと昔から何人もこの世界に来ている?)


「あら、エマさん、お部屋をジロジロと見回して何かいいものでもありまして?」


 エマが驚いて振り向くとメアリーが戸口に立っていた。



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