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5お婆ちゃん

 それから毎日ドリスの指導を受けた。


 ここで使うルーン文字はとても実用的だった。

 ルーン文字には一つ一つに意味があり、例えば『フェオは富』『ウルは野牛』『ソーンはいばら』などだ。時代を下るに従い占いや呪術使われていくのだが、エマがドリスから教えられた使い方は実用的な言語としてだった。


 アルファベットで単語を作り文章を作るようにフサルクで作った言葉で正確に語りかければ植物は応えを返す。

 まさに植物と会話するためのツールだ。

 いくつかの薬草が混ぜ合わさった薬は様々に自分を主張する。まるでいくつもの楽器で音楽が演奏されるように。

  魔女はそれを読み解く。それはまるで絶対音感のある人があらゆる音を音符に出来るのと似ているのかも知れない。


 逆に、より効能を高めたり弱めたりするように一つ一つの薬草に命じることもできる。

 生花であれ乾燥させ手を加えた薬草であれ生きてさえいれば魔女の力は及ぶ。つまり、会話ができる。しかし朽ちて腐ってしまえばそれは死んだということ。何も応えない。


 エマは『力』を自分のものにするために、ソレの組み合わせを何度も地面に書き、覚え、消す。発音はドリスとともに小さな滝の側へ行き、声を水音で隠し練習した。

 もともとルーン文字の音と意味を理解し、植物や調合、治療に特化した語彙だけだとしても一つの外国語をマスターするようなものだった。

 もちろん、様々な治療や薬作りの方法についての指導も。


 それに、ドリスはこの世界での必要と思われる知識や教養もエマに身につけさせた。

 ドリスは田舎に隠れ住んでいるとは思えないほど、知識人で趣味人だった。


 それからまたたく間に五年が過ぎ、エマは18歳になった。

 努力の甲斐あってエマはドリスの代わりに薬の調合などが出来るまでになっていた。


 そんな日々を送っていたある日の晩、夕食になっても部屋から出て来ないドリスが気になり、寝室をのぞいた。


「お婆ちゃん?具合悪いの?」


 胸騒ぎがして、すぐにベッドに駆け寄った。


「お婆ちゃん?」

 最近食も細くなり、あまり立ち歩くこともなくなっていた。

 心の底では、わかっていた。いくら『力』で栄養価を高めたものを食べていたとしても、人としてのドリスの寿命が近いことを。

 でも、考えないようにしていた。


(こんなに突然にくるなんてっ!)


 エマはすでに動かなくなっていたドリスにそっと声を掛けた。


「お婆ちゃん、ちょっと待っててね。いまから山を下りて、村長さん呼んでくるね」


 静かに寝室のドアを閉め、家の外に出た。


 あたりは、真っ暗な漆黒の森だった。だけど、エマは全速力で走り出した。

 真っ暗な山の森の中を無我夢中で駆け下りた。暗闇に恐怖なんて感じなかった。下草が足首をピシ、ピシと打っても痛さなんか感じなかった。

 普段は一時間ほどかかる山道を何分で駆け下りたのかわからなかった。


 村長の家に着くと、息も絶え絶えに残りの力で何回も戸を叩いた。


ドンドンドンッ!ドン!ドン!ドン!


「村長さん!エマです!村長さん!開けてください!お願い!お婆ちゃんが!お婆ちゃんが!!」


 明かりがつき、戸が開けられた。


 それからの記憶は曖昧だ。

 エマの様子で事情を察したのか、村長があれこれ人に指図していた。

 エマは涙だけ流して放心していた。村長の妻がエマを椅子に座らせずっと背中をさすってくれていた。


 ドリスは、村では尊敬すべき人だった。

 みんながドリスが亡くなったことを悲しみ、村中で葬儀をして丁重に葬られた。


 そして、エマは孤児になったーーー



「エマ、王都で戸籍を作ってきなさい。そして、世間をみてきなさい」


「村長さん?」


「お前は18歳だったね。もう成人だ。

お前は孤児じゃない。身内を立派に見送った大人だ。

ちゃんとドリスさんの後を継ぎなさい。

知っているだろうが、この国では成人したら戸籍を作る決まりだ。

普通は親の戸籍から出て届け出るが、心配いらない、儂がきちんと紹介状を書く。

まあ戸籍を作ったところで国が儂らに何かをしてくれる訳ではないし、税金は払わなくちゃならんのだが。

しかし、戸籍があればこの国で仕事を探せるし何をするにしても、この国の民であることを証明できるものはあって邪魔になるものではない」


 村長はエマをいたわるようにポンポンと肩を軽くたたく。


「それに、ドリスさんから自分が亡くなったらお前を王都に出すようにいわれていてな。

ここに来てからずっとあの山小屋暮らしで世間を知らんだろ?

しばらく過ごしていろいろ見てきなさい。王都は治安もいい」


「村長さん…」


 村長の妻も微笑みながらエマの背中を撫ぜ、うんうんと同意する。


(私、お婆ちゃんを心配させないように、ちゃんとしなきゃダメなんだ。

出来るはず。そのためにお婆ちゃんは私にたくさんのことを教えてくれた)


「はい。村長さん」


 村長が、「しばらくしたら必ず帰ってきなさい」としきりに言っていたが、気力を取り戻したエマの耳を素通りしていた。

 そして、エマは五年間暮らした場所を離れて、馬車を乗り継ぎ三日。


 王都の庁舎前に辿りついたのだった。



✳︎

「僕が紹介状を読んだ時、とても丁寧な内容で事情が書かれてたんだ。

住んでいる村の村長や代表者の後見で戸籍を作りにくる人はいるけど、紹介状は通り一遍のもので、その人を気遣うような内容のものはほとんどないからね。

それもあって叔母のこの店を紹介しようと思ったんだ。

王都でもエマの身の回りをとても心配していた。エマは村で慕われていたんだね」


 エマは村長の厚情に胸がいっぱいになり、心の中で感謝した。


「それで…王都にはいつまで?」


 ロイからそう投げかけられ、はっと現実に引き戻されるが、すぐに答えがでてこない。


「いつまで…」


(はて?いつまでいればいいんだろう?

村長さんが何か言っていたような…)


 うーんと考えこんでしまったエマをみて、ロイはクスリと笑いを漏らす。


「好きなだけいれば、いいさ」


「ええ!?いいんですか!?」


 エマは驚いて顔を上げると、ホントに?と問いかけるようにスーラとロジの顔を見た。


「ああ、うちは全然かまわないよ。むしろ、手伝いの子を探していたから大助かりだよ」


 スーラはおおらかに笑ってウィンクし、ロジも腕組みしながら黙って頷いていた。


「よかったね。これからよろしく」


 ロイも穏やかに微笑んで頷く。


 エマは「こちらこそ、よろしくお願いします」とテーブルに両手をついてガバリと頭を下げた。


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