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49世継ぎの王子と公爵家令嬢

 ルイス王子の問いには答えず、ルーはロイに振り向いた。


「ロイ、エマは不在の間は君に世話を任せていると言っていた。

自宅に持ち帰ったのか?」


 ルイス王子を無視していることが気まずくて、ロイは


「…いや」


とだけ否定した。


「では賊が持ち去ったか…

エマの道具も本も全て持ち去られている。

それに、この荒らされ様…何を探していた?

どこぞの令嬢や貴族の度を過ぎた単なる嫌がらせではないのか?

賊を差し向けた者はエマのこと(・・)を分かってて襲わせた…」


「お前たち、何の話しをしている。何がないっ!」


 話の見えないやり取りにジークヴァルトが声を荒げるが、ルーはそれを無視し、


「あなた方が警戒していた人物は誰です?」


と、質問で返す。


 ここまでくれば不敬も極まってくる。


「貴様っ!」


「ジークヴァルト、落ち着け。

君はエマのことになると冷静さを失くすようだ」


 ルイス王子の制止の言葉に、ルーは一瞬目を驚かせたがすぐにへえと口角を上げた。


「貴方はエマが私の家に泊まったことを気にされていたようですが、私とエマのことに貴方は関係ないと思いますが。

でもこれだけは教えてあげましょう。

私はエマに(敬)愛を捧げていて、彼女もそれを知ってくれています」


 ジークヴァルトがエマに想いがあると見抜くと効果的な言葉で(えぐ)ってくるルー。


 案の定言葉を失くすジークヴァルト。


 その肩を(なぐさ)めるように軽くたたき、代わりにルーの前に出たのはルイス王子だ。


「今回の事態になったことは我々が守れなかった落ち度だ。それは認める。

友人を思う君の怒りは当然だと思う。

首謀者は必ず捕まえる。

だから君たちの知っていることを教えてくれないか」


 ここまで見守っていたロイはそろそろ止め時かと、一つため息をついた。

 もし、これ以上ルーが不敬な態度を取れば本当に身を危うくする。


「ルー、きちんとお話しすべきだ。

君のことも。

王子様、宰相補佐様、ルーは女性なのです」


 異性であると言ったところで大した種明かしにはならないが、少なくとも敵意を剝きだす相手が女性だと知れば幾分気は削がれるだろうとロイは考えたが、ルイス王子とジークヴァルトの反応は意外に大きく、「ええっ!」と声を上げ驚いた。


 だが、さらにルーは髪を束ねる紐を解き、長く美しい銀の髪をさらりと後ろに流すと、


「シュタルラント国王子ルイス殿下、ならびに宰相補佐ホランヴェルス様。

私、オースト国宰相、グローシュ公爵が長女ルシエンヌ・デ・グローシュと申します。

私事で家をで、三年前より貴国にてお世話になっております」


と自己紹介し、まるでドレスで正装していると錯覚してしまうほど、完璧で美しい淑女の最敬礼をした。



 長い髪を背に流し、顔を上げたルーは不思議なことにもう美しいひとりの令嬢にしか見えなかった。


 ルイス王子、ジークヴァルトそしてロイが驚きのあまり立ち尽くすのもそっちのけで、淡々とルーは続ける。


「数々の非礼、お詫び申し上げます。

エマを振り回すあなた方に私は友人として黙ってはいられなかった。

その思いをどうぞお汲み取りいただき、ご容赦頂ければ幸いでございます」


「オースト国のグローシュ家…

先王の第二王子、現国王の同母弟フェルナンド・デ・グローシュ殿のご息女…

噂では病気療養中でここ何年間社交界に姿を現していないと聞いていたが…君が…」


 驚きのままルーを凝視し口だけ動かすルイス王子。

 だが、この前代未聞の公爵令嬢に興味が湧かないはずはない。


「男装して薬草屋とは。

たった一人で公爵家を出たのかい?」


「はい。15歳の時に」


「15?!では、今はエマと同じ18歳か。何故?薬草屋になりたかったの?」


「…薬草の知識を深めたいと思いまして」


「大した意思の強さだ。お父上の公爵殿はご存知で?」


「無事でいることは手紙で伝えてあります」


「適齢期の令嬢、それも公爵令嬢が社交界を何年も離れるとは。

君はーー自分の務めを…放棄しているということかな?」


「……いえ、公爵家に生まれたからにはその務めは承知しています。

(こころざ)したことはほぼ叶いましたので、後は公爵家のために生きるつもりです」


「なるほど。君はエマに愛を捧げていると言ったね。

それは友としての親愛?」


「いえ、敬愛です」


「……そう、敬愛」


 その意味を理解したルイス王子はジークヴァルトを見た。

 ジークヴァルトもルイス王子に同意し頷く。


「ーーーエマを狙った首謀者は、ホージ侯爵だ。

僕と侯爵の養女との縁談が皇太后の命令で持ち上がっていてね。

だが、その令嬢の資質とホージ侯爵に問題があって調べている途中だった。

奴らがこの家中執拗に探していたものとは多分、『魔女のレシピ』だと思う」


「『魔女のレシピ』?それなどのような?」


「分からない。誰にも読めない文字で書かれていてね。薬草調合の秘伝書だと思われる。

それを持って森に暮らしていた娘を侯爵が見つけてきて、皇太后が稀有な『魔女』だと認めて僕の妃にと命じ、侯爵家の養女となったのさ。

ちなみにその娘は師匠からなにも継いでいない。その前に師匠が亡くなったらしい。

だから正しくは『魔女になるはずだった娘』ってことになる。

だから奴らは魔女の証明となり得るその本をエマも持っていると疑ったのだろう」


「では今回のことは、婚約者がいるのにエマに会いに来ていた貴方のせいで起こったことなのですね。

確かに、侯爵やその令嬢からすればエマは邪魔でしょうね。彼女が『魔女』の可能性があると分かれば、貴方の婚約者になり得るのですから尚更。

『魔女のレシピ』やその他の証拠となりそうなものを全て隠滅しようとしたということですか?」


「君の言うとおりだ。言い訳のしようがない。

だが、僕は皇太后の思惑で結婚するつもりはない」


「そうですか。それで?何故エマがそのレシピを持っている『魔女』だと疑われることになったのです?」


 二人の会話はもうエマが『魔女』だと前提での話し方だった。

 だが、当の二人もジークヴァルトもロイも()えてそれをお互い確認しない。


 ルイス王子とジークヴァルトは、ルーがエマへの愛が「敬愛」だと言った時点で、彼女がエマから秘密を明かされていると分かった。そして、それに驚かないロイも。


 ルーたちも、ルイス王子らがエマが『魔女』だと気づいていることは話しぶりからすぐに分かった。


 お互いあえて確認しないのはーーールイス王子とジークヴァルトに、エマが秘密を明かしていないから。


 エマ本人が秘密にしていることをルーたちの口から明らかにはしないし、ルイス王子たちも尋ねない。


「ホージ侯爵がエマを疑うことになった理由は我が国の内状に関わるので言えない。

それを知ることができるのはーーー例えば君が我が国の王族になった時だけだ。

それで?ないと言っていたものは何?」


「……もこもこ草です」


「そこは聞き流すんだね……

で?もこもこ草って何?」


「決まった呼び名もなく辺境地でひっそりと自生していたあの植物のためにエマが名付けたのです。葉の見た目がもこもこしているので。

私が薬草屋仲間からの噂で知り、ある酒場で一株だけ手に入れました。

エマによると副作用が強いため今のところ常習性はないそうですが……どうかしましたか?」


 額に手を当てたルイス王子の大きなため息がルーの話を遮った。


「それって、いま出回っている毒草だよね。

君、酒場でって。なんて危ないことをしているんだっ」


「あなた方も私が女だとは気づかなかった」


「……わかった、今はその話は置いておこう」


 無性にいろいろ言いたくなったルイス王子だったが、いまはそれを言っている場合ではない。

 とりあえず、お互いの知っている情報を共有した。



 するとそこへ階下からスーラが上がってきた。幾分気分が落ち着いたのかと皆が安心したが、スーラは目に入ったロイにいきなり縋り付いた。


「ロイ、ロイ、どうしようっ。

私、あいつらに言ってしまったんだよ。

うちの人を押さえつけて首にナイフあてるもんだからっ!

エマの居場所を言ってしまったんだよ!

実家の村へ行った、って。

昨日、もしあの子がここにいれば殺されてたっ!

あいつらエマを追いかけるかも知れない!

どうかあの子を助けてやってください!!」


 最後はルイス王子とジークヴァルトに向かって、スーラは頭を下げていた。

 貴族の二人ならなんとか出来るのではないかと、何も知らないスーラは懇願する。

 追ってきたロジもスーラの背中を撫ぜながら一緒に頭を下げている。


 ジークヴァルトは怒りに震え、エマを狙った者たちへの殺意に満ちた。

 事態は一刻の猶予もない。すぐに行動しなければならない。


 共に行くと言うルーを「信じて任せて欲しい」とルイス王子が説得し、スーラ夫婦にエマを無事に連れ戻すこと、そして「迷惑をかけてすまなかった」とルイス王子とジークヴァルトは頭を下げた。


 店の外は今だに住民が取り囲んでいる。


 ジークヴァルトは警備隊長に店の原状回復を厳命し、ルイス王子は「早く髪を結いなさい」とルーに振り返った。


 そして、二人は馬へ飛び乗った。

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