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46幼馴染

 ルイス王子は降参するように両手を挙げた。


「分かった。分かったよ、ジークヴァルト。

君のエマへの恋情は本物だ。

このまま君を追い詰めたら、反逆罪に問われてもエマを連れて逃げてしまいそうだ。

僕は大切な二人を同時に失いたくはない。

たしかに君の言う通り、僕はエマを愛していない。とても親しみを感じるが、そういう対象としてではない。

近くにいて欲しいと思うが、伴侶としてとは思わない。

もし、無理にでもエマと結婚しても僕は幸せとは感じないだろうね」


 ルイス王子の(いさぎよ)すぎるお手上げ宣言に、ジークヴァルトは毒気を抜かれ半ば呆然とする。


「僕はいい幼馴染だろ?

精々頑張ってエマを落とすといいさ。

僕は手出ししない」


 そもそも、エマを宮殿へ呼び出したのは、ジークヴァルトが興味を示したからだ。


 春の舞踏会の時、倒れた男爵の令嬢を介抱する娘をジークヴァルトが食い入るように見つめていた。

 何事にも冷静で、社交界の貴婦人たちの誰も射止めることが出来ないジークヴァルトが、初めて興味を示したのが平民の娘だということに好奇心が湧いた。


 10歳の頃より共に過ごしてきたが、ジークヴァルトが感情にまかせて行動するところを見たことがなかった。

 その彼が、テラスから身を乗り出すように娘を見つめていたのだ。


 登城させるように言ったのは、平民娘をネタに揶揄(やゆ)してやろうと思ったのではない。

 ジークヴァルトも心のある生身の人間なのだなと安心し、感情を露わにしていることがただ嬉しかった。だから、娘と会う機会をもう一度与えてやろうと思っただけだった。


 だが、予想外のことが起きた。


 娘のことを調べれば、あの(・・)テューセック村の出身で、さらに『魔女』探しが始まったのとほぼ同じ五年前に村に住む大叔母に引き取られていた。

 ホージ侯爵の報告書を真面目に読んでいないとジークヴァルトは思っているようだが、自身の結婚に関わることだ。嫌だ嫌だと思いながらも最後まで読んでいたから間違うはずない。


 期待していなかったといえば嘘になる。ジークヴァルトのために呼んだはずの娘が『魔女』かも知れないのだから。

 だが、謁見で顔を上げたエマを見たとき、はっきりと分かった。この先エマに対して決して恋情はわかないと。

 昼食を共にしても、街に会いにいっても、好感は持つが恋情はわかない。

 反面『魔女』であるという、それも『調合の魔女』だという確信だけが膨らんでいった。そして、図書館で立ち聞いた閲覧内容で納得した。

 かたやジークヴァルトの、見ていて飽きないほどエマに対して悶々と思い悩んでいる姿に、本当に『人を想う』とはこうなのだなと教えられた。

 そして、違えたことのない皇太后の『占い』の結果、つまり、『魔女』との結婚がいよいよ(いびつ)に思えたーーー


「それで、なんだけど。

そうなると僕のお嫁さんは誰?ってことになるわけ」


「ーーーああ、……あ?」


「君、ほっとしてぼんやりしている場合じゃないよ!

今、全然頭回っていないだろう!

君だってエマに好かれなければ何にもならないんだからな!

つまり、エマも可能性なし、マリアンヌ嬢は論外となると、『魔女と結婚』という皇太后の占いの真意はなんだ?」


 問いかけにジークヴァルトがしばしルイス王子を見つめていたが、ふいっと顔をそらした。


「藪をつついて蛇を出したくはない」


「おや、もう復活したのかい?そして、自分本位。

そうだよね、君としては皇太后にエマのことを知られそうな行動は取りたくないよね。

ああ、それじゃあ僕はどうしたらいいんだい。

このままマリアンヌ嬢と結婚しなきゃならないのか?」



 嘆くルイス王子にジークヴァルトはため息をついた。


 いくら幼馴染でも、世継ぎの王子と臣下だ。

 ルイス王子がジークヴァルトからエマを(かたく)なに取り上げようとすることもできる。

 さらにエマから手を引くということは、稀有な『魔女』を臣下のジークヴァルトに預けるということ。

 ここまで信頼してくれているルイス王子にジークヴァルトもなんとか幸せだと思える結婚をしてほしいと思う。


「酷く単純だがやはり、皇太后様に直接ぶつかるべきだろう。

まあ…本人がここまで嫌がっている結婚が、何処をどうすれば『幸せ』になるのか見てみたい気もするが………すまん、睨むな。

お前は本心で皇太后様と向き合うべきだ。

あと、目をかけておられるホージ侯爵は例の疑惑が濃厚だ。敵対する関係であることを毅然と主張する段階だ。お前は次期国王なのだから王国の腹に厄介なものを飼うな。

そして、マリアンヌ嬢に限らず自分の妃は『占い』に頼らないとはっきり言え。

皇太后様の『占い』は違えたことはないが、俺はたとえエマのことが皇太后様の知るところになっても彼女を手放さないと覚悟している」


「そうだね。皇太后に対していつまでも恐々となっていても仕方がない。

それから、直近の由々しき事態はホージ侯爵。

(やつ)の疑惑は国への裏切りだ。

侯爵家はこの王国に不利益しかもたらさない。

まだ証拠は掴めないのかい?」


 ジークヴァルトは内心驚いた。 ルイス王子がはぐらかさずに頷いたことに。今まで何度も諦めたような言葉しか返ってこなかったのに。

 『仕方がない』と聞きようによっては消極的な言葉だが、ルイス王子を知るジークヴァルトにしてみれば、皇太后と向き合う決意を感じさせるものだった。

 やっと決意してくれたルイス王子を嬉しく思いながらも、内容の深刻さに冷静に応じた。


「あの植物の苗木が侯爵邸で栽培されていることは間違いない。だが、それを邸内から運び出している形跡がない。

可能性は、マリアンヌ嬢が使う馬車。

そして…、」


「…その馬車で足繁く通うのは、皇太后の離宮だね」


 二人して黙り込んだ。

 その意味が事実ならこの国が根底から腐り始めていることになる。

 皇太后の居城が毒草の密売に利用されていれば、あの皇太后が気づかないはずはない。


(気づいているのに知らぬふりをするのは…

その最悪の可能性は他の可能性を潰してからだ。)


「まずは離宮を隠れ(みの)に侯爵に利用されている(・・・・・)可能性を探るか…。

マリアンヌ嬢との結婚のことを口実に離宮に乗り込んで調べるのが妥当だね」


 ジークヴァルトと同じ考えだというように、ルイス王子が提案する。


「そうだな。侯爵家邸内と離宮を正面から捜索するには相当な確証がなければ踏み込めない。

警備隊が貴族の邸宅に安易に乗り込めば、国内の貴族の反発を買うことになる。

いまは出回っている末端をしらみ潰しに摘発している状態だ」


 ルイス王子が腕を組み、「最近体調を崩す若者は下町に限らず出てきている。普通の若者が興味本位で手を出すのだろうね。早く大元を断たなければ……」と深刻に眉をひそめていたが、あっと何かに気づいたらしく顔を上げた。


「ああ、そうだ、

そういえばエマはあの植物のことを知っているようだよ」


 ジークヴァルトは耳を疑った。

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