42公爵家の読書棟にて
エマはジークヴァルトと自分のお茶を手際よく入れ、座り心地のいい高級ソファに座った。
紅茶を入れている間、ジークヴァルトはメモに自分のサインと、エマに貸し与える旨を書き本に挟んでくれた。
公爵家の蔵書印がある本をエマが持っていて万が一疑われないためだった。
ひと口ふた口お互い静かに紅茶を飲んだ後、ジークヴァルトがどうしてかとてもあらたまった声で「エマ」と名前を呼んだ。
エマは何を言われるのだろうと思いつつ、カップを手元のソーサーに戻しローテーブルに置くと、姿勢を正し内心身構えながら正面に座るジークヴァルトに「はい」と返事をした。
そのエマを見ながらジークヴァルトは、
「先日は酷いことを言ってすまなかった」
と言ったのだ。
先日とは
ーーー上手く誘惑出来たと思ったか?油断も隙もないな。
と言われたこと。
エマは信じられない気持ちで目を見張った。さらに信じられないことにジークヴァルトは、
「先日のことだけではない。私は君をひどく誤解していたようだ。
だから、初めて会った時から酷い態度をとってしまい申し訳なかったと思っている。私を赦してもらえないだろうか」
と言葉を重ねた。
なぜ誤解が解けたのか分からず、急な展開にエマは言葉が見つからない。
ただ何度も頷き、謝罪を受け取るのが精一杯だった。
ジークヴァルトはそんな態度に気を悪くするふうでなく、むしろ安堵の表情を浮かべた。
エマはこれは夢ではないかしらと、ジークヴァルトを見つめた。
(なんで!?どうして急に赦してくれなんて…
私、誤解を解くようなこと何もしてないよ!?
それに、平民に謝るなんて…貴族なら絶対できないはずなのに。
でも、この人は謝れる人なんだ。それも公爵家の人なのに。
それなら、受け入れないなんて出来ないじゃない…)
相手を何割り増しにも見せてしまう恋心というフィルターを取り払って見たジークヴァルトは本当に素敵な人だと素直に思えた。
気まぐれに街へ来ることがなくなれば足元にも近づけない人になるけれど、次の宰相として国を担う人がジークヴァルトならこの国の国民になって良かったと思うし、良き国民でありたいと思った。
謝罪を受け入れてから後は、びっくりするくらい普通に二人で話をした。
まともに初めて話したが、ジークヴァルトがこんなに会話に積極的な人だとは思わなかった。
実際話してみると、読んだ本の話が主だったが、とても教養を感じるのに偉そうでもなくうん蓄くさくもない。
エマが共感した内容には理解を示し、ジークヴァルト自身の考えも押し付けがましくない。
ようは、とても話が合った。
話がひと段落し、エマはそろそろ帰らなければと考えながら空になったジークヴァルトのティーカップに紅茶のお代わりを注いだ。
するとその様子をじっと見ていたジークヴァルトが徐に、
「ロイとは親しいのか?」
とぽつりと呟いた。
唐突な言葉にエマはティーポットを持ったまま答えた。
「ロイさんは…本当にいい人です。
ロイさんに出会わなかったら私、住むところも働くところも本当にどうなっていたか。ロイさんのことはとても好きです。だからーー」
そう話を続けるエマに、ジークヴァルトが何も応えずティーカップに手をのばす。
「私にこんなお兄さんがいたらいいなって、いつも思うんです」
「兄?ロイを?」
紅茶を飲もうとしていた顔を急に上げ、驚いたように聞き返してくる。
「はい、変でしょうか?」
何をそんなに驚くのか分からず、首を傾げる。
「いや、全く変ではない」
ジークヴァルトは薄く口角を上げ紅茶を一口飲んだ。
「では、ハビ家のアルベルトはどうだ?」
「アルベルト様ですか?あの方はロイさんのお友達です」
「いや、そう言うことではなくて…、ーー奴は名前…なのだな」
「え…?」
「いや、なんでもない」
「?」
それからジークヴァルトは何か口を開きかけたのに、やはりいいという感じでやめてしまった。
気にはなったが、本当にそろそろ帰らなければならない。
「あの、宰相補佐様、私、そろそろ失礼させて頂きます。お誘い頂いてありがとうございました」
そう断ってソファから立ち上がりお辞儀をして顔を上げると、長い足を組み深々とソファに座るジークヴァルトがじっとエマを見上げていた。
そして、
「私の名はジークヴァルトだ。エマ」
と、ものを教えるようにゆっくりと言った。
エマは思い当たらず二、三度瞬きをパチパチと繰り返したが、あっと気づいた。ジークヴァルトは、「宰相補佐様」と言ったことを訂正していると。
(あ!街に来る時は下級貴族のフリして身分を隠しているんだから役職名で呼ぶのはおかしいから!)
そう解釈したエマはもう一度呼び直した。
「ジークヴァルト様…」
ジークヴァルトは満足そうに頷くと、「馬車で送らそう」と言って図鑑を片手に立ち上がり、あいた方の手をエマの背に添えて部屋の外へと促した。




