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4魔女

「そうだったのかい。辛い思いをしたんだね…」


 スーラは労わるようにエマを見た。


 エマの歓迎会のはずが、何故こんなにしんみりしてしまったのかーーー



 夕飯を兼ねた歓迎会の参加者は、まずスーラ夫婦。スーラの夫ロジは寡黙で職人肌だが、突然来たエマを黙って受け入れてくれた人情味のある人だ。それから、スーラの甥で、エマがここに住むきっかけとなったロイ・ミルド。そして、エマ。


 明るく賑やかに始まった歓迎会がしんみりとしだしたのは、料理も食べ終わり温かい飲み物でデザートを食べ、エマが至福に浸っているときだ。

 スーラが何気に「ところでエマはどうして戸籍を作りに王都へ出てきたんだい?」と話を振ったのがきっかけだった。


 迎える側としては当然の疑問だろう。

 エマはスーラたちに嘘の設定を話すことにはとても気が引けたが、

「外国(異世界・日本)で生まれてすぐに両親がなくなりあちこちの親戚を転々として、最後に自分を引き取ってくれた『お婆ちゃん』も亡くなり一人ぼっちになってしまったが、村の村長の後見で戸籍を作り、また村以外の世界を見るために王都に出て来た」

というような内容を『説明出来る範囲内』で話した。

 そして、エマがやっと行き着いた身内を亡くしてまた一人になってしまったことがスーラたちの同情を大いにかい、歓迎会がひどくしんみりとなってしまったのだった。


 ところで、日本からこの異世界へきたエマを引き取った『お婆ちゃん』、この人との本当の関係はエマが今のスーラたちに『説明出来る範囲』の外にある。


 それはエマがこの世界に飛ばされた時に遡る。



 ーーー13歳、某県の公立中学校一年生。季節は秋。

 ある日エマはいつも通り、いつもの道を下校していた。銀杏の黄金色の並木が美しいお気に入りの道だ。

 すると、急に旋風が吹いたかと思えば、その風は銀杏の葉っぱをザザッと巻き上げながらエマを包みこんだ。

 その様子に気づいた周りの人々が驚く顔を見ながらやがてエマの視界は黄金色一色に染まり、風が止んで視界が開けると、そこは、小さな畑の真ん中だった。

 辺りには銀杏の葉っぱが一枚もなく、ただ青々としたサラダ菜のような野菜が繁る畑の畝の真ん中にポツンと突っ立っていた。


「おまえは…、いつきたんだい?」


 老婆の声だった。エマは茫然としながら、その方向に首をまわした。


「今の今まで誰もいなかったのに、瞬きしてる間に現れたね」


 腰の少し曲がった背の低い老婆が目尻のシワを目一杯に伸ばしながら目を見開いていた。


 エマはただ呆然としながらその声を聞き辺りを見回す。彼女が立っているのは家庭菜園程度の畑の真ん中。畑のすぐ横に木造りで煙突のある七人の小人が住んでいそうなメルヘンな小さな家、その周りは低い柵で囲まれている。

 柵の向こう側は鬱蒼とした森が広がり、森とこちら側を隔てるように小さな小川が流れていた。


 エマはただ辺りをゆっくりとみまわす。

 まるでこの状況を理解することを脳が拒否しているように頭が全く働かない。


「とにかく、中にお入り」


 老婆の声に無意識に反応し、誘われるまま家に入った。

 家に入って、出されたカップの温かさを手に感じた瞬間エマはやっと我に返った。


(これは…夢じゃないっ!

こ、こ、ここは……っ!いったい、何処ーっ?!)


 我に返ったエマは今度は捲くしに捲くたてていた。

 自分のこと、自分に突然起こったことをとにかくしゃべりにしゃべっていた。

 だが動揺が激しいエマに対して、老婆は、冷静だ。

 そして、衝撃の事実を言い放つ。


 ここは「多分あんたがいた世界とは別の世界だね。可哀想だが戻してやる方法は知らないし、無いと思うよ」と。


「うそ…嘘、嘘っ!!」



✳︎

 エマの若い脳は心を狂わせないために、彼女に「落ち着けっ」と何度も唱えさせ深呼吸を繰り返させた。


 老婆はエマが何とか落ち着いたのを見計らって口を開いた。


「落ち着いたかい?起こってしまったものは仕方がないさ。前を向くしかないよ。お前はエマというのだね。私はドリス。違う世界の人間でも見た目はここの人間とかわらないし、13歳の年も相応だ。疑われることはないさ」


「変わらない…って?」


(それにしても…どうしてこの人はこんなに冷静なの?!)


「ああ。ここの人間はだいたいが、金髪や銀髪に青い目や茶色の髪に茶色の瞳だったりだね。エマも髪も目も茶色い」


 たしかに、老婆は彫りの深い顔立ちで髪は白髪だが瞳は薄い茶色だった。

 エマの髪や瞳が茶色いのは、母親が英国人だからだ。そして、父親は日本人。だから父親譲りの顔の彫りの浅さだが、母親譲りの色素でぎりぎりカバーできていた。


「お前は読み書きができるのだね」


 ドリスは動揺激しかったエマが雑に置いた通学カバンからはみ出したノートや教科書類に目をやっていた。

 ドリスの言葉は、明らかに日本語ではないが不思議なことに頭で理解出来たし、本棚に並んだ本の背表紙も読める。確かめるように一冊ずつ目で追い確信するとしっかり頷く。


「はい。できます」


「よし、それじゃ、これからは私の仕事の手伝いをしておくれ。これからはここに住むといい」


「ここに…、ここに住んでもいいの?それに仕事って…、私まだ子供だから」


「この世界で13歳と言えば充分仕事を持てる歳さ。そう不安な顔をせんでも大丈夫さ。こき使おってわけじゃないよ。私の仕事は魔女なのさ。そろそろ歳だからね。若いもんに後を継いでもらって、」


「ちょ、ちょっとまった!」


(いまとんでもない言葉が飛び出しました!)


「いま、『魔女』っていいましたか?」


「ああ、私の仕事は魔女さ。それでそろそろ歳だから、」


「え?え?魔女?魔女ですか?!」


「さっきから何だい。だから魔女だと言ってるだろ。 私は薬草の調合が専門の魔女なんだよ。そして、それをお前に教えていく」


(薬草…?魔女…?

怪しげな暗い部屋で、ぐつぐつと煮え立つ大鍋に得体の知れないモノを放り込んで煮込むアレ?)


「そうさ。昔は大鍋を使ってたが今は小鍋が使い勝手がいいね」


 声が出ていたようだ。ドリスはこの世界での『魔女』についてエマに教えた。


 『力』を示せる女性を『魔女』という。


 魔女かそうでない者かの証明は『力』だけ。

 その『力』は魔女以外には決して使えないもの。

 魔女が『力』を使った結果を目にした人々は、その人が本物の魔女だと認めざるを得ない。


 だが、魔女だからと世界から何か使命を課せられているわけではない。

 『力』を次の相応しい娘に粛々と継いでいく。有史以前より連綿と行われてきたことを、今の魔女も次の娘に繋いでいくのだ。


 時には民の助けとなり、時には権力者の協力者となることもある。

 ドリスのように森や山の静かな場所で近隣の村人らと共にあることを好む魔女。

 街で普通の民に紛れて普通の家庭を築く魔女。

 貴族の婦人となり華やかな社交界で活躍する魔女。

 そして、王妃となり国の政治に関わる魔女。


 魔女はその特異性から人が人に対して作った階級の枠からは外れる。

 平民として生きることも王妃として生きることも魔女次第。


 だが反面、利用しようと企む者も掃いて捨てるほどいる。

 有力な貴族や王などの妻となり理解ある夫の庇護のもと平穏な人生を送る魔女もいるが、その殆どが悪意を避けるために『魔女』であることを隠し、人の作った階級に甘んじる。


 だから、この世界のどこに魔女が何人存在するかは彼女たち自身にも分からない。


「その『力』というのは魔力っていうもの?私、魔力なんて感じたことないし…」


 エマは手のひらを開いたり閉じたりしながら、異世界に来た今、じつはそんな力が目覚めてしまっているのだろうかとじっと手を見つめてみるが何か自分の中で変わっようなことはないように思えた。


「ちょっと外へ出なさい」


 ドリスは家の外へエマを連れ出すと、手近にあった小さく短い棒切れで地面に何かを小さく書いた。

 立って見ていたエマはよく見ようとドリスと同じように座り地面に書かれたそれをじっと見た。


「?!」


「これが魔女の『力』の秘密だよ」


「でも、これはっ」


「お黙りっ。無闇に口に出してはいけないよ。

人に聞かれては絶対にいけない。

『力』はコレを理解し唱えまたは刻むことで発揮される。コレは絶対知られてはいけない。

だから紙に書き残してもいけない。お前はコレの読みと音と意味が分かるんだね?」


 ドリスのきつい制止に慌てて口をつぐむエマにそれでいいと軽く頷き、ドリスは地面をさっと撫ぜソレを手早く消した。

 エマはドリスをみつめながら神妙にこくりと頷いた。


「小さい頃からお母さんが教えてくれた」


(これはルーン文字。この人が描いたのは『フサルク』)


 ドリスが書いたのは24文字のルーン文字だった。


 ルーン文字は古代ヨーロッパで生まれたと言われている直線を組み合わせたような文字だ。

 木片や石などに刻みやすいようにそうなったのだろう。

 ルーン文字にもアルファベットのように順番があり、『フェオ・ウル・ソーン・アンスール・ラド・ケン・ギョーフ・ウィン・…』と並ぶ。その最初の6字の読みが『f・u・th・a・r・k』つまり『フサルク』。


「なるほど、異界から来てコレが分かるということはエマは魔女になるためにここへ来たというこさ。

その証拠にこの世界の言葉を自然と理解できている。世界がエマをここへ呼んだのさ。

言っておくが、私は異界の者ではないよ。

だが、私にコレを教えた魔女は異界から来た人だった」


「ええっ!?」


「いま書いて見せたモノは元はお前のいた世界のものだね?

この世界にコレの呼び名はないのさ。

コレを知る者を異界から呼ぶのかも知れないね。

実際、この歳になっても後を継がせてもいいと思う娘にであえなかった。私はこのまま寿命を迎えるつもりだった。

この世界のどこかに同じ薬草の調合の魔女がいて後継者を育てているだろうと思っていたが、エマが異界から私の元へきたということは薬草に関わる魔女は私で最後だったのかも知れないね」


 ドリスがこの状況に何故冷静なのかだけは分かったが、その他の様々な疑問が頭の中を駆け巡り口をついて言葉が溢れる。


「ドリスさんにコレを教えた人が私と同じ世界から来た人!?

コレを知ってたから私がこの世界に呼ばれたの!?

コレを理解すれば誰でも魔女になれるってことですか!?

こ、この世界が呼ぶって、世界に意思があるってどういうこと?

『力』を持っても悪用しない、魔女を継ぐのに相応しい人材であるかどうかもこの世界の意思が魔女に直感として教えるってこと?!それから、」


「まあ落ち着きなさい。

この世界の意思か…そうなのかも知れないね。

多分そうなんだろうね。」


 ドリスは持っていた棒を放り手を軽く払うと、また家の中へエマを促した。


「私にコレを教えた師匠はある領主の奥方だった。

夫に先立たれ田舎で隠居生活をしていたある日、慰問で訪れた孤児院で私と出会ってね、どうしてか私を気に入って引き取ったのさ。

師匠にはすっかり成人した娘がいたけど、魔女を継がせたいと思ったのは私だったそうだ。

師匠は自分が異界からきたことを教えてくれた。

自分がイングランドという国に生きていて、気づけばこの世界の魔女の前に立っていたと。

だから、エマが突然現れた時、そりゃぁびっくりしたが師匠もこんなふうにこの世界に来たんだろうと思ったよ。

世界に意思があるのか、世界に神がいるのかは分からないが、それが、『この世界』の現実なんだよ」


 何故何故何故と問うても、これがこの世界の現実、常識、理。

 そういうものだと思うしかないということ。


「イングランド…。

そのお師匠さんっていつの年代のイングランドからここへ飛ばされてきたんだろう。

他の魔女のところにも私みたいにこの世界に呼ばれた女の子たちがいるのかな?」


「そうかも知れないね。

だが、全ての魔女がそうと分かるようには暮らしていない。

麓の村でも私が魔女だと知っているのは村長夫婦だけだ。他の村人たちは薬草の扱いが上手い婆としか思っていないさ。

魔女同士出会ったとしても名乗り合わなければ、隣に住んでいてもそれとは気づかなよ。

魔女が扱うのは、星座を読み様々なことを視る『占い』、薬草を使う『調合』、動物との『意思疎通』そして、人の心を操る『呪術』の四つ。

私がこの歳までに知り合った魔女は一人だけ、それもかなり以前に師匠の紹介で会った高齢の占いの魔女とその後継者だけだ。

今はその後継者が魔女を継いで…」


 それまで淀みなく話してもいたドリスが急に言葉を切ったので、エマはどうしたのかと思い聞き返した。


「継いで?どうしたの?」


「…機会があれば合わせてあげるよ。なかなか気軽には会えないがね。

これからは、私を『お婆ちゃん』とお呼び。

気負わなくていいんだよ。エマはエマの思うように生きなさい」


 ドリスは何かを思い出すように視線を二、三度彷徨わせたが、エマの問いに目尻に皺を寄せながら穏やかにそう言った。


「それじゃ、まずエマの生い立ちを考えないといけないね。ここに住むなら村の村長に挨拶に行かなきゃならないんでね」


 ドリスはふむと少し思案すると、


「異世界とは言えないから…外国で産まれて三、四年後に両親を亡くして孤児になり、十年ほど親戚中をたらい回しに渡り歩き、国の戸籍もあやふやになった挙句に……エマと私は似てないから遠縁にしないとダメだね、大叔母でいいかね、つまり私に引き取られてきた娘。

こんな感じだね」


という設定となった。


 客観的に聞くとかなり悲惨でアバウトな生い立ち設定だ。


「うん…、わかった」


 こうしてエマは『お婆ちゃん』によって考えられた設定でこの世界の片田舎でドリスの遠縁、本当は魔女の後継者として生きて行くことになった。


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