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35嗤うホージ侯爵

「お父様、ただいま戻りました」


「マリアンヌか、入れ」


 マリアンヌが執務室のドアを閉め姿勢を正すと、執務机で書き物をしていたホージ侯爵は手を止め顔を上げた。


 恰幅のある体型にギョロリとした大きな目、白髪を綺麗になでつけ、白いシャツにタイをきっちりと着けているが、貴族的な上品さよりも計算高いやり手な雰囲気が優っている。


「最近、ルイス王子とはあまり会えていないようだな」


 侯爵の問いに、マリアンヌが目に見えてビクリと肩を揺らし慌てて否定する。


「ル、ルイス様は最近お忙しいようでして!で、でも先日はご昼食を誘って頂きましたわっ。それに皇太后様にはいつもお招きいただいていますっ」


 マリアンヌの言う『先日の昼食』とはもう一カ月以上も前のこと。そのかわり城から少し離れた離宮に住む皇太后の元へは頻繁に通い機嫌取りを欠かしていない。


 侯爵としては、皇太后さえ抑えておけば万事うまくいくが、当のルイス王子に蔑ろにされることは侯爵家がそう扱われているようで全く不愉快だった。

 マリアンヌを嫌っているならいるでキャンキャンと吠え立てればまだ可愛げがあるが、のらりくらりとかわす軽薄な態度が苛立たしさを煽る。


「お前は仮にも我が侯爵家の娘だ。私を失望させるな」


「も、もちろんですわっ」


「では、これはどういうことだ」


 侯爵が一枚の紙を執務机からひらりと投げ落とすと、それはヒラヒラと絨毯の上に落ちた。


 マリアンヌがそれを拾い上げ目を通す。


「え…」


 内容を理解した瞬間紙を持つ手を震わせた。


「キンセル通りの『スーラのパン屋』の住み込みの娘。お前がこの一カ月以上会っていない間、ルイス王子は街の女のところへ頻繁に通っていたということだ。

春の舞踏会で気分の悪くなった男爵の婚約者を介抱したことで王子の目にとまったらしい。

側室候補三人を後宮から追い出し、王子もやっとお前との婚約を決断したかと思っておれば、目下のライバルが下賤の娘とは……随分軽んじられたものだな」


「春の舞踏会…あの日は皇太后様のお呼び出しがあって行けず…」


 マリアンヌは春の舞踏会を楽しみにしていた。

 舞踏会場に国中の貴族たちが集まり、ルイス王子にエスコートされ踊ったゴージャス感、それに羨望の眼差しで見上げてくる庶民の娘たちをテラスから見下ろす優越感はたまらなかった。

 王都に来て三年は社交界に出してもらえなかった。

 一昨年初めて春の舞踏会で紹介された時の感動は忘れられない。

 今年はうんと着飾ってルイス王子に褒めてもらうつもりだったのに、皇太后に呼び出され読書とお茶に付き合わされた。


(どんなに悔しかったかっ!それなのに、こんな女がルイス様の目に止まっただって?!)


「ルイス様がこんな女のところへっ?!」


「お前は皇太后様がお認めになったルイス王子の正当な婚約者だ。

皇太后様は世間を納得させるためにお前を侯爵家の養女にせよとお命じになったのだ。強行にでも婚約式を開いていただかなくては。お前も皇太后様を焚き付けろ。

この娘はこちらで始末しておく」


「お父様…」


 安心したようにほっと微笑むマリアンヌに侯爵はフンと鼻をならし、手を振って行けとあしらう。


 ホージ侯爵はマリアンヌが出て行ったドアをじっと睨みつけた。


「『始末する』と言うたらあの娘笑いおった。ま、それぐらい肝が座ってなければ困る。

皇太后のくだらない趣味のおかげでやっと運が巡ってきたのだからな」


ーーー五年と半年ほど前、皇太后の命令で魔女探しがはじまった。


 ホージ侯爵は皇太后に直々に呼び出され、若い魔女を探せと命じられたのだ。

 なんでもこの国の行く末にとって重要な人物だというものだった。


「恐れながら、何故私に?」


 寝耳に水の話に、ホージ侯爵は当然の疑問を口にする。


「お前が適任だと占いででたからだ」


 そう言われたホージ侯爵が唖然としたのは当然だった。

 何故なら、皇太后が真に『魔女』だと知っているのは国の上層部でもほんの一部の者たちだけだからだ。

 ホージ侯爵をはじめ貴族の間では、皇太后はたいへんな占い好きと知れ渡っているだけだった。

だが、芸術美術に傾倒する王にかわり政治に関与し女性ながらも宰相と共に国を正しく導き、実質的な権力を持っている。

 その皇太后からの名指しでの声掛けに、くだらない趣味への付き合いであったとしてもホージ侯爵はいよいよ自分に運が向いてきたと(わら)った。


 皇太后の指示はこうだった。


 占いで出た二カ所に赴くこと。

 一カ所目は、北東部にある村。王都から三日ほどかかる場所にあった。

 二ヶ所目は、西の国境付近の山奥。ここには詳しい地図がつけられていた。

 国の北東部ある村には確かに『魔女』がいた。

 村長に問えば、目を動揺で泳がせながら薬の調合の上手い老婆はいるとだけ答えた。

 当然の反応だ。護衛兵を従えた貴族がわざわざ来たと思えば眉唾物の『魔女』はいるかと言うのだから。

 案内された場所には老婆が一人住んでいただけだった。どこからどう見ても若くはなかった。

 都市から離れれば少々薬草の知識がある者が村の医療をになうものだ。こんな老婆などどこの村にも一人はいるだろう。

 王都から三日もかけて来た徒労感に「お前は魔女か」と投げやりに問えば、老婆はにんまりと笑いながら「はい、はい、わたしは魔女でございますよ」と答えた。


 侯爵は馬鹿馬鹿しくなりすぐに二ヶ所目へ向かった。

 そこで見つけたのが小屋に住み着いていた14歳のマリアンヌだった。

 皇太后が指示した通りの場所からルイス王子と釣り合う年齢の娘と証拠と思しき書物を見つけたため、マリアンヌを魔女と断定し王都へ連れ帰った。


 謁見した皇太后も自分の占い通りに見つかったマリアンヌを魔女と認め、後々には世継ぎのルイス王子の婚約者とすると命じたのだった。

 国の行く末にとって重要な人物とは、未来の王妃のことだった。


 そして、ルイス王子の婚約者にふさわしい貴族令嬢にするようマリアンヌの後見は侯爵に任され、三年かけてやっと人前に出せるまでにした。


「やっとここまできたのだ。この機会、逃すものか」


 どこの馬の骨とも知れぬ平民娘を世継ぎの王子の婚約者に据えても、誰にも何も言わせない皇太后の姿に『王妃の父』となった未来の自分の姿を重ねる。


 だが、マリアンヌが執務机の端に置いていった紙がふと視界に入り怪訝そうに眉をひそめる。


「テューセック村のエマ・ハースト。テューセック村……」







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