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30冷たい指先


「今日は、蒸しケーキを作ってみました。お口に合うかどうか…」


「美味しそうじゃないか」


 大きめの皿にいくつか盛り付けた蒸したてのクリーム色のケーキをルイス王子は身を乗り出して見つめる。


 ルイス王子は作りたての食べ物がお気に入りだ。

 国を動かすトップなんだから、「出来たてが食べたい」と侍従にでも一言言えばいいと思うのだが、城の食べ物は毒味とかいろいろ大変なのかなとエマは想像する。

 そして、こんなことで喜ぶなんてと不憫に思うのだった。


 今日もルイス王子とジークヴァルトは来ている。

 今日で4回目だ。週一で来て、4回目。


 2回目来たときルイス王子がマカロンを土産だと言って持ってきた。

 帰り際「また来る」と捨て台詞があったので、翌週はエマが素朴なお菓子を用意しておいた。そして、今日は蒸しケーキを作ってみた。


 未だに何故くるのかはわからないし、聞けないでいる。

 そして、毎回もこもこ草が見つからないかヒヤヒヤとし、ちゃんと調べているのか気になっていた。


 会話は、ルイス王子が話しエマがそれに答えている。

 だが、せっかくこの国の王子様が来ているのだから町のことをよく知ってもらおうと、いい所ばかりでなく悪い所もそっと話に織り交ぜてみたりする。

 ルイス王子にそれを悟ってもらい改善して欲しいとかは期待していない。急に押しかけてくるのだからエマもこの程度のことくらいいいじゃないかと思うからだ。


 ただ、ルイス王子が気さくな態度だからといってエマが同等に振る舞っていいことではないと常に心がけ、二人と自分との間にきっちりと線引きをしている。


 あと、嬉しいことがあった。ジークヴァルトの雰囲気が和らいできているのだ。

 2回目に来たときに椅子に座って果実水を飲み、前回の3回目にはなんとエマのお菓子を食べたのだ。エマは全く表情には出さなかったが、嬉しさのあまり心のなかで拳を作り「よしッ」とガッツポーズをした。

 ジークヴァルトに自分の手作りのものを食べてもらうのはやっぱりなかなか心地よくこそばゆい感覚だった。

 会話はまだない。ルイス王子が話しを振ればそれについて簡潔に意見を言ったり、頷く程度だ。


 ところで、スーラは相変わらず同席を遠慮している。

 スーラには二人が子爵家と男爵家の次男と三男だと言っているが、「アルベルト様なら平気なんだよ。同じ貴族様なのに、なんでこんなに違うんだろうねぇ。」と不思議そうにいっていた。

 それは格の違いだとも言えず、エマは緩い相づちを返すしかなかった。


 二人が来るようになって、気がつけばもうひと月がたっている。季節は初夏。


 蒸しケーキとともに清浄な水にハーブと輪切りにした柑橘の果実を入れた冷たい果実水をルイス王子とジークヴァルトに差し出す。


 そして、「それにしても…」とあらためて二人とダイニングテーブルを見比べる。


 スーラの家の大きなダイニングテーブルは木目が綺麗でカフェっぽくてエマは大好きだ。

 だが、この二人が座るとこの上なく違和感がある。やっぱり二人には絹で包まれたソファがよく似合うと思う。

 それに、普通に座っているだけなのにスッと姿勢が良く真似できない品が滲み出ている。


 こういうのを見ると、やっぱり特別な人たちなんだと改めて納得し馴れ馴れしくしないように、粗相をしないようにとエマは気持ちを引き締める。


「甘さは控えめにして、二種類お作りしました。ナッツと干した果実入りです」


 言いながら取り皿がないことに気づいた。


「あ、取り皿をお持ちします」


「僕が取るよ」


 なんと、ルイス王子が席を立ちかけたのでエマは慌てて両手を振る。


「大丈夫ですっ、すぐに取って参りますので!」


 王子様にそんな手伝いさせられないと、急いでキッチンに戻る。


 来客用の皿は戸棚の上の段にある。エマが少し背伸びしながら手を伸ばしていると、「やっぱり手伝うよ」とルイス王子が後ろに立った。


 エマはここで遠慮をするのも変かと思い礼を言いながら、一方でこれはチャンスかもと思いついた。

 何気ないふうを装って、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみる。


「そういえば、ロイさんが言っていたのですが。ここ何ヶ月か若い方が急な体調不良でお仕事休まれたりするそうなのです。

何か流行っているのでしょうか。

これから暑くなりますし、心配だなと思って」


 早口でそう言いながら皿を持ち振り向くと、ルイス王子がいきなり戸棚に手をかけエマを見下ろした。エマは戸棚とルイス王子のちょうど胸辺りに挟まれる格好になってしまった。


「エマ」


 ルイス王子がエマの耳元に顔を寄せ、そして、


「心配ない」


とだけ言った。


 再び合わせた視線に、エマは話が通じていると直感した。ルイス王子は、あの事(・・・)をちゃんと知っている。


 突然の行動に驚いたが、ずっと気になっていたことから解放されエマは思わずホッと安心するように微笑んだ。


 でも……ふと、違和感がわく。


(あれ?でも、どうして王子様はそんなにはっきり言えるの……?)


「殿下」


 ジークヴァルトの声だった。


 ジークヴァルトがキッチンの入り口で腕を組みながら立っていた。


「なんだい?皿を取っていただけだよ?ね?エマ」


 ルイス王子はエマの手にあった皿を抜き取ると、ジークヴァルトの横を通り過ぎダイニングへ行ってしまった。


 置き去りにされたエマは一人でジークヴァルトの視線に晒される。


「エマ」


(…ッ?!私の名前呼んだ…。)


 エプロン越しに胸元をキュッと掴む。


(前は…パンを届けに行った時に…。)


 あの時はひどく動揺して、逃げるように帰って落ち込んだ。


(動揺したのはこんな風に心臓が跳ねたから……

あれは、お婆ちゃんとのことを聞かれて…どう答えていいのか分からなくてなったから…ーーーーううん、違う。

あれは…

不意打ちにこの人がこの声で『エマ』って呼んだから。

今と同じ。

私の名前を呼んだから。この人が…

最近…少し誤解が解けてきたのかなって思う。

もう少し歩み寄れれば、穏やかな表情を見せてくれるようになるかも……。)


「上手く誘惑出来たと思ったか?油断も隙もないな」


「……え」


 ジークヴァルトはそれだけを言うと、エマに背を向けダイニングへ戻っていってしまった。


 戸棚の前に突っ立ったまま言葉を失った。


 初夏だというのに指先が酷く冷たい。震える指先を口元に寄せる。


(だ……だめ、なんだ。

この人が誤解を解くなんて…ないんだ。

この人は…だめなんだ。

少し誤解が解けてきた?

そんなの思い過ごし。

歩み寄り?

そんなの…ありえない。)

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