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17昼食会

 着いたのは装飾の施された白い大きな扉の前。

 立っていた近衛兵たちは、男性に目礼すると左右から扉を開いた。


 そこは、白を基調とした広いダイニングルームだった。

 長いダイニングテーブルには真っ白いクロスが掛けられ、中央には優しい色の生花が品良く飾られている。

 並べられた白磁の皿や銀製のカトラリーそしてワイングラスは寸分の狂いもない。

 窓から間接的に取り入れられた柔らかな光りを受け、室内は豪華さの中にも清潔感が溢れていた。


 壁際には侍従や侍女ら数人がすでに控えており、室内の要所に近衛兵たちが蝋人形のように直立不動で立っていた。


「あそこへ」


 男性が端の一席を指してそう言うと、壁際にいた侍従が一人素早く歩み寄り椅子を引いてくれる。

 テーブルにはエマを含めて6人分の席が作られてあった。王子が座るだろうお誕生日席の右手に4席、左手に1席。

 残念ながら、アルベルトが言った通り側室候補の令嬢たちと男性も同席するようだ。


「間も無くルイス王子が来られる。来られたら席を立ち略式の礼をしろ。

それから、王子の質問には答えていいが、自ら話しかけるな。

あと、余計な真似はするな。近衛兵にねじ伏せられても知らぬからな」


「…はい」


(はあ…すでに犯罪者扱いか…)


 ガチャリと扉が開かれる音がした。


 教えられた通り礼をしなければと慌てて腰を浮かしたが、入って来たのは側室候補と思われる三人の令嬢たちだった。

 三人ともタイプの違う美人揃いだ。


 一人目は、体型を強調したドレスを纏った美女。

 栗色の長い髪は巻かれ、はっきりした顔立ちにとても似合っていた。勝気な目をした、派手な印象の女性だ。


 真ん中の女性は、金茶色の髪で前髪を長く斜めに流している妖艶な美女。金色に近い瞳の色と合間って、雰囲気が華やかだ。


 三人目は、顔立ちは整っているが冷たい印象の美女。黒茶色の髪をきっちりと結ってあり、髪の毛一本の乱れもなかった。


 三人ともたいへん美しい。エマより二、三歳年上くらいか。

 彼女たちにも礼をした方がいいのかどうしようかと迷ってるうちにエマを素通りして横並びの席についてしまった。


 まあいいかと小さく息をついたのもつかの間、また扉が開き廊下にいた近衛兵から声がかかる。


「ルイス王子様がいらっしゃいます」


 王子が颯爽と部屋に入って来ると、三人の美女たちがさっと立ち上がり、さらに壁際にいた侍従や侍女ら全員が一斉に礼をして迎える。

 エマも出遅れないように、慌てて腰を低くした。


 ルイス王子は予想どおりお誕生日席に座ると「お前も座れ」と側に控えていた男性に命じる。男性が席に座るのを鷹揚に見届けると「では、始めよう」と昼食会の開始を合図した。

 止まっていた時間が動き出すように壁際にいた侍従や侍女らが一斉に動き出した。


 エマは男性を極力意識しないように必死で平静を装った。

 男性から見れば最低最悪な女を視界に入れて一緒に食事しなければならないのだ。完全な誤解だが、エマが男性の食事を不味くしているかも知れないと思うといたたまれない。 

 さらに美人揃いの令嬢たちと横並びで食べる仕草を見られるという追い討ちである。


 エマは出された料理を機械的に口に運び、味もよく分からないまま砂を噛むような食事をした。


 食事中はルイス王子ばかりが話していた。


 覚えている内容は……エマのことを先日の舞踏会で男爵の婚約者を介抱した街のパン屋の娘だと側室候補たちに紹介し、褒美に招いてやったと説明したこと。

 最後のお茶を飲む頃に、側室候補の三人が趣味の作品を王子に披露し、王子が戯れにエマに感想を求めたのでそれらしいことをなんとかひねり出したことくらいだ。

 あとは、貴族同士で会話をしていたからほぼ聞き流した。


 とにかく何を食べたかも何を話したかもよく分からない。

 ただ、会話から男性がホランヴェルス公爵家の嫡男でジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスという名前だということはしっかり耳に残った。


✳︎

 退席するルイス王子を全員で見送った後、側室候補の令嬢たちも続いて退席していった。

 気が抜けたように座っていたエマがやっと現実に引き戻されたのは、ジークヴァルトに「アルベルトを寄越す」と声を掛けられたときだった。


 この男性を見るのはこれが最後なんだと、エマが慌ててジークヴァルトに目を向けたときにはもう扉口から廊下のほうへ姿を消す寸前だった。

 ジークヴァルトの長い銀の髪がふわりと靡くのが残像のように一瞬見え、そしてすぐに視界から消えていく。


 別れは呆気ないものだった。


 彼の中で自分への誤解はこの先も訂正されることはないのだと暗い気持ちになる。

 でも、いや、と思い直す。そもそも一庶民のことなど明日になればすっかり忘れてしまっているだろう。


 嫌われながらも覚えていてもらうか、綺麗さっぱり忘れ去られるか、「どっちがいいのかなあ」とエマは深く長いため息をついた。


 ジークヴァルトが退室してすぐダイニングテーブルの上はすっかり片付けられてしまった。

 飾られていた生花に至るまでもう何もない。侍従や侍女らもすでにここにはいない。


 だだっ広い部屋の大きなダイニングテーブルの一席に、エマはひとり座っていた。

 何を食べたかもよく思い出せないが、とにかくアルベルトに迷惑がかかるような粗相はしなかったはずだ。

 日本にいた時、幼い頃から英国人の母親に食事のマナーは煩いほど仕込まれた。

 ドリスからもこの世界のテーブルマナーを教えてもらったが、素地があった分飲み込みが早かった。

 宮殿での昼食会などどうすればいいのかと焦ったが、経験の範囲内で身体が動いてくれた。王子たちにも不快な思いはさせていないはずだ。

 エマのことを悪女と思っているジークヴァルトの前でなければ、シェフの素晴らしく美味しい料理を堪能できたと思う。

 一応朝からの空腹はなんとか満たされているが、もう二度と食べることはないだろうと思うと、もっと味わって食べたかったと残念に思った。


「エマ!」


 アルベルトが勢いよく扉を開け飛び込んできた。


「アルベルトさま…」


「エマ…、よく頑張ったな。疲れただろう。さ、帰ろう」


 今日一日の大変さを思ってくれているのだろう、掛ける声は優しい。


 エマたちが城を後にしたときはもう午後もかなり過ぎていた。

 アルベルトの屋敷でまた着替えて、結局、家に戻ったのは夕方だった。ロイも来ていて、スーラやロジとずいぶん心配をして待ってくれていた。

 たくさん話したいことがあったが疲れが顔に出ていたのか早く休むように言われ、エマは倒れこむようにベッドに横になった。

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