13残念なアルベルト
エマは子爵家に着くなり馬車から降ろされると、数人のメイドたちに囲まれて支度部屋にまたもや放り込まれた。
子爵家の次男の知り合いとはいえ、メイドたちにとってエマは単なるパン屋で働く娘だ。
気を使う必要もなく、メイドたちはそれぞれ分担しビジネスライクにテキパキと作業をしていく。
まずはお風呂で全身をゴシゴシと磨かれ、髪も洗い、髪を乾かす間に爪を整え、化粧、髪をセット。
もうフラフラだ。やっと日常を取り戻したのに、また逆戻り。
着替えが終わる頃にはコルセットの苦しさとの二重苦。
朝食抜きで、目が回りかけている。
「エマ、見違えたよ。よく似合っている」
感嘆しながらそう言うアルベルトの様子から登城できる程度には合格の仕上がりのようだ。
「はあ、馬子にも衣装でしょうか……妹さまにもよろしくお伝えください……」
王家から褒美がもらえると言われても、今の状態のエマには喜ばしいとは言い難い。
しかし、ここまで手間をかけてもらった礼は言っておくべきだろうと、乾いた愛想笑いをうかべながら大人の対応につとめた。
用意してもらった衣装は、これぞドレスッ!
ふんだんに使われたレースに、コルセットで締め上げた細い腰とボリュームあるスカートの淡いラベンダー色だ。
髪は腰まであるストレートの髪の上半分を飾りを付けて複雑に結い上げてあり、残りは自然に流してある。ドレスの色は薄茶の榛色の髪によく似合っていた。
ただ、今のエマにそれを楽しむ余裕はなかった。
「ああ、また妹にも会ってくれ。きっと気が合うと思う」
「はあ……」
貴族のご令嬢がパン屋の売り子を紹介されても喜ぶとは思えないです、とは言わないでおいた。
「それじゃ、そろそろ行こうか?」
「もうですか?!」
「ああ、昼前とご命令だが執務の合い間のお出ましだろう。
うまくお時間が合えばいいが、合わなければ昼を過ぎるかも知れないしもっと遅くなるかも知れないし。
とにかく遅刻はもっての他だ。早めに行って待機しておくべきだ」
エマはもう褒美なんていらないから帰してくれと泣きたくなった。
✳︎
いくつかある門の一つから、今回は馬車で入城した。
先日の舞踏会のときは延々と歩いたが、今回は男爵家の馬車のため楽に入城できた。
ここから入ればあんなに歩かなくてよかったのに、とエマは恨めしく思ったが、舞踏会の際開かれていたのは正門でこんな規模どころではないとエマは知らない。
数ある入り口の簡素な一つから宮殿へ入り、幸いなことに待つことなくすぐに謁見の間に案内された。
あらかじめキョロキョロ見回すなとアルベルトから注意を受けていたため、伏し目がちに長い廊下を進む。
いくつかの角を何度か曲がる。
白漆喰で装飾された天井の高さや、壁を飾る金縁の絵画、大きな花瓶に飾られた豪華な生花が視界の端に流れていく。
すると途中で、アルベルトが何かに気づいたようにあっと小さく声をたてた。
そして、かなり焦った様子で隣を歩くエマに小さな声でこう言ってきた。
「エマッ、礼の仕方を知っているかっ!?」
「れい…?」
「そうだ、礼だ。王族に対する最敬礼だっ」
(………………。)
「そんなの…知りませんっ」
長い沈黙のあとエマはきっぱりと言った。
「しまった!支度のことばかり気になって、教えるのを忘れていたっ!」
「はあ、そうなんですね、どうしましょうか」
エマは早朝から空腹のまま引っ張りまわされたうえ、今更こんなことを言い出すアルベルトに呆れてもう正常な返事をするのも面倒くさくなった。
自分の窮地にも関わらず他人事のような返事しか出てこない。
「そうだっ、エマが先日の舞踏会で俺に礼をしただろ?
あれのもっとこう…膝がつくギリギリまで深く足を引いて…丁寧な感じなんだ。
な?分かるだろっ?
ま、まあエマは庶民なんだから、多少の失敗は大目にみていただけるはず…」
(なんだろう、軽い殺意が湧くんだけど。
もう、どうでもいいや、あんまり頭が回らなくなってきた。)
「あーアレね、はいわかります、わかります」
「そうか!よかった!
でも略式とはいえよくあんな礼の仕方を知っていたな。
貴族の令嬢以外であんな風にされたことがなかったから驚いたよ」
(え?そうなの!?
アルベルト様は貴族だからしたんだけど。貴族相手でも庶民はしないの!?
随分気取ったやつだと思われそうだから今後は気をつけよう。
それはさておき…アルベルト様、何かあったら全っ部、あんたのせいにするからねっ!)




