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11ネリーが思ったこと


 息が上手く吸えずどうしていいか全くわからない。

 ネリーは自分を励ます婚約者にすがることしかできなかった。


(こんなことは初めて。私はどうなってしまったの!?)


 酔った男性に絡まれたことなどなかった。男性同士の言い争いを見たこともなかった。

 デービがあんなに怒るなんて。嬉しいよりもなぜが怖かった。もうやめて、と泣きたくなった。


 そして、挙句に悪意をぶつけられた。あんなあからさまな。ましてや紳士であるはずの男性に。

 ショックだった。とても動揺した。そしたら上手く息ができなくなっていた。


 周りに多くの人たちが、この醜態を見ていることもわかっている。

 華々しい舞踏会に最高に着飾ってきたのに無様に地べたに膝をつき涙を拭うこともできずにいる。

 でも、どうしていいか分からない。


(どうなってしまうの!?お医者さまはまだ!?誰か!お願い!助けて!!)


 すると女の人の声がした。


「落ち着いて、大丈夫ですよ。呼吸が上手にできないのですね?息が止まったりしませんよ。だから大丈夫」


 そう言って女の人は膝をついて私と目線を合わせ優しく微笑んだ。


「お嬢様、大丈夫。大丈夫ですよ。息がしづらいのですよね。落ち着いて、私の目を見て下さい」


 ハッハッと息を吐くばかりで何がどうしたのか気が動転しながらも、いま状況を言い当てたこの人にとにかく助けてほしくて手を伸ばした。


「数をゆっくり数えます。それに合わせて少し息を吸ってみましょう。いきますよ、いち…にい…さん」


 彼女に促されながら細く息を吸った。瞬間とてもいい香りがした。優しくて落ち着く香り。


「今度は三回ほど浅く吸って見ましょう。一…二…三」


 声に誘われて震える息でまた浅く吸ってみる。するとあの香りが香る。この女の人から香っているよう。とても落ち着く。


 次はゆっくり 長めに息を吐いてと言われ彼女が数を数えるのに合わせる。一、二、三、四…

 そして、また短く吸う。それをゆっくり繰り返しながら徐々に息が深く吸えるようになり気分が落ち着いてきた。彼女の香りがとても助けになった。


「もう大丈夫ですね」


 彼女のホット安心した顔がさらに私を安心させた。


 そこへやっと医者がやってきた。担架を持って。

 あんなものに寝転んでなるものかとデービの名を呼ぶと彼が抱き上げてくれた。


 見下ろした彼女は平民だった。

 レースの使われていない安価なドレスだと一目でわかったから。

 そのドレスの裾が土で汚れていた。普段ドレスを着る機会のない平民の彼女にとって大切なドレスだろうに。


 私を見上げる彼女は「よく休んでくださいね」と何の作為もない笑顔でそう言った。

 私の代わりにデービが「ありがとう」と彼女に言ってくれた。

 彼女が「はい」と頷くと、耳元から垂れている髪が揺れた。結い上げてあった髪が乱れて落ちたのだ。


 私の手が当たったのだ。さっきは必死だったから。

 胸元のリボンは握ったように形が崩れ、袖口のリボンは片方が解けている。


(みっともない姿…)


なのに、こちらを見上げる彼女を「綺麗な人…」と思った。


(また会えるかしら。きちんとお礼が言えるかしら。)



✳︎

 不意に肩にジャケットが掛けられた。ロイだった。


「さ、立てるかい?エマ帰ろう。アルベルト、失礼するよ。また会おう」


 そう言ってロイはエマを支えながら立ち上がらせる。


 集中していて全く気づかなかったが、かなりの注目を集めていたことにエマはやっと気づいた。

 男爵とその婚約者が去ってしまうと注目はエマに集まった。

 若い娘がドレスと髪を乱した格好で座り込んでいる姿は、人を助けた興奮が冷めてしまうとなんとも気まずい空気だった。

 特に美しく着飾った娘たちはエマの散々な様子に眉をひそめ仲間同士で何やらひそひそと言い合い、クスクスと笑うものまでいた。


 エマは急に恥ずかしくなりロイの上着の前身ごろをぎゅっと合わせてうなだれた。ロイはそんなエマの肩を抱き目立たないよう足早に移動した。



 その様子を人だかりから離れた所、テラスから見ていた二人の貴族青年たち。


「あの娘に褒美をとらせる。登城させるように」


「……畏まりました」

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