学園恋愛ドワーフ
王立高等技術学院。
先進技術を修めた一流の工匠を育成するために設立された教育機関。
その入学資格を得る為には国内の有名工房の親方から推薦を受ける必要があり、結果として鍛冶・彫金などの技術学問を複合して教える冶金学科の学徒はほぼドワーフとなるのは当然の成り行きであった。
冶金学科では学術的な知識だけでなく、実地的な技能教育も行う。
金属を溶かす超高温を扱う以上、学科生の手は火傷と切っても切れない縁にある。
「痛ててててて!! もう少し優しくできねぇのか男女!」
「あ゛ァ!? このくらい痛くないとアンタの空っぽの頭じゃ覚えないだろうが、この唐変木! 手当してやってるだけありがたいと思いな!」
学院の医務室に男女の怒鳴り声が響き渡る。
片方は手当てをされている男子学生、二回生のヴォルフラム。
ドワーフらしく背は低いが、鍛冶場で鍛えられた身体は筋肉を備え、齢二十七にして種族に恥じない見事なヒゲをたくわえている。
もう片方は彼の手当てをしている女学生、同じく二回生のアンリーゼ。
ドワーフは男女の性差が少ない種族であるため一見してヴォルフラムと大差ない外見をしているが、ドワーフの女性らしく腹回りの肉の厚みとヒゲの艶はヴォルフラムとは違うところだろう。
彼らは学院入学時からの腐れ縁であり、顔をつき合わせれば喧嘩ばかりする仲ではあるが、ヴォルフラムは彼女の力仕事をフォローし、アンリーゼは怪我ばかりする彼の手当てをする云わば互いに認め合っている仲でもあった。
「おぉ、いちちち……どうも銑鉄処理の科目は苦手だな。俺はやっぱ鋼鉄加工でインゴットぶっ叩いてるほうが性に合うぜ」
「馬鹿だねぇ、それじゃ単位が足りなくなるだろ。銑鉄処理は必修なんだ、なんならヒゲを焦がさないようにヒゲを編んでやるかい?」
彼女の言葉にヴォルフラムは憮然とする。
ヒゲを編むのは女性ドワーフの身だしなみの一つだ、それをあてこすられては気分は良くはない。
しかも、彼女は女であるのに男性ドワーフのようにヒゲを伸ばし放題にしたまま見事に鍛冶場をこなしているのだ。
男の意地として負けを認めるわけにはいかなかった。
その言葉を口にしたのは、そんな心持ちの気の迷いだったのだろうか。
お前はヒゲを編まないのか、と。
「なんだい、あたしの腕にケチ付けんのかい」
「いや、そんなことはないが。お前がヒゲを整えているところを見たことがないなと思ってな」
普通の女性ドワーフはもっとヒゲの手入れに熱心なものだが、彼女はそういうことに興味を示していない。
伸び放題のままのヒゲは、女性本来の艶と合わせて男なら相当な美丈夫であったことだろう。
「まあ、私がヒゲを整えたところで、気に留める奴なんていないよ。無駄さ、無駄無駄」
「案外似合うかもしれんぞ? …………馬子にも衣装ってやつで」
「言ったな、このすっとこどっこい!」
「やるか暴力女!」
医務室で大声で殴り合った彼らに教員が気付かぬはずもなく、このあと揃って反省文を提出させられた。
明くる日の講義室。
技術体系論の講義が始まる前に、一人の女ドワーフが講義室に入ってきて部屋は騒然となった。
緩く結われた髪、出るとこの出た腹回り、複雑に編み込まれたヒゲは艶があり、瀟洒な飾り紐で括られている。
見覚えのない美女(ドワーフ基準)に騒ぐ学徒を尻目に、女はヴォルフラムの隣へと座った。
心当たりのない彼が目を白黒させていると、女は彼に静かに微笑みかけ…………吹き出して笑った。
「おま、まさかアンリーゼか!?」
「アッハッハッハッハ! どうだいなかなかのもんだろ?」
まさか自分をからかうためにここまでするとは。
見事に引っかかったことも含めて手玉に取られたことを悔しがっていた彼には、彼女の小さな呟きは耳に届かなかった。
「アンタが私だけを見てくれたんだから、身だしなみを整えるのも悪くないね」