第最終幕 恵々理香
それじゃあ、いっちょう!
かるーく、くだけて
ゆるーく、ふざけて
■■■
ヒーローは遅れてやってくるもの。
じゃあ遅れてやって来たエーリカはなんなのだろうかね?
まあ、エーリカがどんな役回りなのとかそんな瑣末なことは置いておいて、
「いたたた・・・こ、腰がぁー」
少なくともヒロインは天井から落下しないだろうし、ヒーローは着地に失敗しないだろうし、プリンスもプリンセスもこんな情けなく背中をさする姿はしないだろう。だからこう表現するしかない
愛すべき馬鹿
ってね。
「ほえ? へ? えっあっえぇぇぇ!!」
さて、なんて雑念を考えてる内に黒幕たるチェルシーさんが、素っ頓狂な声を上げて狼狽しちゃってるから、いい加減そろそろ本筋に戻ろうか。
では、
ベットの上から床に痛そうに悶えている馬鹿に向き、
「ようこそエーリ魔帝閣下・・・エーリカさん。とりあえず、・・・大丈夫ですか?」
まずは挨拶。反応は・・・
「うぅぅ。駄目ですぅ」
・・・まあ、大丈夫そうだ。
「ご無事でございますかエーリカ様」
ほら、ミケさんも居るしね。
では、
「まっ、こういう訳ですよ、チェルシーさん」
視線を移し、呆然唖然としているツインテールメイドに現実回帰してもらおう。
「なっ、ほえ、ひえ」
反応が珍妙だけど、無視して話す。
「貴女の秘密とやらは、貴女が前魔帝の娘だということは、貴女がエーリカさんの妹だということは、もののみごとに露見しました。
よかったですね!」
無傷の右手を親指だけ立ててチェルシーさんに向けて腕を伸ばす、俗にいうサムズアップだかサンズラップとかいうやつ。
「きひひひひ、いや、良くはねーだろイッヒの旦那ぁ」
的確なツッコミありがとうございますシュルツさん。
「え、な、ど、どうして。どうしてエーリカが・・・魔帝閣下がここに居る、の?」
うん、適切な疑問ですねチェルシーさん。ではエーリカが痛みから解放されるまでに教えてあげましょう。
「簡単なことです。実はチェルシーさんがこの部屋に来る前に、そこにいるシュルツさんが自分に会いにきてたんですよ。んで、別れ際にエーリカさんを呼んでくれと頼んでいたんです。まあ、流石に天井裏からやって来るとは思ってなかったですけどね」
更に言えばミケさんが一緒に来たのも予想外だけど、まあそれは割愛して。へらへらと適当な感じに言ってみる。
ご都合主義という言葉を、悪運という言葉に置き換えたのがこの結果の理由だろう。自分がエーリカを呼んだのは本当だし、天井から来ると想像していなかったのも本当だ。
どこかにフラグがあったというなら、それはシュルツのにーちゃんの登場シーンのほとんどだろうさ。
まっ、真実のほどはこの三(魔)人しか知らないけどね。
ではでは、話しを戻して話し合おう。
「それではチェルシーさん。そしてエーリカさん。思う存分話し合って下さい」
まぁ、自分じゃないけどね。
「「え! えぇ!?」」
すげぇな、反応が同じかよ。まあーいいや。
「ほらほらエーリカさん。妹さんですよ、妹、姉妹、妹君。感動の再開ってやつです。よかったじゃーないですか、家族が増えましたよ」
笑顔で、笑顔で話す。
「ほらほらチェルシーさん。お姉さんですよ、姉、姉妹、姉上。涙の暴露ってやつです。よかったじゃーないですか、もう秘密にしなくていいんですよ」
笑顔で、笑顔で笑う。
無事な右手を前に伸ばして、『さぁ』と促してみる。
「「ええぇ」」
と、これまたシンクロして混乱する馬鹿と黒幕。
方や突然妹が出来て、片や長年の秘密が暴露して。
自分の右側でツインテールメイドを凝視しながら、あうあういえあいえあや、と狼狽するエーリカと、自分の左側で金髪黒衣と自分を交互に慌ただしく見ながら、??!??!??!、と錯乱するチェルシーさんに、状況お構いなしにエーリカを介抱するミケさんという構図が出来上がった。
よし!
これで自分は蚊帳の外だ。
火中の栗拾いなんてごめんです。
「きひひひひひひ・・・・どうすんだコレ?」
呆れたような、困惑したようなシュルツのにーちゃんの声でちょっと現実回帰。
冷静になればものすごくカオスというかなんというか、混沌とした修羅場(?)なシーンです。
・・・・あーーー、自分が逃げることしか考えてなくて収拾方法までは想定してなかったよ。でもまあ
「きっと時間が全てを解決しますよシュルツさん」
てなわけで待ちましょう。
「そうかいきひひ・・・・・・・茶でも飲むかい旦那ぁ?」
頂きます。
■■■
んなわけで、
体内時計で約10分、置時計が無いから正確な時間は不明なロスタイムが経過しましたと。
んじゃ
「落ち着かれましたかエーリカさんにチェルシーさん」
聞く。ズズーとシュルツのにーちゃんが煎れてくれた、若干マイルド風味なお茶を飲み終わった二魔(人)にベットに座った状態のまま聞く。
「「ええ・・・もう大丈夫よ」」
と、お前等はネコミミチルドレンかと疑いたくなるようなシンクロで答えた馬鹿と黒幕。
「お湯の温度が若干高いですね、茶葉の量も多い・・・」
ミケさんのお茶ダメ出しはスルーして。
「それじゃあーいっちょう・・・腹を割って話し合いましょうか、ね」
立ったままのエーリカとチェルシーさんと、後ろに控えるミケさんとシュルツのにーちゃん全員に言う。
問うように、言う。
もうこれで最後の押し問答。
もうこれでお終いの駄喜劇。
だから、
誤魔化さず
茶化さずに
嘘偽りなく
感情論で
感無量に
本音で本気に思うこと、本来の本当を思いっきり、本人の本懐を思う存分喋りまくろう。
それでは
「それでは自分から発言させて貰いますけど。まずはミケさん」
「シュレディンガーです、なんでしょうか?」
「一応確認しときますけど、自分とチェルシーさんの会話をどのあたりから聞いてましたか?」
「・・・チェシーの、失礼いたしました、妹様の昔話が始まったとこらからでございます」
なるほど、ミケさんはチェシーと呼んでいたのか・・・は置いといて。ということは基本的にチェルシーさんの告白は全部聞いているわけだ。まあー自分が天井を見上げた時にネコミミを発見しちゃって思わず苦笑いしたわけだから解ってたことなんだけどね。確認は大事ですから。
では、
「ではエーリカさん。チェルシーさんの事も、自分がこの世界に現れた原因も全部聞いてるんですよね?」
「ほえっ? う、うん。そうよイッヒ。チェ、チェルシーがわた、私の妹なのも、イッヒがしょ、召喚されたっていうのも全部解っているわ」
そう言い返すエーリカ。若干呂律が怪しいけど、出会った当初みたく状況に脳が、感情が追いつかないって事態にはなっていないみたいだ。なら
それなら
「それならここからはエーリカさんの番です。いや、エーリカさんが主役の場です」
「えっ!?」
「エーリカさんがチェルシーさんに問い、尋ね、聞いて、言って、話して、喋って、語って、答えて、全てを決める場です」
そう、ここは自分が出しゃばる場じゃーない。
所詮自分はチェルシーさんがやってきたことの一部に過ぎない。自分とチェルシーさんだけなら自分は元の世界に帰してと言えるけど、ここには幸か不幸かエーリカがいる。全てを知ったエーリカがいる。
だから
優先順位からいけば自分はこの場で一番低いんだろう。
大事なのはチェルシーさんがエーリカの妹だったということ、だったら、自分ではなくエーリカが話すべきだ。エーリカが話さなければいけないんだ。
自分は・・・この世界の主役なんかじゃないんだから。
ね、エーリカさん
「・・・チェ・・・チェルシーさ、ん。ほ、本当に私の妹なの?」
自分が黙ったからか。それとも全てを察したのか解らないけれど、遠慮がちに、でもしっかりと前を、ツインテールメイドを、己の腹違いの妹を見てエーリカが口を開いた。
「・・・・はい。本当でございます『魔帝閣下様』」
答え見つめ返すチェルシーさんの表情は、悲しいような、悩んでいるような、そんな無表情。
「ど、うして。どうして今まで黙っていたの?」
どうしてだか、エーリカの声が泣きそうに聞こえる。
「『魔帝閣下様』に危害が及ばないようにするためでございます。もし私が『閣下』の血縁者だと知れれば私を担ぎあげて謀反を起こそうとする者が現れるはずだからです。例えそこに私の意志が無くとも、私は利用され、『閣下』に傷を負わせることになると予想されたからでございます」
どうしてだか、覚悟を決めたようなチェルシーさんの声。
実際に反乱が起こったからこそ深くのしかかる理由。
「そ、そうなの」
弱弱しい声なのはエーリカが混乱してるからなのか、悩んでいるからなのか自分は解らない。もう念話が使えない自分にはエーリカの考えはわからないしアドバイスもできない。
と
「ですが」
と、突然チェルシーさんが語気を強くした。向かい合う形のエーリカの碧眼を真っ直ぐ強く見返して、でもどこか泣きそうな、悲壮な覚悟をした己の碧眼で見つめて言う。
「もう『閣下』は知ってしまわれました・・・もう秘密とする意味はなくなりました」
自分には口を挟むことが出来ない空気
「『閣下』に黙っていたことの、『閣下』を長らく騙していたことの罪は逃げることなく償います。いかなる罰も刑も処遇も受けます。例え斬首であっても構いません。ですがその時は私が『魔帝閣下様』の血縁者だと発表せずにしていただきたい。唐突に前魔帝閣下に他の子供がいたと知れれば国に混乱が起きかねません。それに『閣下』の名前にも親族を手に掛けたと傷がつくことでしょう。せっかく平和になり高まった名声を私如き存在の為に下げることはありません。ですから私が『閣下』の血縁者であることは公表せずに「チェルシー!!」」
叫んだ。
エーリカが思いっきり叫んだ。
チェルシーさんの言葉を遮るように叫んだ。
止まるチェルシーさん。止まる室内。止まる自分。
だけれどエーリカだけは止まらずに真っ直ぐチェルシーさんを見つめたまま
「お姉ちゃんって呼んで」
反応に困る事を言った。
この馬鹿、チェルシーさんの話を聞いてなかったのだろうか?
そんな自分の疑問を無視してエーリカは一歩踏み出しながら言った。
「国が混乱するとかどうでもいいの! 今まで黙っていたことなんてどうでもいいの! 罰とか罪とか私を騙してたとか関係ないの! なんでもいいから
お姉ちゃんって呼んで。
いいえ呼びなさい!」
そんな馬鹿なことを言った。
「ふぇ!?」
呆気にとられるチェルシーさん。大丈夫、自分も呆気にとられてます。
悲壮な覚悟はどこえやら、その表情はどこかエーリカのよういにまぬけ顔になっているし、ミケさんもシュルツのにーちゃんもどうリアクションすれないいのか困ったようなというか、固まっている。そんな周囲をお構いなしに歩いてチェルシーさんの直ぐ眼の前まで来たエーリカは、グワシとチェルシーさんの両肩を掴んで
「貴女のことを公表して混乱が起きるなら私がちゃんと収めるから。もう二度と反乱なんか起きないように魔帝として勤めるから。だから、お姉ちゃんって呼んで」
そう笑って泣いて言った。
「で、でも私は『閣下』を騙して・・・それは大罪だから」
「妹を罰する姉なんて存在しないの!」
チェルシーさんの言い訳を吹き飛ばすエーリカ
初めの頃のエーリカの気持ちを聞いていたからこそ解る気がする。一人ぼっちだと、味方がいないと、孤独だと言っていたエーリカ。そのエーリカが新しい『家族』を拒否するはずがない。
理屈がどうあれ
禍根になっても
慣例がどうでも
エーリカは、この愛すべき馬鹿帝は感情で動く。
処刑の書類を見た時のように、奴隷禁止を決めた時のように
己の感情に真っ直ぐ動く。
「これからどんな事になるか知らないけれど! どんな事からも守ってあげるから、もう、もう私の家族なんだから、私の妹なんだから! だから、だから私から離れるなんて言わないで! お願いだから私を『魔帝閣下様』なんて呼ばないで!
お姉ちゃんって、お姉さんって、姉上って
呼んで」
碧い瞳を濡らして泣きながら、黄金色の髪を揺らして笑いながら、漆黒のドレスを震わしてそう心の底からエーリカは叫び歌った。
小難しい理論とか理屈とかは後回しのエーリカスタイルを見て、王として、指導者として不適切かもそれないけれどこれ以上ないエーリカらしさを見て
「 」
なんだか可笑しくて
「 はは」
なんだか嬉しくて
「は、は ははは」
だから
「はははははははははははははははははははは」
腹を抱えて思いっきり笑ってしまった。
だって面白いじゃん。チェルシーさんがどれだけ覚悟しても。チェルシーさんにどれだけ枷があっても、エーリカにはなんも意味が無いってんだから。
「イ、イッヒ?」
「イ、イッヒ君?」
おもしろい、おもしろい。駄喜劇らしくて泣けてくる。深く考えた自分がバカバカしくて、苦悩したチェルシーさんが馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
おや、どうしたんですかチェルシーさん、まだコメカミにしわが出てますよ?ははははは。
「はははははっははー、ほらほらチェルシーさん。もう考えるのなんかはやめて、言ってあげて下さいよ。そこにいるのは魔帝閣下様なんかじゃなくて貴女の
お姉さん
なんですから。小難しいことを考える必要はなかったんです。いらないことで悩んでた自分達が馬鹿だったんですよっはははははははは」
驚くみんなに笑いながら説明してあげる。あー腹いてぇーつーか包帯に包まれた左目付近も笑いすぎて痛い。
そんな自分の言葉を聞いてなっとくしたのか
「そういうことか・・・きひひひひ、まったく我らが閣下には敵わなねーなぁーきひひひ」
シュルツのにーちゃんが小さく笑い
「・・・・・」
ミケさんも優しく微笑んだ。
呵々大笑
抱腹絶倒
はははははははは、もしかしたらこの異世界に来て一番笑ったかもはははは
はははははははははははははははは
はははははははははは
はは
「・・・やっぱりすごいなーー」
「? チャルシー?」
「ふふふ、悩むだけ馬鹿かー」
「???」
「・・・・・・今まで・・・今まで黙っててごめんなさい。そして、これからよろしくお願いします
お姉ちゃん
」
「!!!」
「ふふ・・・できれば、私のことはチェシーって呼んで下さい」
「・・・うん。よろしくねチェシー」
「よろしくお姉ちゃん」
ははははは、良かった良かった。ははははアレ?泣いてるのミケさん? ははは、まあ気持ちは分るよ。だって綺麗だもん。はははは。
「ははははははははははは」
「きひひひひひひひひ」
「・・・・くすくす」
「ふふふふふふふ」
「ふふ、あはは」
■■■
■■■
■■■
「ああそうだシュルツさん」
「ん? なんだい旦那ぁ」
「悪いんですけどドーラ公爵を連れてきてもらっていいですか? 多分これからのことを色々考えないといけないと思うんで」
「おう、いいぜ」
そう言ってシュタッと華麗にジャンプして、天井に消えて行く銀髪赤眼のシュルツのにーちゃん。
その後ろ姿に軽く手を振る。
■■■
「すいませんミケさん」
「シュレディンガーです。なんでございますでしょうか?」
「ちょっと小腹がすいたので何か食べるものを持ってきてもらっていいですか?」
「畏まりました」
「お願いしますねシュレディンガーさん」
「ミケですって・・・あら?・・・」
「ははは、お願いしますねミケ・シュレディンガーさん」
「・・・くす、畏まりましたイッヒ様」
綺麗な笑顔と清楚を身にまといながら、ドアから退室してゆくネコミミメイドに小さく手を振る。
■■■
さて、
複線脱線要素が居なくなったし
フラグ目的を回収したから
それじゃーこれからが
自分の番だ
自分が主役
自分の場だ
「ではエーリカさん。そしてチェルシーさん」
三人(一部魔)だけになった室内に自分の声が響く。
いつの間にやら、窓から差し込む光が赤みがかっている気がした。
いつも以上に自分の声が震えているような気がした。
まあ、いいや。
「なーにイッヒ?」
「なんですかイッヒ君?」
ベットに座る自分を見下ろす四つの碧眼は泣いた後のように赤く腫れていた。
まあ・・・実際泣いていたみたいだけど。
置いといて。
「お願いが一つだけあるんですけど、いいですか?」
言いながら、聞きながらベットから出る。
よいしょっと、なんだか久しぶりに自分の両足で立ってみる。
「「いいわよー」」
間のびした、どこかゆるい返事がシンクロして聞こえた。
よし! 言質は取った。
では
「自分を元の世界に帰して下さい」
「「ほえ?」」
いや、ほえじゃなくて。
「「ほや?」」
いや、ホヤでもなくて。
「自分を帰して下さい。今すぐに」
これだ
「ななななイイイッヒ!、いいいいきなりなんてこと言うのよおおおお。びびび吃驚するじゃない!」
いや、自分的にはアンタのその狼狽っぷりに吃驚だよエーリカさん。
「ど、どうして今なのーイッヒ君?」
うん? チェルシーさんは若干冷静か・・・まあ、そっちの方が都合がいいや。
「どうして今なのかと聞かれましても、まあ、元々帰る方法が見つかったらいつでも帰るつもりでしたし、エーリカさんとの約束だって期限とかは決めてませんでしたからね」
「だだだだだからって今すぐじゃなくてもいいじゃない。お別れ会とか送別会とか葬儀をしてからでいいいじゃない!」
葬儀!!
・・・はスルーして。
しっかりと二人を、一つの眼球で二つの魔人を見つめる。
漆黒のドレスを身に纏い、流れるような金髪に透き通る碧眼のエーリカを見る。オーラも何も感じないし、威圧感も、後光も、カリスマのなんも感じないけれど、どこか勝てる気がしない魔帝閣下を見る。
もう十分に立派になったエーリカ
ツインテールをほどき、茶色く染めた金髪の、隣に並ぶ魔帝とそっくりな碧眼のチェルシーさんを見る。メイド服だけど、もうふざけた空気をまったく消し去った魔帝閣下の妹を見る。
幸せを掴んだチェルシー
自分には届かない二人を見つめた。
見つめて、言う。
「今が、自分的には一番いい機会なんですよ。今なら自分が人間だと、閣下の横にいたのが人間だったと国民は知らずに済みますし、演説を襲撃された時の傷が悪化して死亡したと発表すれば異和感もありませんしね。それに」
それにと、チェルシーさんを見る
「居場所を作らなきゃ、いや、明け渡さなきゃいけませんしね」
そう、自分が居なくなった場所の、元の世界に帰った後のエーリカの横。寂しがり屋の横に立つ存在が見つかったんだから、もう自分は必要ないだろうさ。
いいや、きっと本来の役割を持つ存在にバトンタッチするだけだ。
「わ、私ですか?」
ええと、首を縦に振る。
「姉妹なら、チェルシーさんとエーリカさんなら仲良くやっていけますよ。自分が補佐するなんかよりずっといい」
そう、念話なんかしなくてもシンクロできる二人なら問題は何もないだろう。
チェルシーさんの立場だって、いきなり公表するよりかは、ある程度の期間エーリカの補佐をさせてから発表した方が混乱が少なくなるだろうしね。
もうこの世界に自分は必要ない。
「だ、だからってイッヒ・・・何も今すぐじゃなくても」
泣きそうに渋るエーリカ。その隣に寄り添うように立つチェルシーさん。
その光景に安心する。安心したから
「いやー、こういうのは思い立ったら即実行するべきですって。それにほら」
と、一歩踏み出す。
死んだような目付きはどうしようもないけど、せめて口だけは笑顔にして
「エーリカさんとチェルシーさんの『家族』ってやつを見ていたら、なんだか無性に自分の『家族』に会いたくなったんですよ」
そう宣言してみた。
■■■
始まりの部屋
出会った部屋
目覚めた部屋
魔帝の血族しか入れないというこの部屋。出入り口は無く、地下なのか地上なのか、そもそもバルケン城の中にあるのかもはっきりしないこの部屋に再び戻ってきた。
20畳程の広さに赤い絨毯とシャンデリア。壁はむき出しのレンガで、何故か最初から明かりが灯っている蝋燭。
何もかもあの時のままの部屋に戻ってきた。
「というか・・・魔帝一族専用なのになんで自分が入れるんですかね?」
「部屋に入れないとうよりも、この部屋に入るための移動魔法を魔帝の一族しか使用できない、伝わってない、と言ったほうが正確なんですよー」
「なるほどねー」
入室一番の自分の質問にちゃんと答えてくれたチェルシーさん。もう混乱から立ち直っているみたいだね。よかったよかった。まあ、単純に自分に対して興味が無いだけかもしれないけど・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
対して、エーリカは無言。
恐いから表情は見ない。つーか左横に立っているから見えない。
「えーーーっと、確かこの辺に魔法陣が残って・・・あ、あったー。んーーーっと、ああ、ここが壊れているのねー。・・・・ええっと、この回路の逆にしてーこの結合を増やして、あれーー増幅部はどこー?」
さて、わざわざ瞬間移動の魔法を使ってこの部屋に戻ってきた理由。それは自分を召喚した魔法陣がまだ残っていたかららしい。その魔法陣に組込まれた魔法を逆に辿って発動させれば自分を元の世界に戻せるとかなんとか。まあ、正直んなことを説明されてもさっぱりでして。魔法なんてよくわからないし、むしろまだその魔法陣残ってたんだー、つーか自分には見えないから結局わかんねーよ。という状態。
んで、今はチェルシーさんがその魔法陣を、壊れた魔法陣を直して、更に送り返すように修理中。
はたから見たら座りこんでぶつぶつ喋っている危ないツインテールメイド
その後ろ姿をエーリカと並んで眺める。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
く・・・空気が重い。なんだこの状況?
「あの・・・エーリカさん」
「・・・・・」
「・・まあ、あれです・・その」
「・・・・・」
「じ、自分は帰りますけど、げ、元気に頑張って下さいね」
「・・・・・」
「・・・・・」
助けて下さい。空気に押しつぶされそうで。
「あれーーー?アレが無いなーーー。アレが無いと大変なのにー、うーーーん。まいっかー」
助けて下さい。目の前で失敗フラグが立ってます。
「・・・イ・」
ん?
「イッヒは・・」
「はい?」
「イッヒは、だ、誰かを好きになったことはありますか?」
「好きに・・・ですか?」
「・・・はい」
うーーーん、と考える。自分の左側に、包帯で隠された左目側に立っているからエーリカの表情は見えないけれど、茶化すような口調じゅなかったから真面目に考える。
「あるようなー、無いようなー」
でも答えはこんなもん。
すいません、愛って、なんですか? 恋っておいくらですか?
そんな人生だったからね。
「わ、私もそんな感じなんですよ」
「・・・はあ」
「好きなような、でも本当にこの気持ちが好きというものなのか、そうじゃないのかよく解らない。そんな感じ・・・」
「・・・・・」
「・・・ねぇ、イッヒ。私はどうしたらいいと思う?」
「・・・・今まで黙ってたんですけど」
「・・・?」
「本当は最後まで黙っているつもりだったんですけどね」
「・・・・」
「自分の名前・・・『イッヒ』というのは、偽名なんですよ」
「・・・え?!」
「よく解らない異世界なんかにやってきて本名を喋るほどお気楽ではなかっただけなんですけど・・・まあ、なんか言う機会を逃してズルズルきちゃってたんですけどね」
「そうなの?」
「そうなんですよ。まー今思うと『イッヒ』というのは、この世界の自分にふさわしい名前だった思いますよ」
「・・・どうして?」
「『イッヒ』というのは自分の世界のドイツっていう国の言葉でして、
『ich』。意味は『私』」
「・・・『私』」
「そう『私』『自分』『己』。本人が本人を指し示す言葉です」
「・・・・・」
「だからですねエーリカさん。自分のこと『イッヒ』と呼んでいた限りは、自分に話し掛けていたようで、その実、己と会話していたことになるんですよ。その会話の中に自分という人間は存在せず『私』と『私』が自問自答を繰り返していただけなんです。この世界に自分なんて存在しなかったということになるんですよ」
「・・・そ、そんなの詭弁じゃない」
「はい詭弁です」
「え・・・」
「でもですねエーリカさん。その詭弁を理論にすれば、エーリカさんは己と話し合い。己の言葉だけで反乱を、演説を、解放を、色んな困難を乗り越えたことになるんです。そして
そして何より
今、今まさにエーリカさんが悩んで、思って、呟いた気持ちだって
きっと意味は無くなる」
「・・・・・イ」
「自分は・・・鈍感で馬鹿かもしれませんし、よく『最悪』とか呼ばれますけど、空気が読めないわけじゃーー、ないんですよ」
まっ、外れてたらかなり恥ずかしいのですが。
てかちょっとだけ外れてて欲しいかも。
「良し!直ったーーー。完璧かーぺき流石アタイ!」
ああ、このツインテール黒幕は空気が読めないのか・・・まあ、助かったけどね。つーかキャラがまたおかしくなってるし。
「うんうん自信作。アキチの魔力も万端元旦バルケン城。イッヒ君ー準備は完了よー」
なんて騒ぐチェルシーさんを見て、とりあえず一歩踏み出す。
「・・・・」
呼びとめる声は聞こえないから、もう一歩
一歩
一歩
一歩
一歩
スタリと、魔法陣があると思われる場所に立つ。
「あっ、もうちょい左」
移動
「完璧っす!」
自分には何も見えないけれど、この足元にはきっと魔法陣が描かれているんだろう。
「さぁーーーーって、何か言い残すことはアリマスカー?」
えっ?何?自分死ぬの?
なんて冗談は置いといて。
クルリとその場で振り返る。
ツインテール黒幕の向こう側、自分がさっきまで立っていた場所の隣に居るエーリカを見る。
その顔を見る。
でも伏せているから表情が見えない。
言うべき言葉が見つからない。
見つからないから、もうなんか、なんだか、こういうのは苦手だから
「それじゃあチェルシーさん。お願いします」
帰ろう。
「・・・いいの」
「はい」
小声で聞いてきたチェルシーさんに頷く。
一瞬考えたチェルシーさんは、少し後ろを気にしながら
「いきます」
と、詠唱を唱え始めた。
赤い絨毯が敷かれた出口の無い部屋に魔法が灯る。
ドクドクドクと、自分の心音が聞こえて、なんだか不思議な気分になって、でも視線だけはエーリカを見ていた。動かないエーリカを置いてくように」
「 」
歌のように
「 」
唄のように
「 」
終わりが紡がれる、と
「イッヒ!」
エーリカが、エーリカさんが伏せていた顔を上げて、自分と目を合わせて自分を呼んだ
「わ、わ、私は、私は」
チェルシーさんの歌声の中、エーリカはその大きな瞳からボロボロと、綺麗で、儚くて、美しい涙を流しながら自分を見て、一歩踏み出すよに体を乗り出して、右手を己の胸に当てて、左手を自分に伸ばして、泣いて、叫んで
「私は、私は『私』のことが、『私』のことが大す・・」
だから、自分はその涙を見て
「エーリカさん!」
声の限り、気持ちのあらん限り叫んで。
「自分はエーリカさんのことをずっと馬鹿って思ってましたぁー」
一生懸命笑った。
「え・・・あ・・」
言葉を遮られたエーリカは、少し呆気にとられてから
「あ・・ふふふ・・あはははははは」
思いっきり泣いて、思いっきり笑った。
「はははははははは」
自分も、出来るだけ楽しそうに、馬鹿みたいに笑った。
お互いどんな気持ちなのか、なんとなーく解ったから、念話をしていた時に痛いほど知ったから。言いたい言葉が解るから、だから、だから言葉にせずに、言葉にしないで。せめて言葉だけは楽しくしようと、楽しく、湿ったりなんかせずに、お互いらしく、エーリカらしく、イッヒらしく別れようと、笑いあった。
でも締めるとこは締めようと、右手を上げて
「それじゃー」
と、
「いちょうー」
チェルシーさんの魔法の中
「かるーく」
綺麗で、可笑しくて、馬鹿だけど偉大な魔帝に向かって
「くだけて」
大きく手を振り
「ゆるーく」
エーリカも泣いて笑いながら手を振り返し
「ふざけて」
歌声が終わり光が自分を包む中、目を合わせて。これ以上無い笑顔で叫んだ。
「「さようなら」」
ここまで読んで下さった皆々様、ご愛読ありがとうございました。
第最終幕 恵々理香でした。
そして『この最悪なる世界と』でした。
といっても、まだ後一話書く予定です。エピローグ・余文蛇足をただいま執筆中です。
さて、何はともあれ一応終わりです。なんだか随分詰め込んだ感がありますが許して下さい。ごめんなさい。といいますかファンタジーなはずなのに何故か推理っぽくなっているのはなんででしょう?自分にはわかりません。
はてさて、個人的に気になるのはラストシーンなんですが、この小説、恋愛や恋といったキーワードを設定していないので、やっぱイッヒならストレートにはいかないよなーと思いああなりました。
「私は『私』のことが」のところの意味を悟っていただけたら嬉しいです。
といいますか、この終わり方を受け入れて頂けることを願ってます。ミケさんとシュルツのにーちゃんがなんだか素っ気なく終わった気がしますが、これ以上文字数を増やすのもアレなのでバッサリカットしました。ちゃんと最後に「シュレディンガーさん」とイッヒは呼んでますしね。
はてさて、最初にエピローグを書きますと宣言しましたが、一応本編はこれで最後ですのであしからず。
本当にここまで読んで下さった皆様に感謝しています。
ありがとうございます。
やっぱ、ごめんなさい。
それではまた、エピローグもお付き合い頂けますようお願い申しあげます。