第二十三幕 冥土赤目
何度も何度もすいません。
この物語はフィクションです。
「まさか警察の方と一緒に弟のアパートに来ることになるとは夢にも思ってませんでしたよ。」
「いや〜すいませんね。本来ならご両親に来て頂きたかったのですが、どうしても都合が合わないとのことで。」
「別にいいですよ。悪いのは内の両親ですし。ちゃんと家宅捜索の令状まで取ってもらってますから。」
「いや〜。冷静なお兄さんでよかった。助かります。」
「いえいえ、しかしあれですね。弟が行方不明になるのと同時に殺人事件が起こるなんて。まあ、おかげでこうやって弟を探してもらえるからいいんですけどね。」
「いや〜。」
「ところで、弟の奴は容疑者なんですか?、それとも被害者の可能性なんですか?。」
「いや〜。捜査に関係することはお答えできませんので。」
「そうですかって何警察より先に部屋を物色してやがんだ濡恵!」
「おう!、お前様よ。やはり男の部屋に来たからにはエロ本探しをせねばいかんからな。」
「アホなこと言ってんじゃねーっ!。ついでに゛お前様゛って呼ぶんじゃねーっ!。ああ、すいません刑事さん、今すぐこのアホを黙らせますので。」
「いや〜。たしかに証拠隠滅行為とも受け取れますから止めて欲しいですね。でもエロ本探しは私達の楽しみの一つですから気持ちは分かります。」
「楽しみ!?。まさかあんたも同類なのかっ!!」
■■■
涙は女性の最大の武器。
それは人間だろうと魔族だろうと変わらないようだね。
今まで溜め込んだ気苦労を全て吐き出すかのようにいつまでも泣き続けるエーリカと、それを身分を超えた友情、もしくはネコミミ母性愛で受けとめるミケさん。
まるで母子のように抱き合う姿(ただしエーリカな方がミケさんより身長が高いたも微妙にアンバランス)を眺めていたけれど、流石に居づらくなりこっそりと、それはもうコソどろのように抜き足さし足で退室。
・・・カチャリ・・
・・・パタン・・・
で、
「よぉーーうイッヒの旦那ぁ。」
シュルツのにーちゃんが登場。
シュタリと天井から落下してくる銀髪赤目のこのにーちゃんの登場方法に馴れた自分が少し悲しい。
「きひひひ、なかなか泣かせる光景だったじゃねーか。滅多に見れないぜぇー魔帝閣下の涙なんてよー。」
「その滅多に見れない涙を覗き見するとか処刑されますよシュルツさん。」
「きひひひ、魔帝閣下の後頭部を叩いたイッヒの旦那には言われたくねーなぁーきひひひ。」
あっ、見られてた。
「ミケさんには言わないでくださいよ?」
一応口止めしておこう。
「きひひひ、了解ですぜ。」
本当に?
とかまあ、だらだら会話しながら特にすることも無いのでそれなりに豪華な廊下をブラブラ並んで歩く自分とシュルツのにーちゃん。
「しっかし俺が予想してたより早く終わっちまったなーこの反乱騒ぎ。」
「自分的には長すぎましたけれど。」
「きひひひ、将軍やら院長とかの国の重要幹部が起こした反乱が一月も掛からずに鎮圧されたんだぜぇ?。この規模の反乱でこの終結までの短さは異常だってな、きひひひ。」
「あ〜、考えてみればそうかもしれませんね。」
「きひひ、せっかく傭兵やら密偵やらでデカく稼げると思ってたのによー。」
「いいじゃないんですか、固定給が入るようになったんですから。ねえ?、魔帝閣下直属密偵部隊の隊長さん。」
「きひひひ、密偵部隊って俺しかいねーじゃねーか。しかも固定給つっても当分は未払い分の家賃にほとんど消えるだろーぜ。」
まだ残ってたのか未払い。つーか、
「そこまでするくらいならいっそ引っ越ししたらどうですか?。バルケン城に住み込むとか。」
「きひひひ、いや。引っ越ししてもあの大家は絶対に取り立てにくる。そして半殺しにしてくる。」
「シュルツさんがそこまで恐れる‐大家‐とはどういった方なんですか?」
ずっと気になってたんだけど。
「きひ、まず性別は女だろ、種族は魔人だったか?、もしかしたら吸血鬼とかかもしれねー、詳しくは知らねーんだ。で身長は俺と同じくらい、基本的にいつも赤色のドレスみたいな奴を着ていて俺と同じ銀髪を顔の左半分を隠すように垂らしてる。雰囲気は、そうだな〜ドーラ公爵に似ている感じだな。魅惑的つーか怪しい空気を発散してる。よくドデカイ鍋で危なげなシチューらしきものを作っているのを目撃するな。」
頭の中にイーッヒッヒッヒ、と笑いながらグツグツとドデカイ鍋でシチューを作る魔女の婆さんが出来上がった。
「でも顔とか容姿若いんだよ。結構歳はいってるはずなんだけどな?」
頭の中の魔女が少し訂正された。
「んでもって身長と同じくらいのドデカイ大剣を持ち歩いている。」
頭の中の魔女像がその一言で弾けた。
「すいませんシュルツさん。最後の大剣で想像つかなくなりました。」
「きひひひ、まあそうだろうな。噂じゃー20年前から姿が変わってないだとか素手で岩を砕けるだとか色々言われてるしな。」
だから何者だよその大家
まあ、
「とりあえず分かったことが一つだけありますね。」
「あん?、ないだよイッヒの旦那ぁ。」
「その大家さんには出会いたくない。」
「きひひひひひひひひ、ちげーねーや、きひひひ。」
なーんて、笑いをはさみつつゴリマッチョもしくは細マッチョな魔女姿を大家を想像しながら雑談をしていたところ、
「あら?、珍しいわねイッヒ君が閣下と一緒にいないなんて。」ぬっと、廊下の角からそんなことを言いながら現れたのは、真っ赤な髪の吸血鬼
まあ、つまりはドーラ公爵なんだけど。
妖艶な雰囲気を漂わせて魅惑的な空気を拡散させるサトキュバスもどきな女大臣さん。
胸元が大きく開いた服を着てこれでもかと男を誘惑してくるドーラ公爵に対して自分は、
「あっ、どーも。」
と、軽く挨拶しつつ自然と逃げ腰になった。
だってなんだか恐いし。
だって彼女は吸血鬼。
気を抜いたら血を抜かれそうなんだよ。
とかまあ、誰に対しなのかわからない言い訳を考えつつ一歩後ずさる自分。
「うふふふ。」
とまあ、しなやかに微笑みながら前に出るドーラ公爵。
あれ?、なんか向かい合う形になってないか?
ヤバ!ピンチ!?
このままガブリと噛まれたりするのか!?
「うふふふ。」
更に前進するドーラ公爵に冷や汗が出る。
助けてシュルツのにーちゃん!!
って、
「・・・・・」
なんで廊下の隅に移動して頭を下げてるんだよシュルツさん!?
って、
考えてみれば当然の反応か、だってドーラ公爵偉いもんなー。普通だったらシュルツさんの反応が礼儀か。
あっ、じゃあ自分今すごい無礼を働いてませかこれ?
こう、大名行列の下ぁにー下ぁにー頭が高ぁぁい、な最中に堂々と道を横断してるもんだもんな。
切り捨て御免をされても不思議じゃねーや。
「うふふふ。やっぱり面白い子ねイッヒ君は。」
あっ、よかった。切り捨てられることはなさそうだ。
てゆーか面白いってなんのことだ?
まあいいや。
それよりさっさとシュルツの横にでも移動して頭を下げなきゃ。
「閣下はまだ部屋にいらっしゃるかしら?」
おっと、聞かれたら答えなきゃな。
「ええ、居ますよ。」
やばっ、気が動転して馴れ馴れしく返しちゃったよ。本当は、‐はい。いらっしゃります。‐と言おうとしたのに。
「うふふ、それはよかったわ。ちょっと凱旋のことについてお話があるのだけれども。」
「ええ、大丈夫だと・・・」
と言い掛けてハッとする。
もしかしてまだミケさんとエーリカで百合の花(友情という抱擁)を咲かせてる真っ最中だったらどうしよう、と。
まあ、このドーラ公爵だったら違和感なく混じりそうだけれど・・・流石にあの光景はヤバイよなあー。
魔帝としての威厳とかを飛び越えて変な名声を与えられそうだもん。
せっかく会議での豹変とか出陣演説やら戦場での黒球殺戮やらで手に入れた畏怖と尊敬を水泡に帰すのはマズい。
「?、どうなされたのイッヒ君。」
となると。
「あー、申し訳ございませんドーラ公爵様。只今エーリカさ、魔帝閣下は考え事をしている最中でございまして、暫くはお一人になられたいとおっしゃっておられました。ですので今はお引き取り頂けますでしょうか?。もしよろしければ自分が伝言を伝えますが。」
ザッ、嘘八百。
口からでまかせです。
仕方ないんです。これも全てエーリカの為なんです。
と、責任転換も忘れない。
どうよこれ。完璧でしょ?
「あらそう。・・・ふ〜〜ん。」
だというのにどうしてこの公爵吸血鬼は自分を値踏みするような目で見るんだろうかね?。
やっぱり付け焼き刃的な言い方じゃあ怪しいか。
「うふ、そう、ならいいわ。」
はは、それはよかった。
信じてくれて何よりです。
「では言伝をお願いできるかしら?。『明日の早朝にはバルケンに向け出発できます。』ね。」
「わかりました。伝えておきます。」
そう言い軽く頭を下げる。
それくらいの礼儀はあるさ。
と、頭を上げた瞬間
「っ!!」
目の前にドーラ公爵がいた。
自分が視線を外した一瞬の間に移動したらしいが、近い。滅茶苦茶近い。
ドーラ公爵の真っ赤な眼球に自分の姿が映っているのが分かる程近い。
成る程、ドーラ公爵にはこんなふうに自分が見えているのか。
ではなく。
マジで怖い程近いんだけど。
「あの、・・・何か?」
ビビる自分。
だって近い。文字通り目と鼻の先の距離しかない。
後退しそうな足を一歩、いや半歩勇気を出して踏み出すだけでドーラ公爵とのキスが可能だ。
もちろんそんな勇気は無いし、自分の足は半歩どころか二歩後退。
だって相手は吸血鬼。
自分は命が惜しい。
「うふ、うふふふふふ。」
そんな自分の反応を楽しむかのように魅惑的な笑みを浮かべるドーラ公爵。
絶対この吸血鬼はサドだ
と、恐怖やら疑問のあまりどうしようもない思考をしたところで、
「ふふ、いいわ。それじゃあ閣下のことを頼んだわよ。」
と、捨て台詞を残して踵を返して廊下を歩いていった。
カツカツカツという足音を響かせる赤髪の後姿を眺めながら呆然とする自分。
意味が解からない。
いったい何が‐いいわ‐なのか、というか頼まれたのは伝言であり閣下のことじゃあないような気がするんだけれど・・・。
やっぱり意味が解からない。
意味深過ぎる。
エーリカを頼むって何をすればいいんだろう?
「きひひひ、やっぱりイッヒの旦那はすげーよ。」
おっ、いつの間にかシュルツのにーちゃんが復活してるし、てか
「いったい何が凄いんですか?」
「きひひひ、自覚は無しかいイッヒの旦那ぁ?。相手はあの、吸血公爵キュリア・ドーラだぜ?。それなのにあの堂々とした態度で接するとか尋常じゃねーよ。」
そんなに堂々とはしてなかったですよ?
それと、こんなとこでドーラ公爵のフルネーム発覚。
は、別にいいか。
「確かに礼儀が足りてなかったですね。以後気を付けます。」
「きひひひ、俺に言ってどうするよ?。つーか魔帝閣下様の後頭部を叩けるイッヒの旦那にとっちゃぁ実質この国で3番目に偉いドーラ公爵も怖くねーのか。きひひ。」
それを言われたら何も言い返せないないね。
でも普通に怖かったですよ?。
それに言い訳をさせてもらえば、基本的に自分はこの世界の礼儀なんて知らないし、いつもエーリカと一緒だったから後ろで黙っているだけだった。バルケン城に居た時に政務室で何回か会話したけど、その時は書類を渡しに行っただけだから礼儀とか関係なかったんです。もしかしたら自分だけしてなかっただけかもしれいけどね。
まあ、自分の礼儀作法の話は置いといて。
「どうして明日出発することを伝える為だけにわざわざドーラ公爵が足を運んだんですかね?」
「あん?」
「考えてみて下さいよ。普通だったら伝令や一般兵士が伝えに来るだけじゃないですか?。なのにどうしてドーラ公爵自ら伝えに来たんですかね?。」
「きひひひ、俺が知るわけねーじゃねーか。その辺を考えるのがイッヒの旦那の領分だろ?」
違います。
と言いたい、が、言っても仕方ないから考えようか。
わざわざドーラ公爵が伝えに来た理由か・・・。
わからないなー。
本当に謎だらけだなあの吸血鬼。
うん。
まあ、いいや。
答えが出ないならどうしようもない。
「まっ、おいおい考えましょうか。」
後回しだ。
「それよりシュルツさん。」
「なんだ?」
「エーリカさんに伝言を伝えに戻りましょうか。」
「きひひひ、ドーラ公爵に嘘付いた舌が乾かねーうちもう戻るのかよ。つーかよ、まだ抱き合ってたらどうするんだ?」
「それは大丈夫ですよ。」
そう言って後ろを指差す。
「あん?」
と、シュルツのにーちゃんが振り返る。
そこにいたのは美しきネコミミ
天よ刮目せい!!これぞネコミミの雄姿!
地よ慟哭せよ!!あれぞネコミミの後光!
な、ミケさんが歩いていた。
正確には自分とシュルツのにーちゃんに向かって歩いて来ている。
「指差しちゃいけーぜ?」
「失礼しました。」
指を降ろす。
さて、ミケさんがここにいるということは、もうエーリカと抱き合っていないということ。
つまりはエーリカのところに戻ってもオッケーなわけだ。
でもまあ一応の為、
「こんちはミケさん。もう大丈夫そうでしたか?」
近くまで来たミケさん本人に確認しようか。
「シュレディンガーです。大丈夫とは何のことでありましでしょうかイッヒ様。」
「いやだなーシュレさん。エーリカさ、魔帝閣下のことですよ。もう泣き止んでますでしょうか?」
「シュレディンガーです。なんのことでありましょうか?エーリカ様は泣いてなどおりませんでしたが。」
嘘つけ!
あっ、エーリカを庇っているのか。何もそこまでしなくてもってあの場に自分居たのは知ってるよねミケさん、ああ、シュルツのにーちゃんがいるから嘘ついたのか・・・な?
もういいや。
「ではそういうことにしておきましょうかティンカーベルさん。それで話を戻しますけれどもエーリカさ、魔帝閣、ああ面倒な、エーリカさんは部屋に居ますか?」
「シュレディンガーです。はい、エーリカ様は現在は部屋で休息しておられます。」
「わかりました、ありがとうございますミケ・シュレディンガーさん。ところで一つだけいいですか?」
「シュレディンガーだけで結構です。なんでごさいましょうか?」
「胸元、汚れてますよ。」
おもにエーリカの涙や鼻水で
「勲章です。」
惚れてしまいそうだ。
「ではイッヒ様、及びシュルツ様。用事がありますのでこれにて失礼させていただきます。」
「ああ、すいませんね呼び止めてしまって。ではまた。」
「はい、失礼します。」
そう一礼して言い、ドーラ公爵が去って行った方向にスタスタと歩いていくミケさん。その後ろ姿を少し見送った後、
「んじゃ、エーリカさんの所に戻りますか。」
と、言いながら振り返ると、引きつった表情のシュルツのにーちゃんがいた。
「?、どうしましたか?」
「・・・きひ、なんつーかよぉ、イッヒの旦那はあのメイドが嫌いなのか?」
?
そんなまさか。
大好きですよ。主にネコミミとか尻尾とか、
「そんなことはありませんが。」
だから否定してみる。
「きひ、ならなんであんか会話を・・・いや、忘れてくれ。」
?
会話がどうかしたのかね?
いたって普通だった気がするんだけど。
「きひひ、気にしねーでくれ。ほら、行こうぜ。」
?
「はあ。」
何やら引っ掛かるけど、
まあ、いいや。
それじゃあエーリカのトコに行こう。
泣き止んだエーリカがどうなってるのか見たいから。
全てを洗い出した魔帝閣下が見たいから。
出会ってから少しは成長したエーリカは、きっと出会った時以上に綺麗なっているはずだから
ね。
コンコン
「イッヒです。失礼します。」
と入った部屋の中には、
ズビィィィー!!
と、おもいっきり鼻水をかんでるエーリカがいた。
見なかったことにした。
駄文でしたすいません。
今回の話は単純にイッヒとシュルツのにーちゃんを書きたかったから書いた話なのですが・・・シュルツの出番が吸血鬼とメイドに喰われました。
前回出落ちになったシュルツのにーちゃんを会話に参加させたかったのですが、相手が遥かに偉い吸血鬼では発言することもできず、メイドとイッヒの会話には参入する隙が無いという悲しさでした。
頑張れシュルツのにーちゃん。
負けるな銀髪赤目の隠密隊長。
ちなみに大家さんが本編に登場する予定はありません。
予断ですが気分転換に書いていた主人公の兄の物語が3話まで出来上がりました。そのうち投稿したいと思います。イッヒが中学生の頃の話です。