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第十三幕 馬車場者

タイトルは、バシャバシャと読みます。

・・・お客様のおかけになった電話番号は、電波が届かない所にあるか、電源が入っていないため、繋がりません。こちらは留守番伝号サービスです。ご用件のある方は、ピー、という発信音の後に、三分以内で伝言をどプツン。




「・・・・・繋がらない・・か。


でも、


留守番になるってことは解約されてないってことだよね。

解約されてないってことは***が帰ってくるって信じられてるってことだよね。


なら、


あたしも、もう少し信じてみようかな。


あいつが帰ってくるのをさ。」














■■■











「信じられませんっ!。」


怒られた。


「どうして私を助けないで、一人馬車の中に悠々と座っていたんですか!?」


エーリカに。


いや、まあ、ねぇ?

馬車の屋根に上がったのはエーリカなんだし、流石に動いている馬車から飛び降りてエーリカを引きずり落とすマネはできないですよ。

なんて事を言えるはずもなく、自分はひたすらエーリカから説教をくらってます。

「すんごく恐かったんですから!。」

あーはいはい。

「だいたいイッヒはいつも勝手過ぎます。」

そろそろ逆切れしたくなってきたんだけど。

「たしかに私も強気になれないところもあります。」

だんだん愚痴っぽくなってきてるし。

「でも、仕方ないじゃないですか。これが私の性格なんですから。」

あー。完全に愚痴だわこりゃ。

「聞いてますかイッヒッ!」

「しっかり、きっちり、ばっちり、聞いてますよ、エーリカさん。」

はぁ、と、向い側に座るエーリカに届かないよう小さなため息をつく。


バルケンの街を出てから二時間ほど、エーリカが馬車の中に入ってきてから二時間ほど、自分はただひたすらエーリカの愚痴を聞いていた。

ガタガタと馬車の揺れは街の外に出てから余計にひどくなり、自分の三半規管を容赦無くシェイクしてくる。しかも今は森の中の街道を行軍中、舗装どころか石畳でさえない道は、想像以上の振動を車輪を通して伝えてくる。窓の外には異国情緒あふれた木々が見えるが、残念ながらこの馬車の窓は開閉しないタイプなため、新鮮な空気を浴びることすら叶わない。

ガタンと大きく傾く度に自分の体が馬車にぶつかり地味に痛い。頭にかぶっているトンガリ帽子兜のせいでバランスがうまく取れずに、体の揺れを増長させる。舗装されてない道、しかもサスペンションが無い馬車がこれ程とは。

ウェ・・・本格的に酔ってきたかも。


「私だって別に遊んでいるわけじゃないんですよって、・・・どうしましたイッヒ?顔色が悪いですよ。」


ようやく自分の状態に気が付いてくれましたか。


「いつも以上に目が死んでますよ?」


ほっとけ。


まあそれでも、二時間にも及ぶエーリカの説教(愚痴)タイムから開放されたから良しとしておこうか。


「・・・ちょっと酔っただけですよ、心配しないでくださ。」

と、言ったものの。実際結構やばい。

視線をエーリカから天井に向ける。もし今下をみたらそれだけでリバースしそうだ。グラリと体を左右に振られる度に、食道を熱い物が駆け上ってくるのをひたすら耐える。別に自分は車酔いをする方ではないけど、やはり慣れない乗り物、現代では滅多に乗ることの無い馬車は違ったみたいだ。なまじ車に酔ったことが無い分、この気持ち悪さに対する免疫が無い。

ウェ。

「大丈夫ですか?」


やばいかも。


まあ、流石にエーリカを目の前にリバースするわけにはいかないので必死に耐える。

大丈夫ですよと軽く右手を上げて意思表示して、

ベルトや服を緩めてみたり。

手の甲をつねってみたり。

歯を食いしばってみたり。

ひたすら耐える

ただ耐える

耐えるが絶える

でも耐える

おお、なんか新たな境地に達しそうだ。


「イッ、イッヒ?。本当に大丈夫ですか?。」


いや、無理かも。


とかまあ、自分が一人切羽詰まっていたところで、ギィ、と予備動作も無しにいきなり馬車が動きを止める。

当然の様に慣性の法則に従って前のめりになる自分。エーリカはゴンと勢いのまま後頭部をぶつけた。

「オオゥ。」

「あう。」


危なく決壊しそうになった自分と、後頭部をさするエーリカ。

何事かと二人で顔を見合せた瞬間、コンコンと、馬車のドアがノックされた。

「失礼いたしますエーリカ様。行軍を小休止するとのことです。」 

それはまさに救いの言葉。

てっ、え?

”エーリカ様”?

この声はっ!

ガチャッと、馬車の扉を開けて顔を覗かせたのはネコミミでした。

失礼、ミケさんでした。


おお、神の如く輝くネコミミが・・・あっ、やばい、それどころじゃないや、ちょっとそこをどいて下さいミケさん。至急自分に外の空気を吸わせて下さい。

ギブミー・マイナスイオン+オーツー

とかまあ、不本意ながら扉を開けた状態のミケさんを押しのける形で馬車から飛び出した、いや、転がり落ちた自分は、馬車を囲む兵士達の間を抜けて適当な木陰にしゃがみこむ。

助かった。でも気持ち悪い。

込み上げてくる熱いものを押さえ込みながら、ふー、ふー、と荒い呼吸をしていると、流石に見かねたのか近くにいた兵士の一人が水筒の水を分けてくれた。


ありがとう。


「気にするな。困った時は助け合うものだろう?」

なんて格好いいこと言ってくれる兵士。漆黒の鎧に身を包み、手には槍を持ち、歳は20代後半だろうか、多少目付きが鋭いがなかなか好感がもてる魔族の青年だね。

「馬車酔いか?軟弱だな。」

言い返したいが事実なので黙っておく。

グビグビと水筒の水を胃の中に流し込み、主に対して嘔吐感をぶつける内臓を無理矢理黙らせる。

ふぃ〜と、一息ついたところでようやく落ち着いてきた。

水筒を兵士にどうもありがとうとお礼をしながら返し周りを見渡せば、鎧に着た兵士達が思い思いの場所に座って休憩している。よくもまあ、あんな重い鎧を着て歩けるものだと感心する。

こうやって考え事をすれば少しは早く気が楽になるかと打算を働かせながらだけどね。


「そういえば、あんたが噂の新しい魔帝閣下様の付き人なのか?」


ようやく酔いが覚めてきたところで水筒の兵士さんがそう聞いてきた。

「どんな噂が流れているか知りませんが多分そうですよ。」

よっこいしょと、立ち上がりながら答える。体格差のためか自然と見上げる格好になる。

別に羨ましくなんかないからね。

「そうか。」

呟く水筒の兵士さん。

ええ、と、軽く相槌を打ちながらふと思う。

あ、自分、今初めて異世界の自然に触れてるかも。

ずっと城に引きこもっていたし、さっきまでは馬車に乗りっぱなしだったからね。ふむ。あんまり植物とかは元の世界と違わないんだね。広葉樹もあるしタンポポらしき花が咲いてるしね。

なんて考えていると、


「あんたは何のために戦うんだ?」


と、水筒の兵士さんが唐突に聞いてきた。

あまりにも脈絡が無さ過ぎる言葉だったため思わず水筒の兵士さんを見つめてしまう。

視線を周囲の草木から水筒の兵士さんに移すと体格差のため、自然と見下げられる格好になる。

キツい目付きと合わさってまるで尋問されている気分。ガチャガチャと周りの兵士の鎧が奏でる音がどこか遠くに聞こえる。青い瞳が自分を真っ直ぐ見据えている。

エーリカの演説を聞いて影響されたんだろうか?


ふむ、と。

自分は考える。

だから自分は悩む。

だから自分は探す。

はたして自分は何のために戦うのか

自分はいったい何のために生きているのか

自分とはそもそも何なのか

自分が戦場に向かうには何かしらの理由があるはず。

逃げずに此処に存在するのには何か根拠があるはす。

誰かに納得してもらうためではなく自分が納得できる答えを探す。

と、


「行軍再開ー。各隊せいれーーつ!。」


どこからか聞こえてきた叫び声に思考の渦から現実に引き戻される。

座ったり談笑したりして休憩していた兵士達もそれぞれの持ち位置にぞろぞろと戻り始める。

何故だか



その光景がまるで機械仕掛けの人形のように感じられた。



多分それは、

彼らの気持ちが理解できないから。

わからないから無機質に感じる。

外見ではなく、中身が見えないから命が無いと勘違いする。

なーんてね。

悩んだ末に現実逃避し始めた思考をリセットする。


回れ右して歩き出した水筒の兵士さん。

その後ろ姿に自分は言う。

今言える答えを。


「さあね?」


きっとこれが正確。

だから自分は水筒の兵士さんの反応を見ずに馬車へと歩を進める。

スタスタと歩く自分の視線の先にあるのはこの国に旗。

漆黒の布地に黄金で描かれた鷹の旗が風になびく。

いったいどれだけの兵士があの旗の為に戦うんだろう?

まあ、自分はあんな旗のためには命を賭けて戦う気にはならないけどね。

とかまあ、心底どうでもいいことを思考しつつガチャリと馬車の扉を開けて中に乗り込む。


また酔ったら今度は歩こうと。

その時にでも水筒の兵士さんの名前を聞こうかなと考えながら。





■■■





歩いて行軍する必要は無さそうだ。


なんて結論に達しながらリンゴに似た黄色果実を齧る。シャナリと音を立てる果実は程よい酸っぱさを自分の神経に与えてくれた。

「レントの実を一つ食べるだけでその日1日は馬車酔いをしなくなります。」

そう説明してくれるミケさん。馬車の中、彼女はエーリカと向い合う形で自分の隣に座っていたりします。

しかし、なんでメイドであるミケさんが一緒に馬車に乗っているんだろう?

戦場にメイドはいらないと思うんだけど。

「どうしてミケさんがいるんですか?」

聞いてみた。

「シュレディンガーです。いたらダメですか?」

質問で返された。

「いいえ。むしろ歓迎します。」

適当に返答しとく。

すると、

はぁ、と小さな溜め息をついたミケさんが、

「いくら戦争に向かう行軍であったとしてもエーリカ様のお世話をする方は必要でしょう。」

と、それくらい察しろよという視線と共に教えてくれた。

すいません、鈍感で。


「あぁ〜、ミケのお茶はやっぱりおいしい〜。」


そしてずいぶん和んでますねエーリカさん。

まあ、四六時中緊張されても困るんだけどね。

しっかし、それほど広くもない馬車の中で美人二人(内ネコミミメイド一人)に囲まれてるのに全くドキドキしないのはなんでなんだろう?

おかしいのは自分かね?

それとも彼女達?

それとも場合が場合だから?

なーんて、アホなことを考えていたらミケさんに睨まれた。

ごめんなさい。

でも、よくもまあ戦場までついてくる来るものだと思う。

いくらエーリカの身の回り世話をする必要があるからといってメイドが一緒に行軍するのは異常なはずだ。これがこの世界の常識だというなら納得するしかないけど、ミケさん以外にメイドさん達は来ていない。仲が良いチェルシーさんですら城で待機している。ということはこの世界でもメイドさんは非戦闘員だということ。あたり前と言えば当たり前。ミケさんが一緒に馬車の中にいるのが非常識なこと、

ならなんで、たった一人で危険な戦場にお供するんだろう。

この疑問は

きっと水筒の兵士さんが自分の投げかけた質問と同じ


「あなたは何のために戦うんですか?」


だけど、その答えはすでに聞いていたことに気付く。

ミケさんから直接聞いたのか、それともエーリカが言っていたのか、もしかしたら両方だったのかも知れない。

思い出せないけれど微かに覚えていること、

曰く、ミケさんはエーリカの幼馴染。

曰く、エーリカを心から慕っている。

曰く、エーリカを傷付ける存在はなんであろうと許さない。

エーリカがそこに居るのならそこに行く。

例えドコであろうとも常に側に、常に傍らに。


まったく見上げて忠誠心。

いや、きっとそんな大したものじゃないんだろう。

ただ単にミケさんは、友人の、親友の笑顔のために行動してるだけ。

たとえ足手まといでも、戦場のお荷物でも、殺されるかもしれなくても、

一杯の紅茶を”おいしい”と、微笑んで飲んでもらうためだけにミケさんは戦場に向かう。

ミケさんにとってそれが至極自然なこと。

命を懸けて戦うに値する理由。

命を懸けている自覚すらない行動。

素晴らしいようで、

うらやましいようで、

ちょっといきすぎなようで、

すごく幸せなことだと思う。


なら自分は?


何のために戦う?


ハハッ。


ハハハ


馬鹿馬鹿しい。

考えるまでも無かったじゃないか。

何せ自分はなんら力が無い一般人。

戦う理由が解からないんじゃない、



戦わないんだ。



いや、戦えない・・・か。

でもまあ、自分らしいと言えばこれ以上ないくらい自分らしい。

非力かつ無力で、

矮小かつ小人で、

卑屈かつ屈託な自分には立派な根拠は必要無い。

それでも理由が必要だというのならこう言うしかない、


゛ただなんとなく。゛


なんて素晴らしい響きだろう。


とかなんとか、よく分からない結論に達した所で益体もない思考、いわゆる暇潰しを一時中断。

忠義の猫耳冥土と愛すべき馬鹿帝をちょっと観察してみる。

片や微笑んで紅茶を飲み、片や凛々しく紅茶を注ぐ。

さて、それじゃあ自分はいったいどんな表情をして何をすればいいんだろう?いったいどんな役を演じればいいんだろう?


「?、どうしましたイッヒ難しい顔をして?。」

「?、いかがいたしましたかイッヒ様、面白い顔になっておられますが?」


「いえいえ、気にしないで下さい。軽く考え事をしていただけです。」


「そうですか。う〜ん、なんかイッヒっていつも考え事をしてますよね?。上の空というか、まるで演劇を見てる観客のような雰囲気というか。」

「傍観者じみておられます。」


子首を傾げて呟くエーリカに無表情に断言するミケさん。

ああ、成る程。

それが自分の役割か。

なら、そのように振る舞おう。


そう結論して自分は紅茶を飲んだ。


何故だか味はしなかった。





■■■





ガラガラと進む馬車の中、そこにはたしかに日常があった。

兵士達が歩く隊列の中の馬車、それは少しだけ異端を運んでいた。

生きるか死ぬかの戦場に向かう自分。

戦争を目前に役どころを求めたのはきっと無意識に逃避するためだったのかもしれない。

殺し合いを恐れて思考し、殺すのが想像できずに保留し、殺されるのが理解を超えたから本題を忘れた。

気持ち悪くなったのは本当に馬車に酔ったからなのか?車に酔わない人間が馬車に酔うのか?、実際は想像してはいけないビジョンを視たから気持ち悪くなったのか。

確かに自分は戦争に行くのだと理解していた。否応なしに視界に入る鎧姿の兵士達の役割を理解していた。でも、どこか自分は現実と受け止めてなかったのかもしれない。一歩離れた位置、ブラウン管の向こう側、夢を見ているんだと、無意識に現実から目を背けていたのだと思う。

そうでなければエーリカ以上に自分は震えて、怯えて、何もできなかったはず。

自分は狂ってしまったのだろうか、それとも元々こんな性格だったのか、ただ単に自己防衛をしただけなのか。

そんな疑問が頭の片隅で、まるで他人事のようにグルグルと渦巻いていた。


結論が出ないままガラガラと馬車は進む。

一日が過ぎても自分は向き合ったつもりだった。

嘔吐感を馴れない乗り物のせいだと誤解し、落ち着かない気分を配役を決めることで誤魔化した。

二日目に冷や汗の理由を考えないようにした。

雑談と戯言と暇潰しで未来を白紙にしていた。

逃避したまま、時間は無情にも戦争の足音を大きくし、

三日目の朝、無自覚に呟いた゛嫌だ゛という言葉でようやく気付いた。

自分は結局、

恐くて、怖くて、怯えて、震えて、怯んで、ビビッて、泣きそうになってて、足がすくんでて、弱かったんだと。


逃げ出そうとして、逃げることすら恐怖し、目を背けていたんだと。


現実逃避も程々にしとけばよかった。













「見えたぞーっ!ロッソ伯爵率いる反乱軍だ!!」

















まあ、いいや。


ここまで来ちゃったんなら。


もう、いいや。

突然明日から戦争をしろと言われたたらどうなるか。

というかこの主人公はどうするか?

そんなことを考えて書いたらこうなりました。

まあ、結局は現実逃避なんですけど。

あと、途中で出てきた水筒の兵士さんは今後登場するかどうかは未定です。名前もありません。基本的にこの物語は主人公視点で語られているので名乗ってもらわない限り名前が語られません。そのためアダ名みたいなもので呼んでます。アダ名好きな主人公なのかもしれません。

「愛すべき馬鹿帝」

エーリカに対する主人公の評価はこの言葉に凝縮されているのかもしれません。

まあ、愛すべきとか言ってるわりには恋愛的な感情は一切持ってないんですが。


とりあえず次回はようやく戦争編になります。

主人公はまともに戦うのか?






戦わないんだろうな〜。

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