きさらぎ駅連続爆破予告事件
『きさらぎ駅に爆弾を仕掛けた』
俺はたびたびインターネット掲示板に書き込んだ。
実験に忙しく、彼女もいない、出会いもない、陰キャ大学生。
俺は、イキりたい感情をぶつけられるのがインターネット掲示板にしかなかった。
きさらぎ駅というのは、都市伝説に出てくる架空の駅である。
テレビでも特集が組まれて、有名になった。
きさらぎ駅なんて存在しないことはみんなわかっているし、誰の迷惑にもならない。
そう、ただのいたずらだったんだ。
やがて俺は、掲示板で爆弾魔と呼ばれるようになった。
いわゆるコテハン、自分で名乗っている名前とは違う。
掲示板によく現れる一人の都市伝説として、俺が生きているということを何よりも感じられるようになった。
……ただの荒らしではあることは自分が一番わかっている。
俺は今日も空想のきさらぎ駅に爆弾を仕掛ける。
そんな生活を続けていたある日のことだ。
その日は実験の終わりで、ゼミの打ち上げの日だった。
俺は誘われなかったが。
俺は誘われなかった。
つらい。
しかたなく14%の缶チューハイを買って、自宅で飲み干した。
その後の記憶はない。
多分、無意識にきさらぎ駅に爆弾を仕掛けたと思う。
たくさん。
翌朝にあんなことになるなんて、思ってもみなかったさ。
ピンポンピンポンピンポンピンポン、と朝から迷惑な奴が来たと思って、寝ぼけて無警戒にドアを開けたのが運の尽きだった。
ドアの前には、警察っぽい制服で、マッチョな体型の男が三人いた。
それぞれ、馬、牛、豚の被り物をしていたため、顔はわからない。
マッチョ三人にがばっと担がれて、俺はドナドナされることになった。
抵抗は難しかった。
やつらはマッチョだし、俺はもやしの陰キャである。
話を聞く限りは鉄道警察らしいが、どうにも嘘くさい。
俺はパジャマのまま、いかつい男たちに連行された。
うつぶせに担がれているから地面が見えて怖い。
仕方なく眺めている地面には、彼らの足が見えるはずだが、どんな靴を履いているかはわからない。
マッチョたちの足元はどういう原理か、黒いもやに覆われていて見えなかった。
大学の友人による質の悪い冗談かと思ったが、この体型、これほどのパワーの知り合いなんていない。
足元を隠す光学迷彩の技術があるとも思えない。
パジャマのまま連れてこられたのは、最近廃線になった電車の駅だった。
来るはずのない電車が来た。
ダアシエリアス、の声とともに、ぷしゅうと、ドアが閉まり、電車は出発した。
あっさりと見知らぬ駅に到着した。
俺は、そこがどこだかすぐにわかった。
わかってしまった。
「ここはきさらぎ駅か……?」
「そうだにゃ~、お前が爆破予告しまくった、きさらぎ駅だにゃ~」
牛の被り物をした警官が答えてくれた。
いやお前キャラ間違ってんぞ。
お前は牛だろ。
せめて語尾を「も~」にしろよ。も~。
馬の被り物をした警官が続きを説明する。
「お前が爆破予告しまくったおかげで、きさらぎ駅には何度も警官が派遣されたワン。威力業務妨害で逮捕、即裁判だワン」
お前もキャラ間違ってんぞ。
馬だろ。
語尾を「ヒヒーン」とかにしておけよ。
豚の被り物をした警官が、さらに続きを説明した。
「そうだブー! ちなみにきさらぎ駅周辺には弁護士はいないブー! 呼ぶことも不可能だブー!」
お前はキャラ合ってんのかよ。
そこはコケコッコとか言って俺にツッコミを入れさせるべきじゃないのかよ。
三馬鹿のおかげで状況は把握できた。
つまり弁護士もつけずに、きさらぎ駅の裁判所で裁かれるってわけだ。
ニュースの見出しにでもするなら、きさらぎ駅連続爆破予告事件、ってところか。
ΛΛ<
「開廷! 被告人、理想都 倍人はきさらぎ駅に対して度重なる爆破予告で、業務に支障をきたしたため、威力業務妨害で起訴されている。検察の陳述から始めることとする!」
顔の見えない裁判官がくねくねと気持ち悪い動きをしながら、開廷を宣言する。
どうすればいいんだ。
検察は二メートルくらいある白い女性だった。
こいつは別の都市伝説ではないだろうか。
出しゃばらないでほしい。
「被告人が行った度重なる爆破予告は、資料に示しているとおりです。×月〇日に1回、△日に1回、……」
俺の書き込みが証拠としてスクリーンに映し出されていく。
完璧な証拠だ。
スーパーハッカーかな?
「以上、被告人には依り代十年の刑を求刑します」
依り代十年って初めて聞いたんだけど。
言葉の響きからしてなんかヤバいのはわかる。
どうにかして無罪を勝ち取らねば。
「異議あり!」
「被告人の異議を認めます」
お、意外と話を聞いてくれるな?
「きさらぎ駅は人間社会には存在しません。つまりネットへ爆破予告しても罪には問われないはずです」
論破されてくれ~。
「被告人の異議は根拠として認められません。きさらぎ駅は存在します」
まあ、存在しなかったら俺は今どこにいるのかって話だよな。
だめだったか。
別の方針で攻めよう。
「きさらぎ駅は日本国領土内ではないので、日本国からの書き込みに対して、法で裁くことはできないはずです」
「被告人の異議は根拠として認められません。きさらぎ駅は日本の□□駅から地獄の手線に乗ることでたどり着けます。日本の領土内にあることは明白です」
地獄の手線っていうのかよ。
こわいわ。
反論を考えないと。
ええと。
「日本の法律が適用されるなら、逮捕令状なしで俺を問答無用で連れてきたことは法律違反では?」
「被告人の異議は根拠として認められません。きさらぎ駅所属の鉄道警察を含む冥界警察は人間ではないので、人間に適用される法律は無効です。その分、人権もありません」
労働者の人権すらない世界だ。
ブラックすぎる。
ん?
「きさらぎ駅は人権がありますか?」
「質問の意図を把握できかねます。きさらぎ駅自体は怪異ではありますが、人権はありません」
駅だからな。
「きさらぎ駅連続爆破予告事件により、被害を受けたのはきさらぎ駅という怪異、そして冥界の警察です。それらは人間ではなく怪異だと裁判官は言いました。つまり、威力業務妨害罪は成立しないのでは?」
威力業務妨害罪は被害を受ける人間がいることを前提としている。
人間じゃないし、人権すら与えられていない怪異が迷惑をこうむったところで、罪には問えまい。
「……被告人の主張を認めます。これは盲点だったコン」
裁判官の顔は相変わらず見えないが、狐の耳っぽいのが生えてきた。
つまり、狐に化かされていたのか?
三馬鹿警察官の例もあるから、鳴き声と顔が異なる可能性もある。
狐じゃなくて何か似た別の動物かもしれない。
「コンコン。主文。被告人は無罪」
俺は無事無罪を勝ち取り、安堵したところで、まわりが徐々に霧に覆われていることに気がついた。
「今回は我々の負けだコン。次があれば、法律をもっと勉強しておくコン」
「もう、二度ときさらぎ駅に爆破予告なんてしないよ」
霧が濃くなっていく。
もう、裁判官も検察も見えない。
っていうか、これ、どうやって家に帰ればいいんだ?
もう、一メートル先も見え……な……
気がつくと俺は、自分の部屋の床でうつ伏せに寝ていた。
三馬鹿マッチョに担がれた時の体勢のままだ。
今までのは14%缶チューハイと寝相の悪さが見せた、悪い夢だったのか?
酔いをさますためにシャワーを浴び、コーヒーを飲んでしばらく呆ける。
ん、部屋の隅に長い髪が落ちている。
六畳の部屋の半分以上の長さだから、ざっと見積もって二メートルくらいある。
彼女なんているはずもないし、そもそも二メートルの髪の人なんて見たことない。
そんな奴、家に招いていたら忘れることなんてないと思う。
もしかして、きさらぎ駅の裁判所で出会ったでかい女性検察官か?
ということは、裁判所に連れていかれたのも夢ではなかったのかもしれない。
それ以来、俺はネットに悪口とか偽の犯罪予告とかを書きこむのはやめた。
真人間になろうと思って、ゼミの人と会話するようにして、次の飲み会からは誘われるようになった。
狐に化かされたおかげで、人生が好転するなんて思わなかった。
そうして一年が経ち、季節は夏になった。
同じゼミの連中が廃駅で肝試しをすることになったと連絡してきた。
俺がきさらぎ駅に行くときに使った駅だから、俺は近寄りたくもない。
俺はビビりなので、と参加を拒否した。
スタンプでめっちゃ煽られたが、行きたくないものは仕方ないだろう。
翌日、ゼミでは肝試しの話で盛り上がっている。
「こわかったね」
「そそそそうでもなかったぞ」
「ビビりすぎじゃん」
「ビビッて来なかったヤツよりましだろ」
「言えてる。きゃはははは」
俺はノリが悪いということで、また、陰キャぼっち生活に逆戻りすることになった。
発案者の上井田は、ゼミに顔を見せていないが、大丈夫だろうか。
誰も気にしている様子もないし、風邪でも引いたのかな。
以来、上井田とは卒業まで顔を会わせることはなかった。
そもそも、上井田のことを覚えている人はいなかった。
……これ、ヤバいやつか?
あのおかしな連中にかどわかされたのでなければいいが。
どこからか、ダアシエリアス、という声が聞こえた気がした。
了