第60話 歎願と懇願
振り上げられた大剣が、物凄い勢いで俺の脇に振り下ろされると、剛腕から繰り出された剣圧によって、周囲に響くほどの音響と土埃をまき散らした。
しかもそんな直接的な接近戦のせいで、エリーもポーラもガイロスも状況を見守るしかなく、臨戦態勢を取っているが、少しばかり緊張した面持ちで見つめている。
とは言ったって正直怖い。
本気ではないとはいえ、どーんとか音を立てて土煙が吹き上げる攻撃って、どんなよ? 死ぬぞ、俺。
そんな俺の感情など他所に、バールゼフォンは大剣を再び俺へと繰り出し、応じる様に剣を重ねて鍔迫り合いをする。
「で、頼みって?」
『我ニ魔力ヲ』
「俺のか?」
バールゼフォンは剣を弾き返しながら首を縦に振る。
『ソウダ』
「どうやって?」
『コウスルッ!』
言葉を切るなり激しく体当たりされ、俺は思わず呻き声を上げながら、押し戻そうとバールゼフォンの胸部装甲と手首に手をあてる。
『コレデ良イ』
「何だと?」
『吸魔』
「ぐっ……!!」
バールゼフォンの呟いた言葉を聞いた直後、俺の身体が一気に熱くなり、身体から何かが盛大に持っていかれる感覚に陥り、急な身体の異変にたまらず膝を着く。
『ダリル!』
悲鳴に近い声を上げながら急接近するエリーの目の前で、バールゼフォンはすぐさま俺を持ち上げると、腹部目掛けて蹴りつけてくる。
身体が上手く動かない隙に繰り出された蹴りをまともに喰らったが、見た目ほどダメージはない。数歩後ずさる程度で体制を整えると、再びバールゼフォン目掛けて剣を横薙ぎする。
悔しいが、いとも簡単に僅かな動きで斬撃を躱すと、大剣を押し当てる様にして体当たりしてくる。
急激な接近を許して競り合う様な形になりながら、見計らったかのようにバールゼフォンは静かに告げてくる。
『我ハ退ク』
「何?」
一度押しのけ、再度剣を重ねる。
『何レ再ビ会ウダロウ。ソノ時ハ……』
俺を押しのけ、その勢いで大剣を下から斬り上げる。
咄嗟に避け、そのままタックル接近するが、大剣に阻まれた事で再び剣を重ねる。
『任セル』
「どういうことだ?」
意味が解らない。
何を丸投げされたんだ?
「理解できない事に返事は出来ないぞ」
『今ハイイ。何レ判ル』
俺とバールゼフォンのせめぎ合いを、ハラハラとした表情で見守るエリーを一瞬だけ見やる。
「エリーが気にするぞ?」
剣が斬り結ぶ甲高い音が周囲に木霊する。
『皇女様ニ、コレ以上ノ負担ヲ負ワセル気ハナイ』
「何故」
『業ヲ背負ウハ、我等ダケデイイ』
「カッコいい事言ってるように聞こえるけど、全く意味不明だ。むしろ、お前らを見た事で故国に戻ると言い出しかねないぞ?」
『モハヤ止メラレナイノダ』
「何がだよ!」
バールゼフォンの身体が瞬間的に沈むと、その勢いで蹴りが繰り出される。
咄嗟に避けて再び斬り結ぶ。
もうさ、正直疲れてきた。
「あ、あのさ、普通に話せない?」
『ラーゼライト』
「ん?」
『アヤツガ監視シテイル』
「あの変態ジジイか……」
少し腹が立ってきた。
今度は俺が鋭く突きを繰り出すと、バールゼフォンはあっさり大剣の柄でそれをいなす。
……結構本気だったんだけどな。
『我ノ指輪ヲ持ツ者ヨ』
「なんだい」
『後ハ任セルゾ』
「ま、待てっ!」
瞬間的バールゼフォンの腰が沈み、その勢いで大剣が俺の胴体を切断しようと斬りはらう。
「ぬおっ!」
慌ててその場でしゃがみ、斬撃を躱す。
反撃とばかりに聖銀の剣を下方から斬り上げるが、俺の手の甲に狙いを定めて、正確に蹴り飛ばされた。
『ダリル!』
エリーが大声で俺の名を呼び、咄嗟に剣戟の応酬を繰り広げている戦いの場へと乱入しようとした。
「来るんじゃない!!」
彼女を制し、俺は再びバールゼフォン目掛けて袈裟懸けに斬り下ろすと、大剣を横にしてそれを受け止め、再び俺たちは接近し合う。
『コレデ良イ。コレデ……』
そう言うと、大剣を地面に突き刺し、手を空へと掲げる。
「何をする気だ」
周囲から急激呼び出されるかのように集まり始めた魔力が、バールゼフォンの掲げた手へと向かっていく。
『蝕ノ時ハ近イ。退クモ進ムモ皇女様ガ決メレバヨイ。ドノ道ヲ選ボウトモ、必ズ、皇女様ヲ支エテヤッテクレ』
「だから何をっ!?」
『……頼ンダゾ、皇女様ヲ救ッタ魔源者。…………闇霧』
そう告げると、バールゼフォンは勢いよく掲げた手を地面へと降ろす。
その瞬間、バールゼフォンを中心に、真っ暗な闇が溢れ出し、周囲を覆いつくした。
『バーゼ!!!』
エリーの言葉に反応する事も無く、バールゼフォンは瞬時に発生した闇の霧に、紛れ、いつしかその場から消えていた。
討滅騎士団団長が去った後を静かに見つめていると、エリーがふわりと俺の傍へと舞い降りた。
『大丈夫?』
「大丈夫……だけど、ちぃとばかしキツイなぁ」
思わずその場でへたり込む俺を、慌てて支ええる様に魔力を操作する。
『皇国随一の騎士と互角に張り合えるなんて、正直見直したわ』
褒められて悪い気はしないが、思いっきり手加減されてましたとは言えないな。
「だろう?」
精一杯の強がりを告げると、エリーは少しばかり寂しそうな表情を浮かべ、彼らの去った何もない空間を見つめる。
『……バーゼと何か話したわね?』
鋭い。
「まさか。あれだけの攻撃を受けてたんだぞ」
そう言ってみるが、エリーの表情は晴れる事は無い。
すると、背後からポーラとガイロスが兵士たちを引き連れてやって来た。
「大丈夫!?」
「ああ。大丈夫大丈夫」
「もう、無茶して……」
ポーラが俺の傍へと駆け付け、手を翳して身体の至る所に治癒の魔法をかけていく。
じんわりと温かな波動が身体を包み込んでくれる。疲れた身体に染みわたる、まさにこれは本物の癒しだった。
「教会司祭長は戦闘も回復も出来てしまうから凄いね」
「ダリル……ううん、旦那様だけよ? こんなことするの」
いやいや。聖職者の発言としてはダメな奴じゃないか?
『色ボケ。聖職者のくせにその発言は問題よ? 弾劾する必要がありそうね』
「ふんっ。傍で何も出来なかったのに、嫉妬を受けても何とも思わないわ。大層な名前の漆黒の魔女さん」
一瞬で空気が張り詰める。
『ヤル気?』
「お望みならば……ね」
先ほどまでのシリアスな展開を返して欲しいと思う位、二人が互いに睨み合う。
「ダリル殿、何とかしてください」
小声で頼んでくるガイロスに、俺はとびきりの笑顔で小さく頷く。
「うん。帰ろう」
二人を残し、俺はガイロスの腕を引っ張りながら陣へと戻った。
「あ、あの。ここは二人をお止めして、引き返す場面じゃ……?」
引かれるままになっているガイロスが、恐る恐るといった感じで尋ねてくるが、俺は即答する。
「ムリ」
「え?」
「無理。だって……」
「だって?」
「あいつら、絶対に俺に詰め寄って……」
そう言いながら、俺はエリーとポーラに視線を向ける。
すると、二人は俺の方を向いて、口元をひくつかせながら笑みを浮かべていた。
『そういう態度だから色ボケが増長するのよ! いい加減解らせなさい!』
「ええ、ええ! 今日こそ、私が妻だという事を、この悪霊にはっきりと解らせて差し上げますわ!」
『誰が悪霊よ! 私は魔女であって悪霊ではないのよ!』
「後付け魔女が何を偉っそうに。生身ではない貴女よりも、私の方が妻に相応しい事は明白よ!」
『ダリルが小さい時から私は一緒なの! そんな彼を色ボケエルフに手放しでくれてやるなど出来ないわ!』
「『今日こそはっきりさせてもらいます!!』よ!!」
目がギラギラしている。
身の危険を感じ、護衛役となっているガイロスに真剣な目を向ける。
「ガ、ガイロスさん。助けて」
「……頑張れ」
「ちょ、ちょっとそれは無い……げっ」
俺の方へと着実に歩み寄ってくる二人。
身の危険を感じ、思わず後退り、そして陣の方へとそそくさと撤退する。
そんな俺の戦略的撤退を見逃してくれるはずも無く、笑顔を顔に張り付けたまま追いかけてくる二人。
そんな三人の姿を半ば呆然と見つめながら、ガイロスは苦笑いを浮かべて咳ばらいをすると、周囲の兵士たちを纏め、陣へと戻るのだった。
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