第56話 接触
「……凄いね」
目の前の魔霊の群れを瞬時に浄化した美しい司祭長に向けて、俺は純粋に賛辞を贈る。
「いやはや、全くですなぁ」
ポーラが俺の護衛に任命したガイロスが、俺の傍まで歩み寄ってそう頷く。
魔霊の群れを駆逐したエルフの美しき司祭長ポーラと、漆黒の魔女と二つ名を受けたエリーが歓声を受けながら陣へと戻ってくる。
そんな姿を、微笑みを浮かべて見つめるガイロスが嘆息を洩らす。
「フランティア聖王国の大教会に赴任されてきた時から、物凄い人物だとは伺っていました。ですが、実際にその実力を目の当たりにすると凄いものですね」
「へぇ、そんなに有名だったの?」
「それはもう、教皇様自ら『孫とはいえ、彼女の操る精霊魔法は他の追従を許さない』と言ってましたから」
あの教皇が? そこまで言うんだから凄いんだろうな。
「まあ、そういうダリル殿はもっと凄いと思いますけどね」
「ん? 何で?」
ニヤリとした笑みを浮かべたまま見つめてくるガイロス。
「あの司祭長様を口説き落とした稀代の人物ですからな」
「え? 俺が?」
なにそれ。
「そうですよ? 何せ、フランティア聖王国で司祭職の修練中、言い寄る男は星の数ほどいましたが、誰一人としてその心を射止めることが出来なかったですからね」
「え? そうなの?」
「ええ。ロム・レム砦の隊長をはじめとして、ノルドラント王国の貴族様なんかも口説いていたようですが、全く靡く気配はなかったですからな」
そんな話聞いたこと無い。
という事はだ、ノルドラント王国教会で、単に美人だから食事に誘ったら、何故か結婚しましょうと言われただけだった何て事実、黙っておいた方が良さそうだね。うん。
「とはいえ、ここは特に問題は無いでしょう。北東部も先ほどの伝令を聞く限りでは、問題なく撃退しているようです」
「それは良かったです」
「おっと、第2波が来ましたな」
「そのようで」
夥しい魔霊の群れは消え去ったが、その後背から今度は実体を伴った屍鬼の群れが姿を現す。
「では、今度は俺たちの出番ですね」
「ですな」
話を切り上げると、俺たちの目の前で、先ほどポーラと話し合っていた精霊正教国の隊長らしき男が声を上げる。
「予定通り屍鬼が出た。悪霊が出現する可能性もある為、魔法部隊は後方に下がれ。実戦部隊は陣形を組み、そのまま奴らを殲滅するぞ」
「「「「「はっ!!!」」」」
ポーラとエリーが連れ立って兵士たちの間を抜けて俺たちの方へと戻ってくる。
ガイロスに護られるように並び立つ俺の姿を見つけてか、ポーラは小さく微笑みを向けてきた。
うん。こうしてみるとやっぱり物凄い美人だ。
暴走しさえしなければだけど。
「では皆の者、手筈通りに対処する。屍鬼の群れを魔法部隊で攻撃し、その後一気に掃討するぞ!」
「「「「「オオッ!!」」」」」
総勢200名を超える精霊正教国の兵士たちと、30名近い魔法部隊とが共に応じると、迫り来る屍鬼の群れに向けて兵士たちは盾を構え、魔法部隊はその前に整列して手にした杖を握り直す。
屍鬼が森の中へと雪崩込んできたのを目視した隊長が、スッと右腕を挙げ、短く鋭く告げる。
「今だ! 魔法部隊攻撃開始!!」
「「「「風刃!」」」」
魔法部隊が一斉に魔法を唱えると、総勢30近い目に見えない刃が次々に屍鬼に襲い掛かり、その身を斬り刻んでいく。
かつては人だった者の成れの果て。身に纏う衣服はもはやボロボロで、風の刃に抵抗する事無くその身を切断されていく。
最前面の屍鬼が断ち切られた半身が地面を転がると、それに足を取られて背後から迫る屍鬼が面白い様に転げて行く。
「よし。再攻撃!」
「「「「風刃!」」」」
隊長が振り下ろした腕に合わせ、魔法部隊が再び風の刃を前面へと展開させると、再び屍鬼の群れが瞬く間に動きが鈍くなる。
切断された身体の事などお構いなしに進み続けるが、やがてその動きが見る見るうちに鈍くなっていく。
すかさず隊長が自身の剣を鞘から抜き放つと、宙に掲げて声を張る。
「今だ! かかれ!!」
「「「「「オオオオオオオオ!!!!」」」」」
魔法部隊の間をすり抜けながら、盾を持った兵士たちが自信を鼓舞する様に声を張り上げながら突撃を開始した。
俺もその動きに合わせて共に進む。
手にした聖銀の剣を握り直し、目の前に迫る屍鬼の群れへと突っ込んだ。
「今まではエリーとポーラにばかり頼っていたからな、鈍っているかもしれないねぇ」
そう言いながら、手にした剣を迫ってきた屍鬼に向けて振り抜くと、聖銀だけあってか何の抵抗も無く切り裂いてしまう。
いやはや、流石はエリーやリティの魂が封じ込められた聖銀の剣だけある。何の抵抗も無いまま切り裂いてしまう。
「お見事です。流石ですな」
俺のすぐ側で護衛の役を担ってくれているガイロスが、大楯とメイスを事も無げに振り抜きながらそう声をかけてくる。
「いやいやいや、ガイロスさんこそ凄いね」
「慣れてますからな」
「ハハハ、そいつは頼もしいや」
「しかし、その剣は凄いですな」
「ホントだね。俺もそう思う。しっかし相変わらず物凄い切れ味だよこれは。俺にはいささか勿体ないな」
背後から迫ってきた屍鬼に、ガイロスが援護する様に大楯の平面部分を容赦なく打ち据えると、何かがひしゃげる半濁音を上げながら地面へ崩れ落ちる。
「助かりました」
「いやいや、なんのこれしき」
ニカッと笑顔を見せつつも、そんな仕草の最中に右腕に持つメイスを振り上げると、顎をしたたかに打ち据えられた屍鬼が見事なまでに宙を舞う。
これは負けてられないと、俺も襲い掛かってきた屍鬼の腕を切り落とし、胴に蹴りを入れて距離を開けると、両左右から襲い掛かってきた屍鬼に向けて、身体を回転させた勢いで剣を振り払った。
腐食し、半ば骨が見える顔が2つ宙を飛ぶ。
それでも腕を俺へと振り落としてきたのでバックステップで躱し、回し蹴りをガラ空きになった胴へと喰らわせる。
「銀等級冒険者なのは本当だったのですな」
感心する様に呟くガイロス。
いやいやいや。俺、ずっと言ってたよね?
「嘘なんて言うはずないですよ。酷いなぁ、信じてなかったんですか?」
「ハハハ! 信じてましたよ。ですが、これまで戦った姿を見たことが無かったですからね」
「そりゃそうだけど」
「これなら、安心して背中を任せられますな!」
ニカッとニヒルに笑うガイロス。
くそぅ、カッコいいじゃないか!
「くぅ……さぞかしモテるんでしょね」
「妻が居るので十分ですがね」
「どうせ美人なんでしょ?」
「ポーラ様やエリー様には敵いませんな」
「美人自体を否定しないのは妬けるなぁ」
行動と状況が伴っていない。こんな呑気に会話しているが、周囲ははっきり言ってグロイの一言。
会話でもしなければやってられない。
それに、腐敗臭もだんだん酷くなっている。
マスクすれば良かったな、これ。
「グゥオオオオ……」
「成仏しろよ」
両腕を振り上げてきた屍鬼に向けて剣を振り下ろす。
淡々と剣を振り続け、まさに作業じゃないかと錯覚していた時、屍鬼の後方から、至る所がボロボロに破れるローブを身に纏う、これまでの屍鬼とは少しばかり異質の集団が姿を現した。
何せ、そいつらは武器を装備していたのだ。
「奴らが武器を? ダリル殿、こいつらは屍鬼とは違いますぞ」
ガイロスが鋭く警告を発してきた集団に目を向ける。
だらりと下げた手に、若干錆びて見える長剣を手にした異質。
フードに隠れて顔が見えないが、それでもこちらに視線を向けているのが見て取れる。
屍鬼……いや、不死者の集団とでも言うべきか。
俺たちが屍鬼を難なく倒していく姿を目にしても、一切動じる気配はない。
それどころか、むしろその距離を縮め、背筋がゾクリとするほどの殺気を向けてきた。
異質な集団を目にしていたのは俺たちだけではない。精霊正教国の兵士を纏める隊長もまたその様子を確認していた。
周囲の屍鬼を掃討すると、目の前に現れたローブ姿の集団を睨みつけながら、俺たちの傍へ来る。
「隊長さん。あいつら、知ってる?」
「いや。今まで多数の魔霊集団と相対してきたが、一度も遭遇したことが無い」
「そうなんですか」
総勢数百近い集団が、俺たちを真正面から攻撃しようとしているのか、横一列に整然と並ぶ。
木々の合間から迫ってくるその姿は、烏合の衆たる集団とはまるで異なり、どう見て統制された軍隊の様相だった。
「どう見ても軍隊ですな」
「……だねぇ」
ガイロスが感心した様に感想を呟くと、俺は素直に頷いた。
俺の横で隊長が手を挙げ、後方へと振り下ろすと、屍鬼と戦っていた兵士たちが整然と後方へと下がる。
隊長に促され、俺たちも一緒に後方へと退くと、魔法部隊の正面で反転し、奴らと対峙するよう整然と陣形を整えた。
下がった俺たちの傍にポーラが駆け寄ってくる。
「ダリル、大丈夫? 怪我はない?」
「ああ。大丈夫大丈夫」
「そう、よかった。でも……」
俺を気遣いながらも、視線を屍鬼とは言えない異様な集団へと向ける。
「まるで軍隊ね」
「ああ。これでも奴等死んでるのか?」
「生気が感じられないわ。でしょ? エリーちゃん」
ポーラの呼びかけに応じる様に、俺とポーラの間に割って入るように漆黒のオーラが現れると、憮然とした表情で腕を組みながら面白くなさそうに頷く。
『ええ。あいつら死者よ。しかも、やけに古い死体が多いわね』
漆黒の長い髪を靡かせながら、俺のすぐ隣へと寄る。
『気に喰わないわね』
そう呟いた時、前方に展開していた数百体もの異様な軍勢の間から、至る所がボロボロになっている大きな旗らしき布が持ち上がる。
それは、群青色の布地で、至る所に穴が開くほどボロボロになっているが、辛うじて六芒星に剣が垂直に突き刺さるような紋様が描かれていた。
『ふん。軍隊の真似事でもしているつもり………………え?』
生意気な口調で言い放とうとしていた矢先、突如としてエリーの言葉が途切れる。
「ん? どした?」
不思議に思ってエリーの様子を見ると、何故か彼女は肩を震わせ、手を口元へと宛がい、残る手を胸を握りしめる様にして正面を見つめたまま固まっていた。
「おい、どうした」
『………………な……ぜ?』
「ん? 何かあったのか?」
一度俯き、しばらく肩をわななかせると、意を決したかのように半身を前へと勢いよく押し出し、今までにない悲痛な声で叫ぶ。
『な……何故!? 何故あの旗が!!!!!!』
激しい怒り。悲しみ。苦しみ。
全てを内包したかのような、悲痛な叫び声を上げていた。
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