第41話 “エルフ”は外見なんか見てません
俺の目の前でニコニコするエルフの美人教皇ティリエス。
声をかけられ、何を言われるのかを待っている状況で、俺は少しばかり緊張を強めながら彼女を見つめる。
だが、そんな俺の思惑など露とも知らず、教皇は至って普通に話を切り出してきた。
「ポーラが私の孫だということは、既にお伝えしましたよね?」
「ええ、そうですね」
「可愛いと思いません?」
唐突に尋ねられた内容に、俺は思わず呆ける。
「は、はい?」
「身内ながら可愛いと思うんですけど、どう思います?」
小さく頷くティリエスだったが、そもそも俺は質問自体が理解できていない。
何が何だかわからないまま首を傾げる。
「あの……急に何を言って……」
「あの子ったら誰に似たのか、これと決めたらとても積極的になるんですよね」
「は、はあ」
「ということで」
目を細めてニコリと笑顔を見せるティリエス。
「あの子の事、どう思います?」
「はい?」
「きっとあの子の事だから、相当押されているんじゃないですか?」
「え? ま、まあ、そうですね」
そう頷くと、姿勢を正し、俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「なので、まずはあなた自身がどんな状況に置かれているのか、そこをよく知ることが肝要です」
「状況?」
俺の言葉に小さく頷き、片目を閉じる。
「そうです。なにせ、あなたは魔源者。回復の魔法を扱える者や精霊……特に光の精霊などに守護された者からしたら、あなたの魔力はとても魅力的に映る、そんな存在なんです」
そういうと、教皇は静かに立ち上がり、俺の傍へと歩み寄る。
じっと俺の目を見つめ、ふぅとため息を吐いた。
「信じて……ない目ですね。ふむ…………では、これまでに、回復魔法を扱える方や精霊を扱う方、それに、うーん……あ、そうです、巡礼者の方々から、放っておかれなかったり、なんだかほっとするとか、安心するとか、懐かしいとか言われたりしたこと、ありませんか?」
俺のすぐ側で腰を曲げながら視線を合わせてくるティリエスの質問に、俺は腕を組んで思い起こす。
これまで旅をしてきた中で、同業者連中や街の住人、それに村人などからは恐れられたり、むしろあまり積極的に関わらなかったっけ。
だけど……確かに、そう言われてみれば……。
ちょっと残念な聖女からは放っておかれなかったし、途中で出会った巡礼者姉妹の姉からは懐かしいとか言われたな……。
でもねぇ…………うーん、わからん。
「……言われたような気がしなくもないですけど、それが何か?」
頷く俺に、ティリエスは柔らかく微笑む。
「魔源者であるあなたの魔力は、非常に純粋な魔力を発しています。だから、回復魔法を扱える方や精霊を扱う方、そして女神の加護や祝福を受けられる素養を持つ巡礼者達にとって、その魔力はとても心地の良いものなのです」
え? そうなの?
初めて知った。
ティリエスは呆ける俺に、微笑みを崩さずに続ける。
「もう一押しかしら? まあこれも、可愛い孫娘のためね……」
小さな呟きは聞き取れなかったが、何を思ったのか急に俺の手を取る。
「私たちは……つまりエルフは、外見など気にしません」
その言葉はポーラから何度も聞いている。
なにせ、少しばかりブサイクな方が良いとまでポーラは言っていたのだから。
まあ、それを認めてしまえば、俺は自分がブサイクだと認める事になる。
え? そりゃイケてないし、そもそも自信がないよ? とはいえ、自分の顔ってそんなに嫌いじゃないんだよね。
だから俺はブサイクじゃない。特徴的なんだよ。うん。
「え? ええ、その事は司祭長から聞いていますけど。ですが、自慢じゃないですけど、俺は生まれてこの方女性からモテた事なんてないですよ?」
「ふふっ……やっぱり、その様子ではまだ信じていませんね? 何度も言いますが、我々エルフは外見を見ません」
「じゃあ何を見るんです?」
「魔力です」
「は?」
ティリエスの言葉に、俺は思わず口を開いたままポカンとする。
「魔力を見て、魔力に魅せられるのです。なにせ魔力は嘘をつきません。邪な感情を持つ者の魔力は、得てして濁るものなんです。それは魔源者とて例外ではありません。純粋な魔力の持ち主は、裏返せば邪な思いを持っていない事の証なんです。そんな魔力を見せられたら、私たちはすぐに惹かれます」
『邪念しか持ってない様に思えるのは気のせいかしら……?』
エリーさん。うるさい。
「ふふっ。もうこんないい歳になっている私ですが、初めてお会いした時からドキドキしっぱなしなんですよ?」
「は?」
『はあ!?』
とんでもない事を言ったぞ、この教皇。
「ま、またまたぁ」
「いいえ。嘘は言ってませんよ? 正直、私があと400年……いいえ、300年若かったら、あなたに言い寄っていましたわ」
そう言いながら、僅かに妖艶に微笑むティリエス。
『ちょ、ちょっと待って! あ、あなた教皇でしょ? 何を言ってるのよ!』
「ごめんなさいねエリーさん。確かに私は教皇ですが、それ以前に一人の女でもあるんですよ?」
教皇が……教皇が女だと、自分で言っちゃったよ……。
いや、間違ってはいないんだろうけどさ……。
というよりもだ、この人本当に800を超えてるのか? こんなに肌艶も良く、顔は整った美人。しかも瞳をうるうるさせて見つめられちゃぁ頷くしかないぞ?
これまでモテた事なかったのに。ここに来て急にそんなこと言われ始めても罠とか勘繰る。むしろ怖い。
ん? まさかこれがモテ期ってやつか!?
い、いや落ち着けダリル。
下手したら死期が近いのかも知れんのだ。落ち着け、落ち着くのじゃぁ……。
俺が何を思っているかなど気にすることもせず、取った手にもう一方の手を重ね、更に包み込むようにしてくる。
「だから言いましたよね? エルフは外見なんか見てません。むしろ見ているのは魔力。だから、外見がブサ……コホン……外見なんか関係ないのです」
「今、咳き込みましたよね」
グレるぞ。ほんと。
「思いっきりブサイク言おうとしましたよね? ね?」
「そう言われている? という推測をしただけでしたが、あなたはそれほどブサイクではないですよ? いたって普通の青年にしか見えませんもの」
「何だろう……物凄く慰められている感が半端ないんだが……」
俺って、そんなに不細工なのか?
何だか自信なくすなぁ……。
「あら? ここまで言っても、まだ外見を気になさるの?」
「そりゃあそうですよ。俺はエルフと違ってただの人ですから、外見だって気にするんです。だからもう心がバッキバキに折れましたよ。グレて大聖堂中を大声で喚き散らしながら走り回ってしまいたいくらいに、もうバッキバキですよバッキバキ」
「そんなに? それはいけませんね」
そう言うや否や、ティリエスが俺を強引に引き寄せて抱きしめた。
座ったままの状態から急に抱きしめられたせいで、教皇の豊かなお胸
が顔を包み込み、谷間にすっぽりと挟められる。
そこは柑橘系の様な、とても爽やかで甘酸っぱい匂いがしていた。
そして頬の左右に広がる、殺人的な柔らかさ……。
そう邪な思いをしておきながら、ふと耳を澄ますと、ティリエスの鼓動がトクントクンと聞こえる。
少し早いその鼓動。
ドキドキしていると言っていた彼女の言葉が真実だったことを、実際に胸に抱かれながら気がつかせられる。
冗談じゃなかったんだ……。
いや、それよりもだ。
これヤバい。
気持ちいい……。
力が抜ける。
ああ……幸せ……。
『なあっ!!』
エリーが俺のすぐ側で驚きの声を上げるが、ティリエスはお構いなしに俺の頭を撫ではじめた。
優しい指使いが、とても頭に心地よい。
「普通こんなことしませんよ? それだけ、あなたの魔力に魅力を感じているのです。ドキドキしているとも言いましたけど、鼓動を聞いたら本当だって理解できたでしょう? だから、自信を持ってくださいね?」
「ふ、ふぁい」
『はい、しゅーりょー!』
エリーが強引に引きはがすと、ティリエスは「あら」と小さく声を上げ、少しばかり寂しそうな表情を浮かべる。
ふよんとした余韻が、未だ頬に残る。
ああ……えがった……。
『だらしない顔して……もう』
そんなにだらしない顔をしているのか、俺。
とはいえ、少し表情を険しくするエリーに、ティリエスが微笑みを向ける。
「ふふっ。あの子の言った通りね」
『何がです?』
「いいえ、何でもありませんよ?」
『……血筋って恐ろしい』
うん。それは俺も思った。
すると、これまで柔和な表情を浮かべていたティリエスだったが、表情を改めて俺たちの正面に立つ。
「ふふっ、まあよいでしょう。では改めて、お二人とも、精霊正教国へ向かい、書簡を届ける件について、お受けいただけますね?」
「わかりました」
『はい』
俺たちの返答を聞き、教皇は満足そうに頷いた。
「よろしい。では、お願いしますね」
そう言いながら、ティリエスは執務机の方へと向かい、椅子に座らずにその場で手を机の上に軽く乗せると、少しだけ目を細めてエリーを見る。
「最後に……エリーさん」
『はい』
「私はかつて、見習い魔導士として皇国に仕え、討滅騎士団に所属していなかったものの、高度な魔法技術を持つ皇国、そして文字通り身を挺してこの世界を守ろうされた皇族の方々にお仕えすることが出来た事は、私にとっての誇りです。そして、もう二度と拝謁できないと思っていたにもかかわらず、今この時に、敬愛すべき皇族の方とお会いできた事、非常に嬉しく思っております」
悲しげな表情を浮かべながらも微笑みを浮かべる教皇に、エリーは小さく頷いた。
「皆様が身を挺して護り抜いたこの世界を、私も共に護ることを誓います。ですから、エリザヴェート皇女殿下。どうかこの想いを、決意を、是非とも忘れないでください。皇国を滅ぼした存在によって亡くなった全ての方々のためにも、どうか、忘れないでください」
『……はい』
エリーが再び小さく頷くのを見て、ふっと微笑みを浮かべる。
「ではお二人とも、道中お気をつけください。神のご加護を」
そう言い、教皇ティリエスは優雅に胸の前に手を合わせて頭を下げた。
「ありがとうございます」
『はい。神のご加護を』
俺もエリーも頭を下げると、踵を返して執務室を後にした。
部屋を出ると、窓辺に佇むポーラがいた。
窓の外を見ていた彼女が、俺に気がつき顔を向けると、ふっと微笑みを浮かべた。
「終わったようですね」
「ああ。今度は精霊正教国に行くようにお願いされたよ」
「………………ぇ?」
ん、何故だ?
今、物凄く嫌そうな顔になったけど……。
「どうした?」
「え? い、いいえ。なんでもありません。そうですか……精霊正教国ですか……なんでまた……」
「ポーラ?」
「あ、あの、大丈夫です。では、準備を整えるようお願いしておきます」
「いいの?」
「構いませんよ。では、一度お部屋に戻り、外に行く準備をしてください。準備出来次第街をご案内いたしますわ」
そう言って、ポーラは俺の腕に自身の腕を絡ませる。
おふぅ、やわらかい胸部防具が容赦なく当たってますですよ?
「さ、行きましょう」
『こら、色ボケ』
エリーが突如現れてポーラをジト目で見るが、見られた当人は素知らぬ素振りで胸を更に押し当ててくる。
むむっ……柔らかい……。
「あら、エリーちゃん。どうしたの? そんな怖い顔をしちゃって」
『あの教皇といいコイツといい、なんなのこの一族は……』
「一族? あら? 私と教皇が親族だって知ってたの?」
『知ってるも何も、本人から聞いたわよ』
「あら、おばあ様が教えたのね……まあ、いつか知られる事実ですから」
そう言いながら、にこりと笑顔を浮かべて俺に声をかける。
「じゃあ、行きましょう。今の時間なら、美味しいケーキを食べさせてくるカフェがオススメです」
カフェか……女子にとっては行きたい場所だろうなぁ。
エリーが少しドスの利いた声で言ってるのはひとまず置いておこう。
まあ仕方がない。酒場は後で神殿騎士に尋ねるとして、今は一緒に行くとするか。
「ああ、わかった。じゃあ、戻って着替えよう」
「普段着で大丈夫ですよ? よかったら着替のお手伝いしますよ?」
「え? そうなの?」
「もちろん。どうせならはだ『色ボケはほっといて行きますよ』……もうっ」
気がつけば、ポーラは俺から引き離されており、エリーがジト目で俺を見たまま手を掴んで引っ張る。
「わ、わかった。行くから、引っ張るな」
『よろしい』
「まったく。素直じゃないんだから、エリーちゃんは」
そう独り言ちながら、ポーラは苦笑いを浮かべて後を着いてきた。
ポーラが案内してくれたカフェ。そこで食べたケーキはとても美味しかった。
各国から寄せられる果物をふんだんに使ったタルトだとか。
いやぁ、甘い物はあまり食べたことがなかったけど甘味最高。
買い物もしたいというポーラの後に続き、いろいろな店を回った。
荷物がとんでもない事になったが、とても嬉しそうにニコニコしていたから良しとする。
大聖堂周辺は巡礼者と彼らを客とする商店で賑わっていた。
様々な交易品が露店に並び、歩きながら見て回る都度、物珍しい品物を見つけては、ポーラが笑顔で品物を手に取り、嬉しそうに見せてくる。
こんな風に、別の人……女性と一緒に、話しながら買い物をする事なんてこれまでなかった。そう思うと、もしかしてこれが生まれて初めて経験する、女性との買い物なのか?
エリーとは表立って買い物をしたことが無いから、そうなるのか。
そんな事を考えていたが、急にポーラが俺の顔を覗き込むようにして近づいてきた。
「どうしたの?」
「え? ああ、いや、何でもない」
「そうですか? 何だか嬉しそうにしてますけど」
そういうと、手にした小物を店に戻す。
「精霊正教国に行くのが、そんなに楽しみですか?」
急な質問に、俺は一瞬たじろぐ。
「え? そんな事はないんだけど、何で?」
「本当に?」
「あ、ああ。教皇に頼まれただけだからな」
「ふーん……」
「急にどうしたんだ?」
急に少しばかり不機嫌そうな表情をするポーラを見て、俺は意味も解らず困惑する。
しばらくじっと見つめていたポーラだったが、急に俺の腕を取って自分の腕を絡めると、ぐいぐいと胸を押し当てながら顔を近づけた。
「ちょっ」
「おばあ様から、何か聞きましたね?」
「はい?」
「聞きましたね?」
「聞いたって、何を?」
「とぼけないで答えてください」
意味が分から……無くもないな。
「あー……、エルフって、外見じゃなくて魔力を見るって話を聞いたくらいだけど」
「ぇ?」
俺の言葉を聞き、ポーラが目を丸くする。
「ええええええ!!!?」
急に声を上げ、俺に絡めた腕に力を入れてくる。
あてられる豊かな柔らかさよりも、腕を締めあげる痛みが勝ってくる。
「痛っ、ちょ、ちょっと、どうしたポーラっ」
「どうしたもこうしたも無いですよっ!! 何で? 何で言っちゃったのっ!!」
「な、何をだっ」
しかも俺のすぐ近くに顔を寄せると、目を若干潤ませる。
「精霊正教国に行くのは止めましょう。ね? そうしましょう、そうしましょう!」
「ど、どうしたんだ、急に」
「行くのを止めないと言うなら、既成事実を作りましょう、ね! そうしましょう」
「え? それって……」
き、既成事実!?
つ、つ、つまりは、あれかっ! ゴニョゴニョかっ!
うはっ。急な展開じゃないかっ!
い、いやいやいや、待て待て、こんなにもすんなり行くはずがない。
「天井のシミの数を数えている間に終わりますから、心配しないでっ」
『はい、ダウト』
急に俺の首筋が物凄い力で引っ張られ、それに合わせる様にポーラも別の方向へと引き離された。
一瞬目をぱちくりとさせたポーラだったが、すぐさまその元凶に向かって声を上げる。
「ちょっとエリーちゃん! 今忙しいの! 後にしてっ!!」
『何が忙しいのよ! いや、それよりも何をしようとしてたのよ!』
「ああもうっ! ダリルをこのまま精霊正教国に行かせていいと思っているの!?」
『何を言ってるのあなたは。目的があるから行くだけじゃない』
すると、ポーラは若干目を細め、口元をひくつかせる。
「あ、あのね、精霊正教国にはどんな人々がいるのか知ってるでしょう!?」
『エルフよね?』
「そう、エルフよ! エルフがいっぱいいるのよ!! だとすれば、あなたも聞いたのならわかるでしょ?」
その言葉を聞き、ぱちくりと瞬きをして逡巡すると、次第にエリーの表情が険しくなっていく。
『……ちょっと待って、そう言う事?』
ポーラが頷き、二人して俺を見る。
何? どうしたんだ?
何が何だか理解できずに俺は焦る。
「はいダメ」
『ダメね』
息のあった呟き。
気がつけば、俺は再びポーラに腕を引っ張られていた。
「じゃあ、既成事実を作りましょう」
『こら色ボケ。寝言なんか言ってないで、さっさと宿舎に帰るわよ』
「……仕方ないですね」
「ま、待て、意味が解らん!」
「理解しなくても良いのです。これから対策を練る必要があるので、大人しく帰りますよ」
何故か二人は俺を引っ張り、気がついたら神殿宿舎へと送還させられた。
「酒場、行っちゃダメ?」
「ダメ」
『ダメ』
部屋にたどり着き、自分の自由を得るために尋ねるが、にべもなく断られる。
結局、神殿騎士に酒場を教えてもらう事はなく、何故か部屋に閉じ込められた。
しかも、なぜかエリーが出入口に腕を組んで立っている。
「何? 俺、監禁されてるの?」
『大人しくしてなさい』
何だか釈然としない。
「酒場行きたい……」
『ダメ』
……なんでよ。
「さ……」
『ダメ』
笑顔が怖いんですけど……。
何でダメなんだよ……。
何だかやるせない思いと、理不尽さを覚えながら、俺はベッドサイドに腰を掛け、大きくため息をつくのだった。
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