第25話 魔の源をもたらす者(ダリルの回顧 その3)
俺の目の前で腕を広げ、満面の笑顔を浮かべる美しき女性魔霊リティは、聞き間違いでなければ『使い魔になった』と言った。
従魔師という職業がある。
その職業は、文字通り魔物を従えて仲間にし、共に戦うという者だ。
でも、使い魔は違う。
学校で習ったことではあるが、使い魔は召喚魔法によって呼ばれ、さらに召喚者を認めた場合にのみ仲間になると言われている。
まぁ考えてみればそうだよね。なにせ呼んだ召喚士がとんでもない奴だったら、そりゃ誰だって逃げるもんね。
例えば、死にそうになるまで戦わせられるとか。目の前にご馳走があるのに食べさせてくれないとか。彼女が欲しいのに出来ないとか。目の前に美人がいるのに、お近づきにもお声がけすらも出来ないとか。うん……話が逸れた。
ちなみに、俺はこの時14歳の子供。もちろん冒険者ではないし召喚士でもない、ただの学校に通うごく平凡な子供。
あの時の俺が素朴な疑問を抱くのは当然だと思う。
「あの……こんな僕の使い魔になって大丈夫なんですか?」
だが、リティはまったく問題ないという様に小さく首を振る。
『大丈夫ですよ? 何より、今はダリルの助けが必要なので気にしないでください。それよりも、早速ですがお願いします』
そう言いながら、リティが微笑みを浮かべて先ほどの台座の方を指さす。
その仕草に俺は頷き、台座に手を乗せようとするが躊躇する。
「……あの……これ、触っても大丈夫ですか?」
『大丈夫です。ささっ、心配しないで、どーんと触れちゃってください!』
「は、はい……」
怪しさ満点である。
とはいえ、助けてくれた恩もあるからと、俺は恐る恐る台座に手を当てる。
手を乗せた直後、急に台座が淡く輝き出す。
だが、同時に激しい眩暈が俺を襲った。
目に見える景色が激しく揺れ動く中、次第に視界が落ち着いてくると、状況を説明して欲しくてリティに目をむける。
当の彼女は、俺の様子を気にする事もなく、満足そうに笑顔のまま頷いた。
「こ、これ、急に力が抜けたんですけど……何ですか??」
『ええ。無事に流せたということです』
「え? 流せたって、何をです?」
『……ああ……よかった……』
「え?」
俺の背後を見つめ、目を見開いて口を僅かに開いたまま小さく呟くリティ。
どうにも様子が変なので、彼女が見ている方へ顔を向けると、思わず俺は腰を抜かしそうになる。
何故ならそこには、禍々しい漆黒のオーラをその身に纏い、漆黒のウェーブがかる長い髪を揺らめかせながら、静かに宙に浮く女性魔霊がいたからだ。
身に纏うオーラと同じ色の漆黒のローブを押し上げる豊かな双丘に見惚れてしまうが、切れ長の睫毛の下に輝くアイスブルーサファイアの瞳が俺を静かに見据え、不思議そうに周囲を見渡すと、首を少し傾げて唇が僅かに動く。
『……こ、ここは? 私は……一体……?』
困惑気味な声を聞き、俺は思わず驚きながらリティの方を見るが、先ほどまで居た場所に彼女はいなかった。
『……ああっ……エリーっ!』
突如として現れた女性魔霊『エリー』に向かってリティがふわりと並び立つと、泣きそうな表情を浮かべながらまるで抱きしめるような仕草をする。
しばし困惑しながらもエリーが首を傾げる。
『……リ、リテシア姉様?』
『よかった……本当によかった……』
泣きそうな声を上げながら、リティは縋るようにエリーに寄り添う。
だが、事態を飲み込もうと周囲を見渡していたエリーが、不意に俺と視線を合わせる。
『この子は……?』
『……ダリル。魔力が無くなりかけていた私たちにとっての救世主よ』
『救世主? え? 魔力が、無くなりかけていた……?』
『ごめんねエリー! 私が不甲斐ないばかりに、あなたに迷惑をかけて……!!』
『姉様……迷惑だなんて思ってません。むしろ、私を助けるために身を挺して護ってくださったのは姉様ですよ?』
よく見れば、二人は良く似ている。エリーがリティを姉と呼んでいたのだから、当然と言えば当然だった。
『私の事はどうでもいいのよ! でも良かった……魔力を渡し続けてよかった……。魂も精神も虚無に取り込まれていなくて、本当に……本当に良かった……』
そんなリティの言葉に、エリーが驚いたような表情を浮かべて反応する。
『……姉様待って。魔力が無くなりかけていたってことは、姉様も消えかけていたということでしょう?』
『そうですね……あと数年くらいしか持たなかったと思います。そう思うと、ダリルとの出会いはとても幸運でした』
『どういうことです?』
二人が俺の方に顔を向けると、リティが微笑みを浮かべて小さく頷いた。
『あなたを救ったのは、ここにいるダリルのおかげです。ただ、この台座は私達にしか反応しないようなので、彼と誓約を交わし、私と魂を繋げたことでようやく台座が反応してくれました。とにかく、魔力をあなたに送ることが出来て良かったです』
『え? “契約”ではなく、“誓約”で魂を結んだのですか!?』
『あなたさえ無事ならそれでいいもの』
意味の分からない会話を聞きながら、俺はぽかんとしていた。
ふと俺に視線を向けたリティは、俺の表情を見ておかしかったのか小さく笑う。だが、すぐさま真剣な表情になると、身体ごと俺の方に向けて深く頭を下げた。
『ダリル、私たちを助けてくれてありがとう。おかげで妹を救う事が出来ました。本当にありがとう』
「え? あ、はい。どういたしまして……? あれ? リティさんはリテシアさん?? え? どういうこと? 僕、何もしてないけど……?」
俺は口を開いたまま二人を見つめると、リティがそっと微笑んだ。
『ふふっ。何も説明していませんから、理解できないのも無理ありません』
そう言いながら、リティはエリーを伴って俺の前に並び立つと、そっとエリーの肩に手を乗せるような仕草をし、少し寂しそうな表情を浮かべて俺を見つめる。
『……もう分かったかも知れませんが、私はこの子、エリーの姉です。リテシアというのは私の本当の名前です』
「え? じゃあ、リテシアさんと呼んだ方がいいのかな?」
『私の家族が呼んでいた愛称なんです。でも、ダリルはもはや私にとって家族の様な存在。なのでリティで結構ですわ』
そう言いながら、リティが台座の傍にふわりと向かう。
『私はですね、この台座を護る者なんです』
そっと手を台座に宛がう。
『この台座には、遥か北の地で封じた恐ろしい存在を押しとどめる事が出来る者たちが眠っていました。ですが、封じた存在はずっとこの者たちを探し続け、封じる際に取り込んだ僅かな魂の欠片を頼りに、ずっと虚無へと引きずり込もうと絶えず攻め続けていたのです』
顔を上げ、俺に視線を向けるリティ。
『この台座は魔石で出来ていて、闇や無の攻撃から守るために膨大な魔力を封じ込め、封印した存在から彼らを守り続けていました。ですが、絶えず続く攻撃の影響に抵抗しきれず、長い年月を経て徐々に魔力が失われてしまったのです』
そう言うリティは、どこか寂しそうな表情を浮かべ、静かにエリーに視線を向ける。
『私の力では、これら全ての台座に魔力を与えるだけの力はありませんでした。やがて緩やかではあったものの、台座から魔力が失われていき、眠っていた彼らも次第に虚無へと屈し、魂も精神も蝕まれ、遂には闇に堕ちてしまいました。台座の守護からも私の影響からも外れた彼らは闇に見出され、いつしか消え去りました』
エリーをじっと見据えた目を僅かに細め、僅かに俯く。
『唯一残ったのが妹のエリーでした。エリーだけはその能力故に闇や虚無に抗い続けていました。私は守護者として、なけなしの魔力を与え続けることで何とか彼女だけでもこの世に繋ぎとめようとしました。魔力が足りなくなると、この周辺に現れる魔物を吸収しては僅かな魔力を得てはエリーに与えてきたのです』
その説明を聞き、バークレオス神殿周辺に強力な魔物がいない理由がわかった。結局、リティが魔力を得るために全て倒していたのだ。
そんな彼女が妹であるエリーの傍に再び立ち並び、俺に微笑みを向ける。
『そんな時に出会ったのがあなた……ダリルです。あなたの事はずっと前から知っていました。薬草を採りに来た時から、あなたの持っていた能力に目を付けていたんです。ダリル、あなたは傷の治りが早かったり、普通の人よりも疲れにくかったりしませんでしたか?』
そう言われ、俺は身に覚えがあることに思い至る。
普段の生活においても、学校においても、とかく怪我をした場合にはすぐに治っていたし、更に学校の後で薬草採取をしてそのまま酒場で手伝いをしたとしても、さほど疲れることは無かったからだ。
そんな風に考えているのを察してか、リティは微笑みながら頷いた。
『思い当たることがあるみたいですね。気がついていないでしょうが、あなたは途轍もない魔力を持っています。そして、その魔力は常にあなた自身が生み出しています。そんな方を、私たちは“魔の源をもたらす者”―魔源者―と呼んでいます』
ふわりと俺の傍に寄るリティの表情は、とても穏やかな微笑みをたたえていた。
俺は驚きを隠せずに、思わず自分の手を見つめる。
「それって、僕が魔力を生み出すということ?」
『正確には、周囲の魔力を取り込むことが出来る力です。つまり、あなたの存在自体が魔力の源といっても過言ではありません』
目を細めて微笑むリティに、俺は疑問を口に出す。
「でも、僕は魔法が使えません……」
すると、リティは小さく頷いた。
『それは、魔源者自身が取り込む魔力が膨大すぎて、魔法を生成する際にその膨大な魔力が邪魔をして魔法が使えなくなるからです。ですが、そんなデメリットを補って余るほどの力があります。例えば、通常では従えることが出来ない存在を従えることが出来ます。魔力の塊ともいえる魔霊なんかは特にそうですね。実際、あなたの魔力のお陰で私は何不自由なく行動できるようになりましたし』
そう言いながらリティは俺の正面にくると、頭を撫でるような仕草をする。
『というわけで、そんなダリルにお姉さんが良い子良い子してあげますっ』
「えぇっ!?」
ふわりと頭に添える様に差し出される手に、俺は少し戸惑いを覚える。きっとリティの手が俺の頭にのせて動かしているのだろうが、残念ながら感触は一切ない。それでも、頭を撫でるような手の動きを見て俺は恥ずかしくなった。
しばらくそんなほのぼのとした雰囲気を送っていたのだが、静かに様子を見守っていたエリーが急に顔を上げ、天井を睨みつけると鋭く警告を発した。
『……リテシア姉様』
『……ええ。ですけど、動きがおかしいですね……まさか……!?』
はっとしたように、急に真剣な表情へと変わったリティが俺の正面に立って視線を合わせてくる。
『ダリルよく聞いて。今、外には多数の魔物があなたの街を目指して進んでいます。恐らく魔物氾濫でしょう』
「……え?」
魔物氾濫。
学校で教わったことだが、迷宮に現れる魔物は通常であれば冒険者や迷宮内の魔物同士で倒し合うため常に間引きされている状況にある。だが、時として突如爆発的に迷宮内に魔物が溢れる現象が起こるという。
周期も時期もまちまちで、なぜこのような事態が発生するのかは未だ判明していない特異な現象。そんな出来事を、今回はまさにそれが発生し、俺の故郷目指して動き出しているとリティはいうのだ。
例えどんな状況だとしても、魔物氾濫ということは街が危ないことに変わりがない。
だから俺は焦る。
「ま、待ってください! じ、じゃあ街が危ないってことですよね!?」
『……ええ』
「ならば、僕は街に戻ります! 戻って、危険を知らせて来ます!!」
その場を離れようとした直後、物凄い力で腕が引かれる。
『どこへ行くの!?』
エリーだった。
その美しきアイスブルーサファイアの瞳が、俺を見つめたまま真剣な眼差しで行くなと無言で訴えかけている。
だが、俺にはそんな思いなど聞ける状況ではなかった。
「離してください!!」
『ダメ! あなた一人で何が出来ると言うの?』
「だって街が危ないんでしょう!? 皆に知らせなきゃ!!」
『魔物氾濫の魔物の群れは、もう街を取り囲める所まで接近している。それに、それに……!!』
急に俯いたエリーに驚き、俺はしばし呆けるが、突然顔を上げたエリーが真剣な眼差しを向けて言い放つ。
『……何もない、本当に何もない虚無の世界から、気が狂いそうになる暗闇から私を救ってくれた恩人を、みすみす死地に向かわせたりしたくない』
「え? どういう……」
『……エリーはね、虚無の闇と戦っていたの。長い間……ずっと……』
「長いって、どれくらいです?」
『……おそらく、800年程』
「は、800年!」
気の遠くなるような話に、俺は子供ながらに言葉を失う。
800年。
言葉で聞けば一瞬の話しに思える。
子供の俺には想像できない。今だからこそ、それがどんだけ狂気の状況であったかは理解できる。
子供ながらにその必死な思いを、純粋に受け入れたからこそ言葉を失ったのだと思う。
リティが傍に寄り、エリーの肩にそっと手を乗せる。
そんなリティに視線を向け、エリーは静かに呟いた。
『……私は、この台座の呪縛から逃れることは出来ないと思っていました。でも、あなたのおかげで解放された……なら、私にも出来る事はあります』
エリーの言葉に重ねる様に、リティがそっと告げる。
『今回の魔物氾濫は、恐らく故意に引き起こされている……』
リティは静かにエリーに視線を向けると、同意する様に頷き返す。
「え? どういうことですか?」
『ダリル……さっき言った通り、北の大地に封じた存在を押しとどめる役目をもっている者がいたと言いましたよね? この台座は4本あります。つまり、エリー以外にも他に3人いたの』
真剣な表情を浮かべるリティの顔を見据えながらエリーはうな垂れる。
『押しとどめる役目を担う者は強大な力を持っています。それが故に、その強大な力を手に入れようと画策している者がいます。彼らは、北に封じられた存在を狂信的に崇拝していて、その存在によって強大な力を手に入れた者を使徒として崇めています。今回の魔物氾濫は、きっとその者たちの仕業です』
「その者たちって?」
一呼吸置き、俺に視線を合わせて小さく俯くリティが、そっと悲しそうに告げた。
『……“ルード教団”。古の昔に、闇を讃え、虚無そのものを崇めていた者たちです。中でも、闇に身を委ね、自らの肉体を虚無に与え、魂を縛られることで強大な力を得た者がいます。教団は彼らを使徒と呼び、私たちは彼らを魂縛霊。“己の魂を闇に捧げた者”と呼んでいます』
リティが顔を上げ、俺に寂しそうな視線を向けてくる。
『魂縛霊は、ずっと前から強力な力を持つ鍵の存在を取り込もうとしていました。エリーが顕現した今、彼らはつぶさに感知し、エリーを取り込むために対抗しようと手当たり次第に能力を吸収しようとしたのでしょう。能力も魔力も高い者たちを吸収するのが一番手っ取り早い。あの街は、比較的そう言った力を持つ人々が多数いますから……』
「じ、じゃあ、街の人々は危険ってことじゃ……?」
『……そうなります』
俺の質問にリティは苦しげに答えるが、当の俺は納得いかない。
「じゃあ、僕が台座に手を当てたから、街が危険な目にあうってことですか!? でも、エリーさんが現れたのを知ったのは、ここにいる僕たちだけじゃないですか!」
リティが首を振る。
『エリーの魔力は、その強すぎる能力故に直ぐに感知されてしまうの……』
「じゃ、じゃあ、二人が彼らを倒せば終わるんじゃないですか!?」
リティとエリーに視線を向けると、二人は俺の傍にふわりと寄る。
『……私たちは魂縛霊を封じることが出来る数少ない存在。でも、それは魂縛霊も同じこと。ダリルに魂で繋がる魔法を使った時に言いましたよね? 私たちのような存在と魂が繋がると相手の力を得ることが出来るようになるって。だからこそ、魂縛霊にエリーの能力を奪わせる訳にはいかない』
「あの……エリーさんの力って、一体なんですか?」
今まで押し黙っていたエリーが、顔を上げ、静かに俺に告げた。
『全てを無に帰す力。万物の根源となる“無”を追う力よ』
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