第16話 お礼というのはデートじゃないの?
本日の陽々亭オススメ定食、『フォレストカウのソテー』は物凄く美味しかった。
それにしても上品に食べてたな、ポーラは……。
食事を終えて陽々亭を出た俺たちは、一先ず宿へと向かうことにする。
宿へ向かう道すがら、俺は不安……いや、期待感一杯状態。
だが、やはり聞いておくべきだろう。
「あのさ、ポーラ」
「なんでしょう?」
「本当に俺と同じ宿の同じ部屋に寝泊まりするの?」
うん。ドキドキするな。
「ああ、その事ですね」
うーんと指を頬に当てて考え込むポーラ。
「エリーちゃんに睨まれそうなので、今日は止めておきます」
『ふん……いい心がけじゃない』
笑顔でそう返される。
まあ、そうだよね。
「ですが、フランティア聖王国までは、節約するために一緒のお部屋に寝泊まりしますよ?」
「へ?」
『何ですって!?』
エリーがポーラの傍で目を見開き、彼女の目をしげしげと見つめる。
「ふふっ。とりあえず、今日はこの辺りで失礼します。フランティア聖王国へは明日の朝出発しましょう。長い馬車旅になりますので、今日は準備をなさってください。基本的な用意で十分ですから。では明日の朝、南門の馬車広場で合流いたしましょう」
ポーラは微笑みながらそう伝えてくると。
「あ、ああ。わかった。それじゃあ、明日」
「ええ。また明日、お会いしましょう」
そう言うと、ポーラは小さく手を振って去っていった。
残された俺とエリーは、去っていくポーラの後姿をじっと見つめる。
『……勘違いしない方が身のためよ?』
「なんでさ」
『何故って……美人でスタイルがいいからと、相手を知らずに本気になれば、悲しい結末が訪れた時のダメージが大きいからよ』
破局することが前提じゃないか。
そもそも始まってさえいないと思うが。
「あのさ、何処まで本気かわからないし、そもそも俺は良い男じゃないしな」
俺が苦笑いを浮かべると、エリーが静かに俺の傍にふわりと寄り添ってくる。
『……そうでもないよ』
馬車が通り過ぎ、エリーの声が聞き取れない。
「え? なに?」
『……何でもないわ』
馬車を静かに睨むエリー。
「ま、今日は明日以降の準備をしないとならないか」
『ある程度は問題ないけど、必要な物はある?』
「そうだな……風よけにマントでも買ってみようかな」
『マント? 今まで身に着けてなかったけど』
「お金が勿体ないかったからね」
不思議そうな表情をしたエリーに、俺は思わず口元を緩める。
「ま、今回は少しだけ贅沢できるからさ、ついでに買おうと思うんだ」
『ついでに? ……じゃあ、あそこに寄るの?』
「ああ。必要だしな」
頷いて、俺はいつもの場所へと向かう。
宿から少し離れた場所にその店はあった。
静かな住宅地のような場所で、様々な家が軒を連ねている。
そんな家の間に通る細い一本道に入ってしばらく歩くと、見慣れた小さな庭のある家にたどり着く。
こじんまりとした小さな家。
その家の扉をノックする。
「ダリルです。また、お願いします」
すると中から声が聞こえてきた。
「お入り」
老婆の声が聞こえ、俺は扉を開けて中へと入る。
中はアンティーク感漂うとても落ち着いた内装であり、至る所に薬草が干されている。
ハーブを育てている為か、ほんのりとレモンの様な爽やかな香りが漂い、とても居心地が良い。
「よく来たね。そこの箱に入れておくれ」
奥から俺よりも若干背の低い、年老いた女性が現れる。
艶やかな白髪を束ね、顔には歳を重ねた皺が寄るが、年相応のよぼよぼさは一切感じることは無く、むしろ気品に満ち溢れていた。
この老婆はリュナという。
以前冒険者ギルドを通じて彼女の依頼を受けて以来、俺は定期的にこの老婆の元を訪れている。
「いつもありがとう。結構あるけど、よろしく頼む」
俺はそう言うと、エリーから渡された麻袋に入る大量の魔石をテーブルに置かれた箱に入れる。
「おや? 結構あるね。これ全て解けばいいかい?」
「ああ。頼むよ」
「構わないけど、かかるよ?」
「いくら払えばいい?」
目を細め、置かれた魔石を手に取ってしばし沈黙する老婆。
「いくつあるんだい?」
「800個かな?」
「そうかい……なら、金貨40枚でやってあげるよ」
「……わかった」
俺は黙って小さな麻袋を取り出し、そこから金貨40枚をテーブルに置く。
それを見ていた老婆が驚いた声を上げる。
「……参ったね。出せるのかい?」
「ちょっと、いろいろあってね」
「頑張ったんだねぇ」
微笑みを浮かべて俺を見る老婆に苦笑いを返す。
「わかった。それじゃあ、すぐに済ませるかね」
「いけるのかい?」
俺の疑問に、老婆が口角を僅かに吊り上げる。
「1個も100個も変わらないさね」
そう言って、大量の魔石が入った箱に手を翳す。
ブツブツと何かを呟く老婆に手が、淡く光を帯びてくる。
すると魔石が共鳴し始め、薄く細い黒い筋が老婆の掌へと吸い取られていく。
黒い筋が一切見えなくなると、老婆は俺に向かって笑みを浮かべる。
「終わったよ」
一息ついて椅子に座る老婆に頭を下げると、俺は箱に入った魔石を全て麻袋に戻していく。
その作業を見つめながら老婆は尋ねてきた。
「エリーはどうしたんだい?」
「いるさ。ただ出てこないだけ」
小さく笑う老婆。
「そうかい……相変わらず好かれておるな」
俺は苦笑いする。
「あれは好かれているというのか?」
「誰がどう見ても好いとるようにしか見えんよ? お前さんはモテないなんて言っておるが、十分にモテておるわな。違う事と言えば、身体があるか無いかの差じゃないか。そんなの、些細なことじゃて」
クツクツと笑う老婆。
そもそも、身体の有無は些細な事じゃないと思うぞ、俺は。
すると、俺のすぐ隣にエリーが姿を現す。
『……知ったような事を言わないで欲しいわね、リュナ』
「知ったような事ではないよ。知ってるんだよ」
そう言って笑うリュナと呼ばれた老婆。
「エリー。あまりダリルを困らせるんじゃないよ?」
『困らせてません。悪い虫を排除しているだけよ』
「くくっ……お前さんも頑固だねぇ」
『……ほっといて欲しいわ』
エリーがふいとそっぽ向く。
「くくく。まあ、初めて会った時に比べたら、十分落ち着いたようじゃないか」
リュナはそう言って目を細めながら笑みを浮かべる。
そんな仕草を見ていた俺は苦笑いを浮かべ、そっぽ向いていたエリーが納得いかない様な表情を浮かべている。
まあ、あの時に比べて今ではこうして会話が出来るようになっただけ有難いことなのだとつくづく思う。
魔石を全て詰め込み終えたところで、俺はリュナに頭を下げる。
「助かったよ。また頼む」
「ああ。いつでも力になるから、またおいで」
「ありがとう。じゃあ、行くよ」
「ああ。気を付けて」
そう言って俺たちは家を出た。
『あの老婆、苦手だわ……』
「そう言うなよ。格安で魔石の呪いを解いてくれる貴重な人なんだからさ」
リュナは、かつてこの王国の冒険者で、元は薬師だったそうだ。
だが、実家は「祈祷師」の家系だという。
そもそも、呪われてそのままでは使えない魔石を解呪できるのは、ルストファレン教会の神官か祈祷師だけ。
冒険者を引退した祈祷師が皆ギルド所属に転向する中、彼女だけは薬師として引退し、祈祷師としての身分は内緒にしていたそうだ。
なぜかと聞いたことがあったけど、その時の回答が……。
―え? ギルド所属の祈祷師になぜならないのかって? あのねぇ、ギルド所属になった場合、手数料と称して4割も持っていくんだよ? だったら教会の半額で直接請け負った方が儲かるじゃないか。ただそれだけさね。
だそーだ。
ま、なかなか逞しい人だったわけだ。
そもそも魔石は純粋な魔力の集合体。失った魔力を一瞬の内に補えるので、魔法使いなどにはとても重宝されている。
では、何故俺がこうまでして魔石を欲するのか。
それは、俺はある症状に悩まされていることが原因だ。
魔力欠乏症。
エリーに憑りつかれてから、俺は常に魔力欠乏症という症状に悩まされるようになり、1日に1回は魔石による魔力補給を行わなければ俺は立ち上がる事さえままならなくなってしまう。
最初はエリーが原因だと思っていたのだが、彼女が現れようが現れまいが症状は起こるため未だに原因は不明。
とはいえ、魔力欠乏症を回復させるには魔石が必要。魔石は比較的簡単に手に入るものの、呪いを解かなければ使えないからお金が必要。魔石1個の呪いを解除するのに教会に依頼すると銀貨1枚必要になる。ギルドに依頼しても銅貨8枚は必要だ。
そりゃ貧乏にもなるわけだね。
『でも、これで当分は魔石を解呪する必要は無くなったわね』
「ああ。3日も寝込んだと聞いた時には流石に焦ったけどな……」
毎日魔石を消費する俺にとっては、3日も魔石を使用しなかった後の反動は物凄く恐ろしい。
そう言った意味では、エリーには非常に感謝している。
「そういえば、まだお礼を言っていなかったなぁ」
『何が?』
エリーがキョトンとしながら俺の正面にふわりと舞い降りる。
「俺が寝込んだ3日間、魔石で魔力を供給してくれてありがとな、エリー」
『……お礼というならデートじゃないの?』
「……それを言うなら、毎日がデートみたいなもんじゃないか」
そう言われて、エリーは驚いた表情を浮かべて俺を見つめてくる。
『……なら、お礼なんて言わなくてもいいわよ、別に』
視線をそらし、明後日の方を見るエリー。
そんなに恥ずかしがらずともいいのに。変な奴。
そう思っていると、俺に背中を見せるエリー。
『……………ふふっ……』
頬を僅かに染め、胸元に手を組みながら嬉しそうに目を細めていたなんて、ダリルは知る由もなかった。
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