マリーゴールド・ジョゼファ・ブラウニーちゃん登場
モヤモヤとした感覚が、しっかりとした枠の中に固定されて行く。骨が出来上がる。肉がそれに張り付き育っていく。悪魔の姿は呼び出した者の思い描いた姿になる。
それが気に入れば使うまでの事。『手』が出来上がる。ソレはヒトのモノと変わらない。爪が薄く銀色に尖っているのを覗いて……。
「人間の姿になるのか……、イヤ、違う」
ザワザワと髪が生え伸びる、角が伸びる気配はない、代わりに背にメキメキと音立て、骨組みが盛りあがる。バサリと開いた。翼が出来上がる。
下半身に目を向ける。そこにはヒトのモノと、なんら変わらぬ足が出来ていた。黒い革の長靴を履いている、服が出来上がるのがわかる。
――、取り囲む円陣。光の壁が出来上がり、外を遮断している。古代文字の呪文、紋様が描かれている。中央には2つのサークル、ひとつは悪魔が現れた場、そしてもうひとつは『供物』を置く場、
出来上がったばかりの瞳で、それを見てどうしたらよいかと、考え込んでしまった。なぜなら、置かれているモノは……
お皿に載せられたフルーツケーキ。器にこんもり盛られたカラフルなキャンディ、チョコレートだったのだ。懐かしく甘い香りが立ち昇る、親方の鼻孔をくすぐる。
……、おわぁ!そりゃ思ったよ、甘い物が食べたいなと、思ったよ、思ったのだが、それにあの菓子、何か変だ。おかしい、いくら我のそれと重なっとしても、だ!ただの菓子が供物にはならないハズ……。
「やったのれす!ふぁあちゅかれた……」
幼い声が響く。親方は怪訝に思う。力の波動を、その幼く澄んだ声から感じ取ったのだ。
「あと少し頑張るのですよ、良いですか、このままだとアレに好き勝手にされちゃいます。対価など払う必要はありません!わたくしが、お教えしたことは覚えてますか?」
懐かしさを含む涼やかな声が、何やら不穏な事を話している。とんでもないところに呼び出された、と顔をしかめた悪魔の親方。
対価と引き換えに、望みを叶えるのが悪魔の仕事だぞ、と、上物の魂の香りに鼻をヒクヒクとさせた。じっと目を凝らす。薄っすらと壁の向こう側見える、召喚をした者達の姿。
ひとつは小さく、ひとつは大きい。
――、円陣の外では、幼い女の子が身体に満ちる魔力を、ひととこに集めている。それは左手の中指にはめられている、知る人ぞ知る『真鍮と鉄の指輪』。
およそ愛らしい少女には、相応しく無い逸品。胸の前で手を組み合わせ、意識を高めていた彼女。時が満ちたのか、俯いていた顔を上げた。
お日様色の巻き毛が、ピンクのリボンと共に、くるんと揺れる。翠の瞳に光が宿る。柔らかな頬が薔薇色に染まる。
「はい、わかりまちた。ちゃんとれきるのでしゅ!れんしゅ、いっぱいちたのれす!」
そう言うと、小さき姿が指輪に力を込め、詠唱を唱える。
「えろイムえろっちゃいむ!えろイムえろっちゃいむ!われはマリーゴールド・ジョゼファ・ブラウニー、『ソロモンのゆびわ』のけいちょうちゃなり!ここに、とらえち『トーマス・ハーバリウム・ルッペンゲルド』!われにしたがえぇ!」
たどたどしくも厳かに上げられた。光の壁がユラリとうごめく。中の悪魔は慌てた。
「ぬおお?あんだって?なぜに我が『真名』を知っておるのだ?それに、そ、ソロモンの指輪だとぉぉ?アレは役目を終え、天界に戻ったのじゃ無かったのか?うひゃ!く、来るなぁぁ!」
マリーゴールドは、指輪をはめている拳を前に突き出した。悪魔に対する『真鍮と鉄』の魔法陣がぐるりと動く。周囲に掘られている文字が紅く輝く。
……シュッ!軽い音が立つ、発射されたようにノイバラの枝が幾本も指輪から産まれ、右往左往をしている、悪魔目掛けて進んで行く!
「とらえよ」
幼い声で命を出した。術が成功した事に満足しているマリーゴールド。にっこりと笑って、悪魔がイバラに捕まり、グルグル巻きになるのを、今かいまかと眺めている。
「大変上手にお出来になられましたよ、アンジェリカは嬉しゅう御座います」
得意気に小さく胸を張り、眺めている主に、彼女の守護天使が優しく労う。
「えっへん、ちゅかまえたらお休みしてもいい?ちゅかれちゃった」
「首輪が付いたことを確認出来たら、お休みになってくださいましね」
二人が会話をしている間、悪魔は閉じ込められた陣の中で、どうにかそれから逃げようと足掻いていた。簡単な魔法陣ならば、容易く破壊をし魔界へと帰れるのだが、古代の魔法が込められているのか、それが出来ない。
「ふおお!このイバラに捕まると……あのちびっ子に仕えるのか!は?この我が、あの様なちびっ子に……」
そんな事が魔界へと伝われば、とんだ笑いモノになってしまうと、触手の様にグネグネ蠢くそれから逃げていた。
「あれれ?ねえ、あんじぇりか、ちゅかまんない」
その様子に気がついたマリーゴールドが、不服そうに、ぷぅと頬を膨らました。
「そうですわね、でも大丈夫ですよ。時間の問題ですから、『トーマス』早く大人しくなって下さいましな」
青の瞳を細めて笑いながら、幼い主に教え、悪魔に親しけに声をかけた守護天使。それに思わず気を取られた悪魔の親方。伸ばしてくる触手から逃げまどいつつ、問いかけた。
「アンジェリカって!あのアンジェリカなのか?光の牢に閉じ込められて……釈放されたのか!」
「ええ、トーマス。釈放では無いのですが、ちょっと頑張りましたのよ、貴方に再び会う為に、わたくしの事を……、忘れてはいないでしょうね」
愛しい恋人の声。胸に蘇る想いと痛み、それに気を取られた親方は……
「ふおおおおー!アンジェリカぁ!ちょっとばかり卑怯だぞ!うわァァ」
哀れを誘う声、捕まった姿を確認をした、小さき指輪の継承者、マリーゴールド・ジョゼファ・ブラウニー。
やった!ちゅかまえたのでしゅ、と彼女は手を叩いて喜んだのでした。