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親方は垣間見たのだ!そりゃ可哀想な

 轟々と渦巻き音立て風が龍の如く形を作る。鮮血の湖の湖面が、ザザザザッとさざ波が立つ。弾けるような丸い水滴が混じり共に昇る。


「おふぉぉぉぉ!」


 その中に取り込まれた親方は、身体の組織がぐにゃりと崩れたのを感じる。ウゴゴゴ……と意識体へと姿形が変化する悪魔。召喚を行った声の主の元へと引っ張られる。


 グォングォン、グォングォン、空が咆哮を上げている。


「くぉぉぉぉ!行っちゃうのァァあ!」


 既に円陣の中へとたどり着き、地面が遥か下に見えていた。金と銀の草の葉がヂヂヂヂ!と、擦れて火花を散らしている。朱色の珊瑚が、ポッポポッポと飛び散り、チカチカと光っている。


 アア!ダメだこりゃと、親方は早々に諦めると、それから先は風の動きに全てを託した。


 ぐうるぐうると、渦巻く流れにのり、中心へと進んでいく。空は水色なのにポッカリと穴のある中心は、漆黒の闇色。


 ……、久しぶりだな、現世(アッチ側)に行くのは……、さてさて、どんな望みなんだろう、やけに幼い詠唱だったが……まさかちびっ子ではあるまい。


 などと思考を切り替え麩ると、悠長な事を思い、ひゅるりと入る。中はザワザワとした、色々な世界のカケラがとっ散らかっている空間。


 そして空の陣が消える。異空間の香り持つ風が消え去り、魔界の風がそよそよと戻る。湖の畔は、始まった時と同じく唐突に静寂な世界を取り戻していた。


 りろりろりろろん、りろりろりろろんと、元のマーブルな色の空では、姿を隠していた鳥が戻ってきて、穏やかに飛びながら鳴いていた。



 ……、ひとつの魂の軌跡を見ている親方。それは詠唱をした者の持つ記憶。それが生温く蕩けるような闇の中で、割れた鏡欠片となり散らばり光っている。


 それぞれに映像が映り込んでいる。それはその者が生きていた時代、人生の記録、神が轢かれた道を、懸命に歩んだ者の記憶。


「なんとまぁ、恵まれてるのやら、そうでないのか……、愚鈍か?それとも清廉なのだろうか、こうも反することなく、そのままに生きる魂も滅多とないぞ、それにしてもニンゲンの嫉妬とは恐ろしいものだな」


 人々を助けよ、そう枷をはめられている魂。


 ――、森に住んでいた、薬草に詳しく、黒いパンのひと切れ、豆のスープひと碗で病人を治療していた。売れば高く引き取られる薬草を、危険を侵して取りに行った。それをタダ同然で惜しげもなく振る舞う、売って儲けることも無く。


 一部の欲深な商人、医師達が目の敵にした。


 魔女の汚名を着せられ、命を絶たれた。


 彼女は一切の弁明をすることなく、全てを飲み込み逝った。



 ――、街に住んでいた。善良なる彼女は知識に溢れ叡智に煌めいていた。王子に見初められ皇太子妃となる。愛された彼女、懸命に(まつりごと)を学んだ。そして何時しか、王子の良き相談相手となっていた、庶民から立った彼女。


 数多なる寵妃達の妬みを買う、そして……


 あらぬ疑いをかけられ、命を絶たれた。


 それがわたくしの運命、何も思うことはありませぬ、そう言葉を呟き、恨むことも振り返ることも無く、清らかな心で彼女は逝った。


 ――、城に住んでいた。幼き時からその美しさを讃えられ、才智溢れる彼女は長じて女王となる。国の為粉骨砕身で尽くした。恋もせず、国政の一貫として伴侶を選び、神が宣う、人の為に生きよという道を黙々と歩んだ。


 同じ様な道を歩いている事には、気がついてはいない彼女。しかし心の何処かに何かが潜んでいた。物悲しく寂しい女王。


 そして、戦を避けるために良かれとした行動が、皆の反感を買う。夫である名前だけの王の妬みが顕になる。清廉潔白な女王に、ついていけない者達の嫌悪もそれに重なる。


 退位を迫られ塔に幽閉された。


 国を売った罪人として、裁判にかけられる。それは結果ありきのもの。


 最後に彼女はふと思った。


 一度ぐらいはやりたい事をしておけばよかった……。


 そして、善良なる女王は断頭台の露と消えた。



「なんとまあ!気の毒な、生まれ変わっても、変わっても同じ事の繰り返しではないか!いや?最後の最後が少しばかり違うか」


 ……、どうして神の野郎も、もちっと違う展開の道を轢く事はしないのかねぇ……、この魂がよほど気に入っているのか……こりゃ可哀想だわな。


 親方は記憶を読み込み、ぐうる、ぐうると回りながら進む。


「今度こそは幸せな老後になるように!最初に苦労の連続にしておこうぞ!世界もちょっと変えてみよう!そして守護天使は……『アレ』にしておけ!アレならば力を落としているからの、丁度良い」


 何やらトンチンカンなそれが聴こえた。どうやら人生においては、良い事と、悪い事は等しくあるらしい。神の声だと親方はピン!と来た。


「……アホか!最初に、守護天使の奇跡の力が無ければ、ニンゲンなんて簡単に死んじまうぞ!」


 出口が近づいて来たのか、暗闇が薄らぼんやりと明るくなる。親方はふと思う。


 ……、なんで呼び出された?『記憶』が蘇ったのか?それとも、世界が違うと言ってたから……アレ?アレとは……まさか!まさか……。


 親方の甘く切ない記憶が蘇った。ブワブワとしている触感が熱く硬く固まる様に、細胞が動き出す。肉体が組み上げられていく……。



そして。




「ふぁぁ、な、ん、か!れれきら!みてみて、あんじぇりかあ」


「まあ♡成功で御座いましてよ、マリーゴールド様」


 親方を迎える澄んだ、たどたどしい声と、懐かしい甘い響きのそれが、意識体から構築してたばかりの、真新しい彼の身体を包んだ。


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[一言] マリーゴールド様、推せる( ˘ω˘ )
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