親方は油断してしまったのだ。
ほら、ちょっと来てごらん、お話が始まるよ。
魔界、悪魔の親方がトロリとした血が満ちる湖の畔で、カウチを据え昼寝をしようといている。足元に広がる柔らかな下草は、金と銀、朱色の珊瑚が小さき珠となり、花となり散りばめられている。
空は碧と骨白、黒と桃色が混じり、奇妙なマーブル模様が広がっている。金剛石が、キラキラチラチラ……、粒子となり混ざっている。
りろりろりろろん、鳥の鳴き声。黄色と紫色の羽を広げて、緑に光る鶏冠を持つ鳥が、ヒロヒロヒロロと、空を舞っている。
ゴロリと柔らかなそこに寝転び、それを見上げる悪魔の親方。パチン!と指を鳴らす、白いクロスが掛けられ、深紅の薔薇の一輪挿しが飾られている、小さなテーブルがぽん!と姿を表した。
「テーブルよ、飲み物の支度」
親方が命を出す。
了解しましたと言う様に、テーブルはクロスをフワリと揺らし、かたんことん、とグラスと酒瓶を出す。
「ん?ツマミは無いのか?気が利かぬテーブルだな」
親方が文句をつける。起き上がりカウチに座り直すと、酒瓶に手を伸ばそうとした。
その時!気を悪くしたテーブルが反撃に出る。
……、グガタガタガタカタガタ!一度に言え!と暴れ出すテーブル。バザザザ!クロスが翻る、上に飛び跳ね、置かれたグラスがカタコト踊る、酒瓶のコルクの栓がシュッポーン!と勢いよく抜ける。
それは、一度高く高あああく!天へ上がると、ピタ……と止まり、カチリ、照準を合わせる。そして……、ビュッ!親方目掛けて弾丸の様に進み降りる!
「ふおおおおぉ!す、すまなかった!テーブルよ下がれ」
慌ててパチン!と指を鳴らした親方。暴れるテーブルも酒瓶も、踊るグラスもコルクの弾丸も、シュワリと煙になりその場から消えた。
ふぃーと息をついた。
「はぁぁ……、頭に穴が空くかと思ったぞ……。アレの気が短いのもなんとかせねばならん……ああ、何かこう、癒やされる物を食べたいのぉ……」
そう言いつつゴロリと寝転び目を閉じた。
りろりろりろろん、りろりろりろろん、魔界の空で鳥が鳴いている。シュワワ……風が鮮血の湖に波紋を描く。
うむ……良き血の香りが、甘い菓子など、つまみたいものじゃ……、ウトウトと微睡みつつ、そんな事を思い描いていた。
りろりろりろろん、りろりろりろろん……鳥が鳴いている。
親方はスウスウと、カウチの上で寝息を立てていた。
シュワワ、風が吹く。血の香りを含んで……静かなる魔界の昼下り。
「えろいむえろっちゃいむ!いれよ アキュまぁぁ!」
その静寂を切り裂くちびっ子の声が響いた!空に魔法陣がとどーん!と浮かぶ!金に光るその円陣。
そこから轟々と、現世の風が産まれ、吹き降りグルグルと回る、走る、上に、天駆け昇る!
空の色は水色オンリー!白い綿雲、燦々とした太陽の光がそこにある。
人間界の空の色、風の香り、魔界と異なるもの。交わらぬ世界が、魔法陣の力でクロスした!
それは地表の物全てを巻き込み、ぽっかりと口を開けた円陣へと吸い上げていく。
「うほぉおおおおおお!?し!しまったぁぁ!寝てたから油断をしてしまったぞぉぉぉ!」
あーれー!と親方は召喚の呪文に、まんまと取り込まれてしまったのだった。風に包まれ空へと昇る。
りろりろりろろん、りろりろりろろん。