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「ニコラス、今回は見逃してあげるよ。でも次に私の婚約者に手を出したら.......分かってるね?」
メイリア検索をしてる間に今来た人物を見ようとするが、バートの背中で誰かは分からない。
〈ちょっとバートどいて〉
「無理だ」
殺気ダダ漏れのバートにどくように言ったか、彼は断固として拒否をした。そのため私は声の主の姿を見るのは諦めてニコラスの方を見たが、元々白い肌が真っ青になっていた。あんな姿では先程まで虚勢をはっていたとは誰も思わないだろう。
「しかし!」
「見逃してあげる、って言ってるのが聞こえないの?」
瞬間、階段の方からどす黒い魔力が開放された。
一瞬バートのものかと思ったがそうではないらしい。
「し、失礼します!」
ニコラスはそのまま転がるように階段へ向かって去っていった。
「さて、メイリー」
ゾワゾワっと鳥肌が立った。
名前を呼ばれただけで鳥肌が立つ?なぜ?
「その悪魔はなんだい?」
瞬時に椅子を倒しながら立ち上がり、階段から距離をとって剣に手をかける。
名前を呼ばれた瞬間、目の前の人物が検索に引っかかったのだ。
「ク、クリストファー様.......」
「クリスでいいって。何回言ったらまた呼んでくれるのかなあ」
クリストファー·チチェスター。チチェスター王国第1王子、つまりは王太子殿下。
私自身の記憶になかったのも当然で、この人物は原作で名前だけしか出てきていない。
しかし、メイリアの記憶ではこの人物は正真正銘彼女の婚約者。でも。
「……いつお戻りになられたのですか」
剣の柄を握っている手が震えていることが分かる。
本能が告げる。こいつはやばい、逃げろと。
この人は本来なら今、南のタウベ連合王国に留学しているはずなのだ。
原作では戻ってきていない。
「ついさっきだよ。学園内で殺しがあったって聞いて、メイリーが無事なのかいてもたってもいられなくて」
そう言いながら、床にちらばった食器や食べ物を魔法で消し、先程までニコラスが座っていた椅子に座る。
「ほら、そんな物騒なものから手を離して。久しぶりに会ったんだ、ゆっくり話をしよう」
「嫌です。何もお話することはありません」
ニコニコと笑い続ける彼。しかしその目は一切笑っていない。
「照れ屋さんなのは昔から変わってないね?大丈夫、先生方には今日メイリーはこの後授業を受けずに私といるって言ってあるから」
「なっ!」
時計を見ると、もうとっくに昼休みが終わってる時間だった。
慌てて下の階を覗き込むと、そこには誰もいない。
「ほらメイリー座って。話をしよう」
階段がすぐ近くにある。今なら逃げれる。
「逃げるなんて思わない方がいいよ。この悪魔がどうなってもいいの?」
そうだ、クリストファーは先程なんと言っていた?その悪魔は何、と言ってた。つまりは---。
下の食堂に向けていた体を声のする方向へぱっと動かす。
すると、バートが黒いもやの枷ようなもので壁に押さえつけられ、捕まっているのが見えた。
血の気が引く。
「バート!」
「メイリー。私は君に魔法を使いたくないんだよ。大人しく座って」
バートに駆け寄ろうとすると、クリストファーの顔から笑みが消えた。
それだけでこの空間の温度が一気に下がった気がした。
バートを置いては逃げれない。大人しくクリストファーの言うことに従い、椅子に座る。
「これでも我慢してるんだよ?本当なら今すぐ君を抱きしめたいし城に連れ帰りたい。タウベにいるときも、一時だって君を忘れたことなんてない」
「.......アルバートは私の契約悪魔です」
「ここでやっと説明してくれるんだね。なんでメイリーが悪魔なんかと。.......そっか、怖かったんだね。親友は殺されて、他に頼れる友達もいない。何より私がいない。ああ、可哀想なメイリー。今すぐ一緒に城へ行こう」
きんもちわるい!!ことあるごとに城に連れ帰ろうとする男とか、メイリアの趣味悪すぎじゃない?
私の手には負えなすぎる.......。
「クリストファー様」
口が勝手に動く。.......メイリアが代わりに喋っているようだ。
「クリストファー様はおっしゃいましたよね。わたくしが学園にいる間は手を出さないと」
「ああ。私も父から留学を命じられていたからね。本当なら出会ってすぐにでも押し倒したかった」
ひいいいい!何言ってるんだこいつは!!
目の前にいる彼はこの国の王族特有の薄緑色の髪をウルフカットにし、メガネをかけている。
レンズの奥からはアメジストのように美しい瞳が見えるが、そこに光はない。
ぱっと見れば彼も美形なため、こんな言葉をかけられたら好きになってしまう人も多いだろう。
でも考えて欲しい。メイリアが嫌っている人物を私が好きになれるわけがない。
私は私だが、メイリアでもあるのだ。
それに、共に戦うと約束した相棒、しかもチートのバートが捕まえられてしまった。そんなの恐怖でしかない。
「そしてこうもおっしゃいました。もし在学中に友人を10人作ることができれば、婚約を破棄してくださるとも」
「言ったよ。でも実際メイリー、友達1人しかいなかったじゃないか」
「なぜそのことをクリストファー様がご存知なのかは聞かないでおきます」
「聞いてもいいのになぁ。その友人も殺されてしまった。学園に半年もいて友人0人、しかもその友人を殺した疑いをかけられている」
そんな約束してたの!?婚約破棄のための条件が笑ってしまうくらいめちゃくちゃだ。仮にも王族と貴族令嬢の婚約、そう簡単に扱っていいもののわけが無い。
しかし、実際メイリアはそれを受け入れているし、受け入れざるをえなかったようだ。何があったの.......。
というかそれならクリストファーがめちゃくちゃ怪しくないか?
実際今の状況から友人なんてかなり難しい。
あまり社交的とは言えないメイリアは入学初っ端から友達作りに失敗したのだ。
クラス替えなどないためこの後友達を作るのは.......。
「.......まさか、クリストファー様がシェーラを」
「そんなわけないのはメイリーにも分かるよね?確かにメイリーと結婚したいけど、そんなことしてメイリーが喜ぶわけないし。特殊すぎる君と友達になる人なんていないんだから、話をされた時点から賭けは私の勝ちだ。それに、ミシェーラは光属性の魔法使いだ。国益を無視して殺すなんてしないよ」
ミシェーラが生きていようがいまいが、友達がこの後出来ないことをクリストファー様は分かっているようだ。
「メイリー、考えて欲しい。君は今16歳だ。学園を卒業したら18歳。そんな歳で、しかも王太子から婚約を破棄された令嬢なんて誰が欲しいと思う?下手な事をしてルークに迷惑かけたくないだろう」
「弟は関係ありません!」
ばんっと机を叩く。
ルークとはメイリアの4歳年下の弟。次期辺境伯で、今は後継者となるべく一生懸命勉強をしていた。
「わたくしはクラギン帝国と隣接する我が領で、国と民を守るために戦いたいのです。壁の中でぬくぬくと過ごしたいわけじゃない!」
メイリアも熱くなってしまったようで、素に戻りかけていた。
「.......その発言、メイリーじゃなかったらだいぶ不敬だからね?」
「不敬ならどうするのですか。捕らえますか?処刑しますか?今のあなたと結婚するくらいなら死んだ方がマシです」
「でもさ、闇属性の魔法を使う私より魔法を使えないメイリーの方が圧倒的に社会的地位は低い。でも私なら君を守ることが出来る」
話が通じないのかこいつ。
というか、さらっと言ったけどクリストファー、闇魔法使えるの!?
「今、なんと」
「あれ、忘れちゃった?私は光魔法ほどではないけど貴重な闇属性の魔法使い。同じ属性の魔法が使えたとしても、そこらへんの悪魔になんか負けないよ?」
闇属性は混合属性とも万能属性とも呼ばれる。
攻撃力が高いがそれはおまけのようなもので、複数人いなければ発動できないような高度な魔法を単身で使うことが出来る。
高度な魔法を使えるから、殺しや呪い、瞬間移動などほとんどどんな事でもできる。
悪魔はそれを使うから強いのだが、同じ属性の魔法同士では単純な力量差が勝つ。
だとしたら純粋な力量差はバートに軍配があがると思うのだが、きっとバートは転生してから日が浅く、まだ魔法を使いこなせないから捕まってしまったのだろう。
「この悪魔弱くない?すぐ殺せそう」
「っ!やめて!」
立ち上がり、壁にはりつけられているバートに近づき、庇うように間に立つ。
「お願い、彼を離して」
「メイリアにお願いされたら叶えてあげたいけど.......そうだ。これからクリス呼びしてくれたらその悪魔を解放してあげる」
メイリアの本心が叫ぶ。絶対に嫌だと。
今の彼をそう呼ぶ訳にはいかないと。
でも。
「.......分かりました、クリス、様」
「クリス」
「っ、クリス、お願いだから!」
クスクスと笑ってクリスが指をならす。すると魔法でできた枷が外れ、バートが解放される。
磔にされていたところからおさえるものがなくなったので、バートはそのまま私の方に倒れてくる。
「バート!」
「本当は触らないで欲しいんだけどなぁ」
それを支えようとしたが、勢い余って尻もちをついてしまった。バートの頭を私の肩に乗せるようにして、腕で抱え込む。
魔力が切れかけている。あの枷には吸収の魔法もかかっていたのだろうか。
「.......お、い、そこのクソ野郎」
バートが苦しそうに声を出す。
いつの間にかクリスは椅子から立ち上がり、私のそばに立っていた。
「賭けを、しよう、ぜ」
「私が悪魔とそんなことをするとでも?」
心から蔑んでいる紫色の目でバートを見るクリス。
「時間を、くれ。その間に俺たちはシェー.......ミシェーラを殺した犯人を見つける。そしたら俺たちの勝ち。それまで、にみつけられ、無かったらお前の勝ち。俺は、メイリアと、契約を切る」
「ほう」
「バート!」
「だけど!犯人を見つけたら、お前はメイリアと婚約を破棄しろ」
「はっ、婚約破棄をしたらメイリーだけじゃない、トルストイ辺境伯までも影響を受けるんだぞ」
「穏やかに、メイリアに非がないように、だ」
「断れば?」
「俺は今メイリアを殺す」
はっとなってバートを見る。
紅い瞳には決意が宿っていた。
1度死んだ身だ。殺されるのなんて怖くない。
私はバートと目を合わせ、小さく頷いた。
「.......いいだろう。なら3週間だ。3週間で犯人を見つけろ。それが出来なければメイリーと婚約は破棄しないしお前は契約を取り消せ」
「ああ、いいぜ」
その後なにか2人で魔法の詠唱をし、クリスは先に専用食堂から去った。
「バート!なんであんなこと!」
「犯人はもちろん見つける。それは最優先事項だ。けど、お前が傷つくのは嫌だ」
私との契約を切ったらバートは。
しかしバートは教室の時と同じ、優しい手つきで私の頭をなでる。
その顔にある笑顔はとても優しくて、暖かいものだった。
***
「クリス、昔はあんな風じゃなかったの」
クリスの手回しで午後の授業は休むことになっていたので、癪に障るがそれを利用して自分の部屋に戻ってきた。
そして、ベッドにバートを寝かせて自分はベッドの縁に座る。
「婚約したのは4歳の頃。当時7歳だったクリスがメイリアに一目惚れしたんだって。王太子がトルストイの娘と婚約なんて、正直両親も世間もそれはそれは驚いてた」
口から出るのはメイリアの記憶。
クリスとの出会いで思い出した、小説では一切描かれていない、メイリアの過去。
「変わってしまったのは、それから10年後。北のクラギン帝国へ国王陛下と一緒に外交をしてきた後だった」