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この世界でも1年は365日だし閏年はあるし1日は24時間。曜日も同じである。
今日は木曜日なのだが、毎週土曜日の昼休みに教室棟の掲示板にて更新されている学園通信というものがこの学園にはある。
しかし今教室棟が封鎖されているため、特例として今回は各部屋1枚ずつ配布されることになったらしい。
食後の紅茶を飲みつつ学園通信に目を通す。
「授業開始は月曜から。つまりあさってだね」
「学園通信とかいいつつミシェーラの殺害のこととか学園内の容疑者の生徒の処刑とかは書いてないんだな」
「そんなバイオレンスなこと、多感な生徒たちに向けて書くわけないじゃん。ミシェーラが死んでショック受けてる子も多いだろうし」
他は生徒の功績を称えたり、部活勧誘の広告など重要なことは特に書かれていなかったため読み飛ばした。
「こうも学園が封鎖されてると情報が入ってこないし孤立されてない?」
「平民の方が多いんだから仕方ないんじゃないか?聖女と呼ばれてたとはいえミシェーラはまだ魔法使い見習い。普段生活しているなら死も何も知らされないさ」
そう、ではあるけども。いまいち釈然としない。
「生徒がどれくらい連行されて殺されたのか。こんなに早く人が死ぬなんて原作改変すぎるよ」
物語が変わったことで、死ぬはずではなかった人達が死んでいる。
犯人がいるのであればこの惨事を早く終わらせなければいけない。
「とりあえず授業が始まるまで特に何も出来ないだろ。シュヴィに外室禁止にされたもんな」
「誰のせいだと思ってるんだか」
本当は植物園以外も見たいのに。
焦る気持ちを落ち着けようと残った紅茶を飲み干し、デスクへ向かう。
そういえばまだ手紙を全て開けていなかったことに気づいたのだ。
残り3通の手紙をひとつひとつ開けていく。
2通は多忙な父と母から。
故郷であるトルストイ領はクラギン帝国とここチチェスター王国の国境付近にある。帝国との間には魔物の森があり、日々魔物との防衛戦を繰り広げているため、本来であれば手紙を書くことなんて出来ない。それなのにわざわざ書いてくれている事実に胸が暖かくなった。
両親。メイリアの両親と自分の両親は全然違うなと苦笑する。
そして最後の1枚の封をきり、中身を見る。
【ゾバグ リドゲ ドバザ ガテロ】
そう書いてあるだけだった。
封蝋は無印。
平民は印を押さないため、シュヴィはこれが平民からの手紙だと思ったのだろう。
何かの呪文かと思ったが、原作にこんなものは出てきていない。
意味がわからないのでとりあえずデスクの引き出しの中に入れておくことにした。
***
「チェック」
「ぐぬぬぬ」
日曜日。シュヴィを伴って大聖堂へ赴き加トちゃんぺっでお馴染みの祈りを捧げたあと、自室でアルバートとチェスに勤しんでいた。
「11戦全敗のお気持ちは?」
「も、もう1回!!」
11回目の敗北が決まってからリベンジのために駒を配置に戻す。
私はそこそこチェスが強い方だったはずだったのだが、この悪魔は先の先の先くらいまで見据えてるようで、勝機が全くみえない。
「盤面ひっくり返さないだけ立派だと思うよ」
「はっ、その手があったか!」
「.......やめろよ?」
結局12敗したところでアルバートが飽き、私は片付けをし始める。
「敗者が片付けするのに異論はないんだが、メイリアって仮にも令嬢だよな。こういうのって使用人がやるもんじゃ?」
「トルストイ家は魔道学園を卒業したら基本男女関係なく魔物と戦うために戦場にいることが多いから、身の回りの事とかは基本自分で出来るようにしなきゃいけないみたいなんだよ」
着替えも出来れば自分でしたいのだが、ドレスを自分一人で着れる気がしないし、シュヴィは私が学園にいる時だけは他の令嬢たちと接するため譲れないみたいだ。
まあ、領に戻れば自分で全てやるのだが。
「なんか、原作にない所だろうとこう細かく作られてると、やっぱりここは小説の世界だけど現実なんだなって思うよ」
「帰りたいとは思わないのか?」
帰る?
チェスを片付ける手を止め、向かい側に座っているアルバートを見る。
「帰るも何も、私は1度死んでるの。別にあの世界に思い入れがあった訳じゃないし」
「red 13が生きがいだったんだろ?完結してないのに死んでよかったのか」
「生きがいだったからこそだよ」
立ち上がり、戸棚にチェスセットをしまう。
「死ぬ直前に、作者が死んだってSNSに投稿されているのを見たの。それでもうどうでもよくなっちゃって。花の女子高生だったのに、両親とも上手くいってなかったし友達もいなかったし」
そのままバルコニーへ向かって扉を開ける。
冷たい空気と王国に沈む夕日が見える。
「そのまま電車に飛び込んだんだ。そしたら大好きなred 13の世界に来れたんだよ、こんなに嬉しいことないじゃん」
そのままバルコニーの端まで進んで、振り返る。
「なんでそんな顔してるの?」
悲しいような、申し訳なさそうな、嬉しそうな。
「橘まとい」
「?」
「作者の橘まといのこと、恨んでるか?」
だんだん日が落ちて辺りが暗くなっていく。
それに従って部屋のろうそくが自動的にともる。
どうしてここで作者の名前を出すのだろう。
作者が死んだから私が死んだのは事実だが、自分の意思で死んだのだ。一読者が勝手に死んだに過ぎない。
なのに。
「俺は許せない。自分の身勝手で1人の、目の前にいる女の子を殺したんだ」
俯いて、呪詛のように恨みの籠った声でそう言うアルバート。その表情は見えない。
「恨んでないよ」
ばっと顔が上がる。暗闇に光る紅い瞳。
「そりゃ自分が死んだ瞬間を思い出そうとすると今でも辛い。でもあの生き地獄からこの世界に来れたんだよ?それって本当に奇跡じゃない」
アルバート、いや、前世の彼に語りかける。
「私はこの世界が好き。この世界を育んでくれた橘先生が好き。恨めるわけないよ」
そう言って、アルバートの白い頬に手を伸ばす。
血の通っていない頬は冷たかった。
「バート」
「へ?」
「バートって呼んでほしい。俺もメイリアをメイリーって呼びたい」
男女で愛称で呼ぶことは---
「恋人としてじゃなくて、共に戦う友人として。俺は今君に救われた」
頬に触れる私の手に、彼の手が重なる。
「いいよ。明日から本格的に学園生活が始まるんだから。頼りにしてるよ、相棒」
シェーラの代わりにはならないけど。
頬から手を離し、1歩後ろに下がって拳を前に突き出す。
アルバートもといバートは笑って、己の拳を同じように前に突き出してお互いの拳をぶつけあった。