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***
「おはようございますお嬢様。本日の朝食は.......。」
シュヴィの声がする。まだ眠い。
「おーい、俺の魔力に当てられて気を失ったお嬢様、起きろー」
耳元で低めの、しかし耳障りのいい声がした。
男性の。
男性の?
そっと目を開けると、目の前には整った顔をした昨日の悪魔がいた。
「うわああああああああ!!」
「どうされましたか?悪夢でもご覧になりました?」
シュヴィは何事もなかったかのように食事の準備を進めている。
「シュヴィ、見えてないの?」
「何がです?」
そうでしたこの私の隣で寝てるド変態悪魔は他の人には見えないんでしたねええ!!!
「おいおい、朝からそんな大声出すなようるさいな」
「おんまっ」
「お嬢様、お食事の準備が整いました」
信じられないと思いながらアルバートを乗り越えてベッドから出て、朝食を取ろうとする。
「こいつ誰だっけ、こんなの原作にいたっけ?」
.......のにこの悪魔、シュヴィの周りをうろうろうろうろしていて目障りで仕方がない。
我慢、我慢だ私。ここで声を出せば何かに取り憑かれたとシュヴィに心配させてしまう。
.......まあ実際取り憑かれているのだが。
「お、美味しそうなスコーンだな、1個俺にくれよ」
ソファの隣に座ってきた悪魔を無視してスコーンを全て食べ終わると、シュヴィがドレスを持って待機していた。
嫌な予感がする。
「さあお嬢様。お着替えの時間でございます」
***
結局またシュヴィに負けた。それに、アルバートに全部見られた。
「死ぬしかない」
「ちょ、窓開けるな閉めろ危ないだろ!」
シュヴィが去って2人きりになった部屋で自殺しようとする私をアルバートが止め、強制的に私をソファに転移させた。
「いっそ殺してよ.......」
「ちゃんと後ろ向いて見てなかったって。それにお前に死なれたら困るのは俺だからな。犯人捕まえるまで絶対にお前を守る」
あ、それ。
「4巻第4章スカート泥棒編でスカート盗まれたミシェーラに言った言葉だ」
「.......正解、よく分かったな」
今考えるとなかなかやばいストーリーだが、4巻は後々の伏線回収が割としっかりしてて好きな回なため、特に重点的に読み返す巻だった。
「もしかしてアルバートの前世も結構なred 13好き!?」
「近い、近い!!」
ソファの隣に座るアルバートに、初めての原作好きの知り合いに興奮が覚めず顔をグイグイと近づける。
「そりゃあな。なんせ俺はred 13の」
「熱狂的なファンなんでしょ?私も!嬉しい!」
スキップしたくなる気持ちを抑えてアルバートの腕を掴んだ私に、何か言いかけていた彼はそれを辞めた。
「ミシェーラ推しとか王道だね」
「お前は?」
「箱推し」
「急に真顔になんな」
コンコン
ノックの音がした。
「誰だろう、はーい」
扉を開けると、そこには完全武装の魔法使いが3人ほど立っていた。
「え」
「メイリア!!」
さっと私と魔法使いの間にアルバートが入る。
先ほどまでは微塵も感じなかった彼の魔力が遠慮なく解放された。
それは、守られているはずの私もたじろぐ程の魔力量だった。
「め、メイリア·トルストイ辺境伯令嬢。貴方様に裁判所へ赴くようにと国王陛下から仰せつかいましたため参上いたしました。こちらが礼状です」
アルバートの姿を見ることのできない彼らだが、魔法使いである為魔力には敏感であるはず。
アルバートの魔力を私の魔力だと勘違いしているに違いない。
「理由は?」
「聖女ミシェーラ·エルメス殺害容疑です」
イヤマアデスヨネーとしか言いようがない。
メイリアはモブもモブ、おそらく作者も忘れていたであろうキャラクター。
つまり何も波のたつことをしていないため疑いをかけられるならこの前のミシェーラ殺人事件でしかない。
しかもメイリアは第1発見者。疑われるのは当然だろう。
「メイリア、裁判所にいったが最後なのは分かってるよな?」
アルバートの言葉に、魔法使い達に気付かれない程度の小ささで頷く。
そのまま下を向いて俯く。
現王はかなーりやばめの人なので、行ったら冤罪だろうとなんだろうと罪に問われるだろう。
しかも、殺されたのは聖女となる予定だった光属性の魔法使いミシェーラ。
それにメイリアは仮にも辺境伯令嬢。冤罪だったとしても罪に問われれば家柄に何らかしらの影響はあるだろう。
〈どうすれば.......〉
「願え」
顔を上げる。アルバートの紅い眼と視線があった。
そうだ、ここはred 13の世界。目の前にいる悪魔はそんなのあり!?を繰り返してきたミシェーラの相棒。
「アルバートお願い、なんとかして!」
「了解」
黒い風が吹いた。
流石は魔法使いと言うべきか、目の前の魔法使いたちは魔力の動きに反応して構えようとしたがアルバートの方が早い。
3人いた魔法使い達はひとまとめにされ、アルバートと共にどこかへ消えていった。
うん、何するんだろ。
自分でもちょっといけないことをしたと思った。
中身が違うから大丈夫だと信じたいが、悪魔のアルバートは割とグロいことを容赦なくやる。
あの魔法使いたち、無事だといいなぁと遠い目をしていると、同じ場所に魔法使いが戻され、アルバートも戻ってきた。
「な、何したの?」
「内緒」
それがまた怖いんすよ知らないんですか??
ひいいと思いながら魔法使いの方を見ると、何やら幸せそうな顔をしている。何されたんだ。
「今なら質問でもなんでも聞いてくれると思うぞ」
「分かった。私の容疑はほぼ確定してるの?」
「いえ、まだ容疑者はいるのですが、裁判所へ同行への反応を我々が見てきて参考にしたいと」
アホ王。王からの裁判所に来いなんていう話なら誰でも恐怖だわ。
「私はミシェーラの親友。それに彼女が死んでいい事なんてひとつもありません」
あれ?
「救えなかった。私が魔法を扱えていればシェーラは助かったかもしれないのに」
言葉が、涙が溢れてくる。
「不敬であるのは承知ですが、例え王であろうと、私たちの友情を疑うことなどそんなことは許されません。お帰りください」
魔法使いたちはそれを聞くと申し訳なさそうに帰っていった。
「今の、原作にないな」
扉を閉めてその扉に寄りかかったアルバートが言う。
自分でも驚いている。自分の言葉ではない。
「メイリアのっ.......メイリアが話したのよ」
私は名取こもも。でも同時にメイリア·トルストイであるのだと強く感じた。
***
ベッドですやすやと眠るメイリアの髪を撫でる。
透き通るような金髪のストレートヘア。こんな風に書いた覚えはない。
悪魔は睡眠を必要としないのだが、前世が人間であることを思い出した以上、なんとなく眠らないことに違和感を感じた。
何百年も生きてきたはずなのに、今になって眠気が来ないのが新鮮に感じるなんて。
そう思いながら髪に触れていた手を頬へとすべらせる。
「まとい先生.......」
ぶわわっと逆毛が立つ感覚があった。
まさか、そこまで。
顔が一気に赤くなるのを自覚する。
血の通っていない悪魔が赤面するとは何ともおかしいものだ。
カタッ
その時、静かな音が響いた。
数は.......5体。しかも相手は悪魔である。
「低級悪魔ごときがここに足を踏み入れられるとでも?」
窓が静かに開き、人では無いものが部屋へと入る。
が、次の瞬間には元々そこに存在していなかったかのように消滅していた。
***
〈脳内で話したことが聞こえるなら昨日のうちに言ってほしかった!〉
「原作忘れたお前が悪い」
食事をしながらシュヴィの上でふよふよと浮いている悪魔に文句を言う。
昨日の魔法使い騒ぎのお礼としてデザートのタルトを1切れ渡したため、アルバートはかなり上機嫌だ。
「ねえシュヴィ。学園はいつ再開しそう?」
「噂ですと容疑者が数名連行されたため、あと数日だと思われます」
「連行ねえ。絶対に見せしめに処刑されるぞ、そいつら」
あはは〜。アルバートがいなかったら自分も怪しかったと思うと苦笑いしか出来ない。
王は魔法使い達に同行の反応を見てとか言ってたみたいだけど、そんなの慌てたらほぼ有罪って言ってるようなものじゃない。
〈ねえアルバート。そろそろ消えてくれてもいいんじゃない?〉
「は?なんで。どこに」
〈なんでって〉
「お嬢様。お着替えの時間でございます」
〈.......分かったでしょ〉
「しょうがないお嬢様だね。どっか見えないとこ行ってる。何かあったら呼べ」
見えないだけで声の聞こえる範囲にはいるってこと?ぜんっぜんダメなんですけど!?
ああ、うら若い乙女の体を見られるなんてたまったもんじゃない。
「抵抗しなくなったのですね」
「へ?」
下着姿になった私にシュヴィが声をかける。
「.......慣れって怖いね」
「そう、ですか」
なぜかシュヴィが複雑な顔をしたが、その真意は私にはわからなかった。
***
学園のいちばん高い所、大聖堂の屋根の上で片膝を立てて座り下を見下ろす。
学園は山頂にあるため、同じく山頂にある王城以外で唯一王都全体を見渡せることができる。
学園自体は封鎖されているが、生徒たちの流れが完全になくなったわけではない。
メイリアのような貴族の面々は個室が与えられて食事も自室でとるが、平民は大食堂でみんなで食べる。
貴族のメイリアがなぜ大食堂で食事をとり、ミシェーラに声をかけられたのかは謎だが、それによってこうして繋がりができた。
メイリアとミシェーラが親友でなければ、そしてメイリアが転生者でなければ、契約者を失った悪魔の自身は暫くしたら消えてしまう運命だった。
「メイリアがあんなに可愛いんだったらもっとちゃんと書いとくべきだったな」
その時、大食堂が何やら騒がしいことに気づいた俺は、メイリアのところに戻る前にそこへ向かうことにした。
***
「で、その騒ぎの原因は?」
「なかった」
「なかった?原因がなかったならどうして」
「騒ぎを起こす原因なんてなかった」
「.......何が言いたいの?」
「朝食時だった。生徒も大勢いた。でもその騒ぎで俺が大食堂に着いた時は誰もいなかった」
誰も.......?
「アルバートっ」
「探した。大食堂にいた生徒たちはなぜか部屋に全員いて、朝の大食堂で何があったかなんて誰も覚えちゃいなかった」
生きた人間は誰も、とか言い出すのかと思って焦ったが、それは杞憂だったらしい。
「でも、なんでわざわざそんなことを?」
「大食堂で何かあったからと考えるのが妥当だろう」
「でもこの世界はそんなに簡単じゃない、でしょ?」
紅い眼と目が合う。
「調べよう。大食堂以外の場所を」