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ヒーローは遅れてやってきます
「最後に一緒にいるのがあなたでよかったわ。メイリア·トルストイ、ありが.......と」
彼女にそう言われ手が床に落ちたあと、先生たちが駆けつけたとき、私はミシェーラの隣に倒れていたらしい。
強力な魔力を使った痕跡を残して。
そして2日経った後、私は目覚めた。
が。
「待って、ここどこ?」
元のメイリア·トルストイとしてではなく、日本の女子高生名取こももとして。
***
「っはーー。何周目でも感動の余韻がすごいな」
red 13の6巻をベッドに置き、身支度のために洗面所へと向かう。
鏡の前に立ち、自分の顔を見る。
名取こもも。LJK。趣味は読書、というかファンタジー小説のred 13を読むこと。
red 13は剣と魔法の世界で、貴重な光属性の魔法使いとして生まれた庶民の主人公ミシェーラ·エルメスが、突如として増えた魔物たちを倒す聖女として活躍していく、というありがちなファンタジー小説である。
しかし、文の拙さやストーリーの雑さから酷評を受けている。そんなことないのにな。
既刊は全6巻あり、執筆の速さだけには定評があるーーーはずだったのだが、ここ2年ほど更新が止まっている。
red 13だけが生きがいの私としては何年でも待てるが、そろそろ続きが読みたい。
いつも通り髪をひとつにまとめるだけまとめて洗面所を後にし、自室に戻って学校へ行く準備をする。
コンコンと、誰かが私の部屋の扉をノックする。
扉は空いていたため、特に返事も何もしないで準備を進める。
「おいこもも。いい加減ちゃんと話をしろ」
「うっさいな。進路なんて私の勝手でしょ?なんでお父さんに話さなきゃいけないわけ?」
「勝手なわけないだろ。どうして父親の言うことが聞けないんだ」
スクールバッグを持ち、部屋の出入口の前で私を睨んでいる父に睨み返す。
「どいて、遅刻する」
強引に父をどかし、玄関へ向かう。
「こももちゃん、朝ごはんは.......」
「いらない」
母の言葉にも冷たく返し、家の扉をわざと音を立てて閉める。
学校へ向かう足が重い。行ったところで友達なんて居ない。
そう思った時、ふとかばんにred 13の1巻を入れてくるのを忘れたことに気づいた。
「最悪」
駅に着き、改札を通ってホームで電車を待つ。
時間つぶしのためにSNSを開き、さらっとTLを流していく。すると、ふととある投稿に目がいった。
red 13の作者、死んだらしいよ?
「.......は?」
パーッと電車の音が鳴る。
なんだ、私が生きてる意味、もうないじゃん。
そして私は、電車に飛び込んだ。
***
飛び込んだ、はずなのだ。確かに飛び込んで私はーーー
「おえええっ」
「お嬢様!大変、少々お待ちください」
私は、死んだ。そう、死んだのだ。あのとき電車に引かれて確かに死んだ。
ではここは死後の世界か?いや、それにしては、
「あまりにも出来すぎてない?」
ここはred 13の世界。何十回も読み返した私にはわかる。
前世の世界には転生物の創作物なんて山の数ほどあったから、こういう状況になってしまったけれど一応の理解は出来る。
そして、倒れる前にミシェーラが呼んでいた名前から、私の正体はわかった。
せっかく大好きなred 13の世界に転生できたというのに、なんで、なんで!
「モブ親友のメイリアなのよ.......」
私が己の境遇を嘆き頭を抱えるのと、使用人がタオルを持って入ってくるのは同時のタイミングだった。
***
その後は少し大変だった。
前世の記憶が蘇ってしまった以上、今世の事象に慣れるのには少し時間がかかる。
何が言いたいのかというと、着替えのときに一悶着あったのだ。
今のメイリアが何歳なのか正直分からないが、中に入っている私は女子高生なのだ。着替えなど一人で出来る。
そう主張したのにも関わらず、使用人は私を着替えさせようとしてくるので、そこで攻防戦が始まった。
「いーやーだー!!!」
「だめですよ、お嬢様。確かにお年頃ですから恥らわれるのも分かりますが」
「ならやめてよ!?1人で着替える!」
「領地での服装ならまだしも、ドレスをおひとりで着替えられたことなどないでしょう」
そんなの嘘だと思っていたが、私の中に残っているメイリアの記憶には確かに一人でドレスに着替えたことはなかった。
「とりあえず汚れてしまわれた洋服だけでも脱ぎましょう」
確かに自分が死んだことのショックでお口からキラキラしたものが出て高そうなベッドやら着ている洋服やらを汚したのは認めよう。でも、人前で体を晒すのは違う!!
***
結局使用人に負けて身ぐるみ剥がされ、綺麗(で高そう)な洋服に着替え(させられ)た。
「案外お元気そうで安心しました。学園はしばらくお休みだそうですので、ゆっくりお休みください。お嬢様が倒れている間のお手紙はデスクに。お目通しください。それでは失礼します」
そう言って嵐は去っていった。
デスクと思われる、部屋の窓際にある少し大きめの作業机に向かい、椅子に座る。
手紙は5通ほど。その中に1通だけ、見てわかるほど高級な封筒が混じっていた。
封蝋は王立魔道学園。私もといメイリアが通う学園だ。
手紙の近くに置いてあったペーパーナイフで封を破り、中の手紙を読む。
手紙の内容は、学園内での事件に伴いしばらくの間学園が閉じられるというものだった。
生徒は庶民で街から通ってるものも一時的に学園に留まらせているようだ。
「これって犯人探しってこと?」
学園内に何かしらの事件の犯人がいると上は考えているらしい。
次の手紙の封を開ける。
「.......うそ」
ミシェーラの葬式の案内状であった。
学園長も同伴するため、特例としてこの葬儀だけは学園外に行くことが認められているらしい。
***
ミシェーラ·エルメス。
red 13の主人公であり、光属性の魔法使い。
メイリアの親友ではあったのだが、なにせメイリアは辺境伯令嬢、ミシェーラは平民と身分の差がかなりあった。
メイリアが大食堂でご飯を食べていたミシェーラに声をかけ、そこから仲良くなったという設定ではあるのだが、その後忘れ去られたようにメイリアは原作にほとんど出てこない。
ほんのちょっとさらっと書いてあったりするのだが名前があるわけではなく、ただ親友と話した、といったものが多かった。
***
しかし、メイリアの記憶にはミシェーラとすごした日々の記憶が色鮮やかに残っている。
原作で描写しきれていないモブのメイリアだが、小説が現実になるとこんなにも濃く残るものなのか。
そんなミシェーラが、死んだ。
原作にはないストーリーである。
原作はミシェーラが契約悪魔のアルバートと共に魔物を倒したり、光の魔法を妬んでいる人に命を狙われて退治するといった話の繰り返しのようなもの。
実質最終巻の6巻ではミシェーラとアルバートが恋人同士になった後に、悪魔と契約しているミシェーラを悪魔信仰教によって連れ去られてしまうというところで終わっている。
ミシェーラはその後死んだのかもしれないが、そこに至るまでの原作とメイリアの記憶に食い違いがある。
まさか---
コンコン
「失礼します。少しでもお口にした方がいいと思いましたので、軽食をお持ちし」
「ねえ、今って何年の何月何日!?」
椅子を勢いよく倒し、食い気味に、古くからメイリアに仕えている唯一の使用人のシュヴィに尋ねる。
「精霊歴728年3月14日ですが、どうかなさいましたか?」
シュヴィは驚きもせず椅子を直した後、慣れた手つきで紅茶を入れる準備をしていく。
728年3月.......?
6巻はミシェーラが入学して2年後、729年8月。
つまり、
「原作より前の世界でミシェーラが死んでるってこと?」
「お嬢様、ご気分優れませんか?」
呟いた声はシュヴィには届かなかったらしい。
レタスとハムが挟まれたサンドイッチと紅茶を部屋の中心にあるローテーブルに置き、ソファに腰掛けるようにシュヴィに促される。
「.......シュヴィ、ミシェーラの葬儀に参加する旨を学園長に伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
1人になった私は、サンドイッチを乱暴に掴んで口に運んだ。
「じょーだんじゃないわ!!!!!!!」
そう言ってサンドイッチをたいらげたあと、紅茶をこれまた無作法にごくごくと飲み干した。
「神聖なる原作を変えるなんてありえない。ミシェーラを殺した犯人が必ずいるはず。絶対に、絶対に見つけてぼっこぼこのけちょんけちょんにしてやる」
紅茶のカップをソーサーにガチャン!と音を立てて置く。
私の心は怒りで充ちていた。