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第32話 ゴブリン文化(4)

 一ヶ月後、聖は再び視察でフラムのいる工廠を訪れていた。


「その後、ゴブリン兵たちの様子はどうですか?」


「おう、師匠。効果は抜群だぜ。あれから、頭がおかしくなるゴブリンはほとんど出てねえ」


 フラムは満足げに答える。


「それは上々です。ショーのアイデアの方は問題ありませんか? マンネリ化するのは良くありませんからね」


「それも大丈夫そうだ。なんせ、ゴブリン共から、次から次へアイデアの具申があって大変だって、部下の奴らがボヤくぐらいだからな。ついでに、ゴブリン同士の交流も活発になって、連帯感が増したらしいぜ。『共通の話題』ってやつができたからかな」


「素晴らしい。ゴブリンに『文化』が誕生しましたね。文化はいいですよ。心を豊かにします」


 聖は皮肉っぽく言って、拍手をする。


 残虐?


 だからどうした。


 昔、スポーツハンティングは貴族のたしなみとされていた上等な趣味だった。


 しかし、聖のいた時代に至っては、動物虐待だと非難されていた。


 文化への評価など相対的で、流動的なものだ。


「文化ねえ。オレの作ってる服と同じで、ヒトと関わっていくのに必要だってことか?」


 フラムが羽織っているジャケットを摘まんで言う。


「その通りです。実際、今回も『文化』による副次的な効果も認められました。プリミラさんの報告では、ゴブリンの種付けの際の加害行為が顕著に減少したそうです」


「そうなのか?」


「はい。ゴブリン兵たちの中で、『ただ弱い奴を暴力で痛めつけるのは馬鹿なゴブリンのすること。かしこいゴブリンならば、精神的に苦しめる方法を考え出すべきだ』という価値観が生まれつつあるようです。ただ暴力だけで陵辱するような粗忽者は、周りから馬鹿にされると聞いています」


「師匠の見せたショーがよっぽど衝撃的だったんだろうな……確かに、『文化』は今後、ヒトの土地を占領するなら、有利になる。手あたり次第にヒトを陵辱するような奴らは使えないからな」


 フラムが納得したように頷く。


 この大陸にはまだ聖の把握してないゴブリンの小集団が点在しているかもしれないが、彼らもやがて『文化』に呑み込まれていくだろう。その暁には、ゴブリンによるヒトの被害はぐっと減るはずだ。皮肉な話だが、定期的にヒトを生贄にすることで、ヒトは安全と安心を得られるのだ。


「そういうことです。ゴブリンが計画性を身に着けたなら、ヒトの世界でも、必ず一定数犯罪者はでますから、彼らの処刑をゴブリンに任せることで、問題なく秩序がつくれます」


「なるほどねえ……。そういや、部下の奴らが、ただのゴブリンから、ゴブリンメイジに転化する個体が増えてるとも言ってたな。これも、『文化』の影響かね」


「転化? 進化とは違うのですか?」


「進化は魂を集めて上の存在になることだ。転化は同じクラスのまま、別の特性を得ることだ。ヒトの冒険者でいうと――そうそう、転職ってやつだな。例えば、この工廠のスライム共が毒を喰らって、『ポイズンスライム』になるのと同じだ」


「頭を使うようになった結果、知能の発達が促され、ゴブリンの知的階層が増殖したということでしょうかね。――まさに、禍福はあざなえる縄のごとし。不幸の後には幸福が来ましたね。これで、アンチディスペル要員の不足も気にしなくて良さそうです」


「おう。あれだな。モルテの奴の仕事だろ? 脳虫火草(のうちゅうかそう)を使って、ゴブリンメイジの脳みそをつなげて、アンチディスペルを詠唱できる仕組みを開発したっていう」


「これもまた分業ですよ」


 聖はにっこりと微笑む。


 ゴブリンメイジは下級モンスターのため、本来、高度なアンチディスペルを詠唱するほどの能力はない。しかし、聖の命を受けたモルテは、複数のゴブリンメイジに詠唱を区切って分担させることによってそれを可能にした。


「ともかく、これで戦争の準備は整ったな。――数ヶ月前は、正直、こんな計画本当に上手くいくのかよって思ってたけどよ。やれば出来るもんだな。やっぱ師匠はすげえよ」


 フラムが賛辞と共に頭を垂れる。


「皆さんの努力あってこそですし、私に出来るのはここまでです。実際の戦争はフラムさんたちにお任せするしかありません――よろしくお願いします」


「お願いされるまでもねえ。生き残るための戦いだ。全力でやるさ」


 フラムがジャケットの襟を正す。


かくて時は満ちた。


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なお、感想には全てありがたく目を通させて頂きますが、個別の感想返しはできないことが多いかと思いますので、ご承知おきください。


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