支援者
魔導帝国商人フィグロ・キーマは、船着き場を歩いていた。
「失態だ。足取りを見失うとは。」
流石の彼も、万能ではない。
侵入出来ない所や不得手な場所がある。
頑張れば成果が出る。続ければ夢が叶う。調べれば正しい答えが判るなどと言うのは、商人が客を騙す時に使う虚構だ。
人員も資金も時間も限られる現実。
他者だって頑張っているのだ。手法を変えなければ出し抜けない。社会は嘘だらけだし間違いを信じている愚者だらけだ。
海面を恨めしく見つめる彼の耳に、人間では聞こえない声がする。
『オーグ様。オーグ様。』
声の方を見ると、荷揚げされた大きな荷物の影から、手招きする濃い緑色の手がある。
フィグロは、荷揚げされた物を眺める様にユックリ歩き、その荷物に寄り掛かる。
『シードラゴンか?珍しい。何をしている。』
『オーグ様。お久しぶりです。ここから逃げた奴の情報はお持ちで?』
『知っているだろう?私は海水が、ことのほか苦手なのだ。』
フィグロ・キーマは、船着き場を見て、何やら考えている様だ。
『その奴等は、御使い様からの御告げで、突き止めてあります。別の者が対処致しますので、オーグ様は、支援者を始末して下さい。』
『御使い様の指示とあれば、是非もない。で、支援者とは?』
『連合国のシナモ商会とチャーチのランカート商会。フィップスのサイラス商会、ネッサのカント商会の内部に支援者が居ます。陸は我等が苦手なので、お願いします。』
『それだけ解れば、後は任せよ。』
フィグロ・キーマは、含み笑いをしながら歩き始めた。
「ふふふっ。お役に立てる。頭はお任せするにしても、手足は喰い千切って御見せしなくてはな。」
彼は一旦歩みを止めて、辺りを見回す。
「四ヶ所か?人手を集めるか?身近で増やすか?」
しばらく立ち止まって考える。
彼は、今、旧連合国の船着き場に居る。
「連合のシナモ商会で人手を増やして、南のチャーチのランカート商会を片付けよう。西部と帝国の分身に早便で手紙を送り、フィップスのサイラス商会とネッサのカント商会を潰すか。」
商会内の支援者を探す必要は無い。サマサ商会のやり方は、ジャシャーカを喰って知っている。
資金と重役を投入して、他の商会を従業員ごと乗っ取る。
店主や店員に、その気が無くとも、手を貸してしまったのは責任をとってもらわなくてはならない。
「商会ごと、喰らうか?」
手紙は簡単だ。『主の命により、○○商会を喰らえ』で判る。
彼のやり方には幾つかあり、丸ごと行方不明も有るが、他の方法もある。
商会長に寄生して成り代わり、許可と資金提供が受けられた為に、他国への出店が出来ると言う話をする。
その為に、人員の増加をして業務の習得をさせるのだが、その人員はキーマ商会の乗っ取り専門要員だ。
普通の人間だが、欲深く、使える奴を用意してある。
既存の従業員や関係者を全員出勤させて、教育をさせるのだが、ここで拒否すれば、そのまま行方不明になるだけだ。
業務の引継ぎが終わると、商会長と一緒に、候補地の視察に古株を連れてゆくのだが、そのまま帰らない。
店に残った古株や支店の者も、転属と補充要員で、すぐに入れ替り、居なくなる。
帝国のサマサ商会も、同じ方法で奪い取った。
喰った直後は、本人に成りすまし、引っ越しをして消息を断つ。
時間はかかるが、騒ぎの少ない方法だ。
大抵の商会は、支店が有るので、この方法が無難だ。
現場に合わせて使い分ける。
オーグの分身は、捕食の度に増やせるので、ねずみ算式に仕事は加速する。
「要は、時間よりも逃亡者を出さない事。情報も人も、漏れてしまえば意味はありませんからね。」
どの道、八方塞がりだし、間違った情報でも勢力圏が増えるだけだ。
同じ失敗を繰り返すまいと、自身を戒めるフィグロ・キーマだった。
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ラージァニース魔導帝国皇太子のカナシスは、隣国のネッサを訪れていた。
先日、戦った連合国の首脳陣が、船で逃亡したので、海岸線沿いの国に捜索協力を申し出ており、その礼と挨拶と言う目的だ。
大臣クラスの依頼で、既に調査は始まっているが、王族が挨拶に行くのと行かないのでは、相手の対応も変わってくる。
そんな形式だけの挨拶を終え、帰途についた一行の馬車の行方を遮る者が居る。
遮ると言っても正面を塞ぐのではなく、道の左右に控える市民達より、中央よりに突出している程度だ。
皇太子の馬車に数名同行している近衛が、列に静止を指示する。
「何者か?」
「当地にて商会を営む、カントと申します。カナシス殿下に内密な御連絡が御座います。」
同行の近衛には、予定や約束の内容が伝えられている。
膝を付く男に見覚えも無く、先駆けも無かったので、断ろうとしたが、一瞬、顔を強張らせて、取り止めた。
膝を付く男の顔が、半透明に歪むのを見たからだ。
「殿下に、御伝え下さい。御使い様配下の魔族が参っております。」
近衛兵は、馬車の窓越しに、中へ小声で伝えた。
皇太子の護衛とは言え、この場に例の件を知る近衛を配置していたのは、英断だっただろう。
馬車から顔を出したハッチクスが状況を見回し、馬車から側仕えが一人、御者席に移動する。
「中へ参れ。」
ハッチクスが声をかけ、商人は礼をしながら、馬車に乗り込んでゆく。
中から、合図があると、馬車は再び進み出し、商人の同行者は、馬車と平行して歩き出す。
馬車の中で腰掛けた姿は、男の姿では無かった。
「お久しぶりで御座います。カナシス殿下。ハッチクス殿は御出世なさったのですね?」
「そなたは、サマサか?」
腰掛けた姿は、既に帝国商会のジャシャーカ・サマサになっていた。
「姿などは、どうでも良いのですが、関係者のみの時は『オーグ』と御呼び下さい。」
カナシスは、周囲の人間が皆、オーグにスリ変わって居るのではないかと疑問に思い、横に居るハッチクスをチラリと見る。
ハッチクスも、同じ様にカナシスを見ていた。
「で、御連絡とは何んでしょうか?オーグ様。」
「はい。連合国からの逃亡者ですが、御使い様が突き止められて、配下の者で対応なさるそうなので、捜索は不要との事です。協力者も、この様に対処しております。」
オーグの顔が、一瞬だけカントと言う男の顔に戻る。
「では、海岸線の国から、兵を退いてもよろしいのですね?」
「はい。沖合いで拿捕したと発表すればよろしいでしょう。協力頂いた国へは、サマサ商会を通じて協力感謝の物資をお贈りします。」
「商会にメリットは?」
「商会に免税や流通特権をいただければ幸いです。」
隣国との摩擦や、派兵費用を考えれば、双方にメリットが有る。
「承知しました。ハッチクス、その様に計らえ。」
「畏まりました、殿下。」
文官として、ハッチクスが記録に残し、調査軍撤収の手順を書き出してゆく。
「彼等の処分は、確実なのですか?」
「はい。これで、ネーナニア姫様と、ステファン殿下の婚礼が、はかどりますな。商人としては、争いが減る上に、カナンの八割を自由自在に行き来出来るのは、便利で仕方ありません。」
ステファンは、商人として、帝国に武器を売ったジャシャーカを思い出して問いただす。
「戦争を起こして、武器を売る方が、儲かると伺っていますが?」
「確かに、商人としては儲かるのでしょうが、御使い様の御意志に逆らうと、ヌアンベクトの二の舞いですからね。御使い様の敵を倒す時には、頑張って売りますよ。」
確かに、出過ぎた釘は、粉々にされた。
「殿下、他に御聞きになりたい事は有りませんか?」
「いいえ。知らなくて良い事が、世の中には有ると、学習しましたから、御使い様から与えられた情報だけで結構です。」
カナシスの断りに、オーグは笑顔で返した。
「では、そろそろ失礼致したいと思います。」
頭を下げるオーグに、ハッチクスが天井を叩き御者に合図する。
馬車が止まると、カントに変身したオーグが扉を開けて降り、礼をして扉を閉める。
ハッチクスが再び天井を叩くと、馬車は走り出した。
「殿下、もう少し早く判ると嬉しかったですね。」
「いやいや、欲を言うな。我等が御使い様の敵を探す努力をしたと、伝われば価値はある。」
「そうですね。」
ハッチクスもカナシスの判断に同意する。
「至急、王国側にも連絡を怠るなよ。」
「そうでした。早馬の伝令を出しましょう。」
ハッチクスは、メモに大きく丸をつけた。




