隠密行動
「私達が向かう、ラージァニース魔導帝国について、どこまでご存知ですか?」
謁見を終えて、客間で親書を待つラーミァに、イフィルは確認を取っていた。
「基礎教育と書物での知識しかないのだけど。」
そう、前置きして、ラーミァはこれから向かう帝国へと頭を切り替えた。
「元々は、大陸の西側『カナンの地』を統べる人間の朝廷『ジャニース』の首都が有った地域で、王国の北側と共に、朝廷の支配階級の領地が有った場所でしょ」
「まぁ、だいたい合っています。」
本来は、同じ帝の領地だったのだ。
「皇子同士の後継者争いで、国が分裂して戦争が起きて、他の領地も独立宣言をしたので、現在の国家乱立に至ったと習ったわ。」
イフィルは、フムフムと頷いている。後継者争いには諸説あるらしい。
「帝国の特徴は?」
「『魔導帝国』の名の通り、魔導師の比率が高く、軍治国家と、それを支える鉱山と鉄鋼の国。王国に次ぐ第二の広さと人口を持つけど、鉱山開拓のせいで、食料自給率が著しく低いと聞いているわ。」
厳密には帝の神殿と軍部が北の現帝国側に有り、行政部が南の王国側に存在した。
軍部が北側に有ったのは、大陸の中央にある山脈が、そこだけ低くなっており、魔物の領域『エデン』から溢れ出た魔物からカナンを守る為だ。
二人の皇子の後見人が、軍部と行政部だった為に、そのまま国として分裂に至った。
「つまりは脳筋国家で、武力であれ、魔力であれ、力さえ有れば、私の様な少女でも認められる。しかし、力が無ければ、金持ちだろうと、知恵が有ろうと、相手にされないって事でしょ?」
これが、大臣や外交官ではなく、ラーファやラーミァが代表に選ばれる理由だ。
まぁ、王族が向かうと言う選択肢も有るが、二国間には十数年前に交戦状態になった過去があるので、危険なカードは切りたくない。
「その認識で大丈夫です。帝国では、他者を傷つけないで力を見せ付ける方法が、立場を誇示するのに最適ですが、何か良い魔法は有りますか?」
「攻撃系は苦手だけど、防御系はミッチリ訓練させられたわ。」
ラーミァが、法衣の内側に手を回すと、目の前に一辺が3m位の半透明な壁が出現した。
「えぇ。充分ですね。」
イフィルがラーミァの知識と力を確認し終わった頃、文官が親書と身分証明を持って、入室してきた。
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城を出たイフィル達は、問屋街へと馬車を進めた。
道中に必要な食料や生活雑貨を補充する為だ。
更にカツラと古着を数着。
あとは塗料を買って積み込んだ。
王都の北門を出て、街道を帝国方面に走る。
その間、屋根上の就寝スペースでは、ラーミァが王都で購入した平民の古着に着替えていた。
スカートではなく、仕事がしやすいズボン姿だ。
「こんな服は初めて。」
下着も着替える為に、ほぼ全裸になった姿を猫のゼルータが眺めている。
法衣と比べては勿論、ラーミァの普段着と比べても粗悪で汚い服だ。
「ミャー」
ゼルータの視線に、羞恥心を感じたのか、ラーミァは猫に背中を向けた。
「ミャー」
彼女の背なかにある、小さなアザを見つめて、ゼルータが再び鳴き声をあげる。
馬車が多少だが揺れ始めた。
街道を抜けて、山道に入ったらしい。
寝床の出入口に。影がさす。
結界にも狭くなった道幅と、木々の反応がある。
馬車が止まるのを待ち、髪を巻き上げて、茶色いカツラを被ると、ラーミァは梯子を使って、馬車を降りた。
馬車は、山道の途中にある、見通しの悪い場所に停まっていた。
「茶色にするんですか?」
見れば、イフィルが、赤黒い馬に、茶色の塗料を塗っている。
単色ではなく、茶色と黒の斑っぽい配色だ。
脚先や口元、腹下。尻尾などは黒いままにしてある。
馬は、あからさまに、嫌な顔をしているが、必死に耐えている様子が伺える。
イフィルは、特に装いを変える事はしなかった。
茶色の髪と黒い瞳、平凡な容姿。
人混みに入れば、数秒で見失うだろう、その容姿は、変える必要が無いのだろう。
「これからは、行商人と見習いとして、旅をします。」
二人と一匹、一頭の隠密行動が始まった。