フィグロの謁見
城で政務をしていたステファンは、休憩の一服をしていた。
その執務室に、書面を持った側仕えが一人、入って来る。
「殿下。商人が、国王陛下への急ぎの謁見を求めて、登城してきております。」
「その様な事は許される筈がなかろう。第一、私に問い合わせる内容か?」
皇太子であるステファンは、飽きれ顔で、お茶に口をつけた。
「それが、『フィグロ・キーマ』と殿下に伝えれば、解るからと申しまして。」
「ブーッ!」
ステファンは、含んでいたお茶を、テーブルいっぱいに吹き出した。
避けていた書類にも、少しかかっている。
横では、側仕えのクイントが、青い顔で固まっていた。
「帝国商人のか?」
「はい。その様に申しておりました。」
ステファンは、手を差し出して書類を受けとり、一読した。
「私の名で、急ぎ謁見の用意をしろ。このリストにある者に、大至急に招集をかけて参加させろ。陛下には、私が御伝えする。」
ステファンは、口元を拭きながら、席を立った。
顔には悲壮感が漂っている。
庶民である商人が、国王に謁見を求めても、十日近くは待たされる。
貴族でも二、三日は待たされる。
普通は、先駆けで了解をとっておいて、行われる事だ。
側仕え達は疑問に思ったが、側仕え筆頭のクイントが、当たり前の様に指図しているのだから、口を挟んではならない。
ステファンは、クイントを従えて、国王の部屋へと急いだ。
謁見が行われたのは、二時間後だった。
謁見の間には、商人姿の中年男が、片膝をついていた。
「ご多忙の中、謁見に御応え頂き恐悦至極に御座います。魔導帝国で商会を営みますフィグロ・キーマと申します。」
傅く男に、国王が頷く。
「御使い様の配下で、魔族の者です。」
ステファンが国王に小声で耳打ちする。
この謁見。いや呼び出されたのは、国王、皇太子、クイント、各大臣とその側仕え、ワイズ・バーン、トッカーナの方である。
商人からの急な呼び出しとしって、大臣達からは不満の声が上がる。
「本日は、御使い様の御命令で参上致しました。」
この言葉に、大臣達が驚愕する。
中には「貴族や導師なら兎も角、なぜ商人を?」との声もある。
「まず第一に、皇太子殿下の御婚約をお喜び申し上げます。」
大臣達から「おぉー」と声が上がる。
御使い様も祝福しておられるのだ。
「次に、ワイズ殿の養母様より、トッカーナ様へ、ドレスの贈り物が御座います。」
「オーグ様。なぜ、それを?」
ワイズが帝国貴族に養子入りして、トッカーナとの婚約が決まったのは、つい先日であった。
ワイズとトッカーナを交互に見て微笑むフィグロに、ワイズは本名を呼んでしまった事に、気が付いていないほど焦っていた。
「第三に、南西部の諸国連合が、王国に攻め込む準備をしております。開戦は、およそ半月後の見込みかと。」
「恐れながら、申し上げます。密偵の調査でも、軍を準備している事は確認出来ております。」
フィグロの言葉を大臣の一人が、裏付ける。
「それは一大事。直ぐに徴兵して備えねば。」
大臣の一人が、口にする。
「それについては、策が御座いますが、その前に裏切り者を断罪した方が宜しいかと?」
「裏切り者だと?」
フィグロの言葉に、謁見の間が騒然とする。
「ヨワヒム大臣。」
フィグロの睨みに、大臣の一人がたじろぎ、皆の視線が集中する。
「わ、儂は裏切ってなどいない。」
汗をかき、必死に首を振る。
「メイドのアリシアに、機密事項を、アレコレ話しておいでですよね?あと、そこの側仕えにも。」
「それがどうした?側仕えには話さねば仕事にならないではないか?」
フィグロは、不敵な笑いを向ける。
「そのメイドの正体は、シスタ教信者ジャシャーカ・サマサの娘。そして、後ろの側仕えも、シスタ教信者です。メイドは舌の裏に。その二人は手首と領に、シスタ教の刺青が有ります。」
側仕えの二人が動揺する。
「殿下は、神殿でシスタ教のマークを御覧になっています。御確認を。」
「その両名を、ここに!」
フィグロの言葉に、ステファンが近衛に命じて、逃げようとした二人を、引き摺り出した。
一人はブレスレットに隠した手首に、もう一人は髪に隠れた丸いマークが彫られている。
「確かに、フィグロの申す通り、シスタ教のマークだ。」
皆の視線が側仕え二人に向いている中で、ステファンがフィグロの方を見ると、フィグロの周りの絨毯が、若干、波打っていた。
ステファンの背筋に、冷たい物が流れる。
「殿下。御安心を。」
ステファンの視線に気付いたフィグロが、にこやかに笑う。
「狂信者共は、拷問しても口を割りますまい。殿下。私に頂けませんか?見せしめに致しましょう。」
ステファンは、しばらく考えて決断する。
「皆のもの、心せよ。身元の確かでない者を雇ったり、機密事項を漏らす者は、この様な最後が待っていると知れ。ワイズ殿、お手伝いくださるか?」
何を求められているか理解しているワイズは、皇太子の前に出て、捕らえられた側仕えの一人を受け取る。
後ろ手に押さえ付け、フィグロの前に差し出した。
「殿下。恐れ入ります。」
フィグロの手が、側仕えの顔を覆う。
その手が引き伸ばされる様に広がり、頭全体を覆うと、呼吸が出来なくなった為か、暴れだすが、ワイズがしっかりと押さえている。
「ば、化け物だ!」
大臣達から悲鳴が上がる。
「案ずるな!彼は御使い様に従う魔族だ。御使い様に従う者には、何もせぬ。」
ステファンの言葉で、静かになったが、誰もが逃げようとしている。
国王も、玉座にしがみついている。
姿勢を崩さないのは、フィグロ、ワイズ、ステファン、クイントの四人だけだ。
流石にステファンとクイントは、苦い顔をしている。
トッカーナも、壁にへばりついている。
側仕えは、靴が落ち、ズボン、服の順に床に落ちて、その肉体は、手から吸収されてしまった。
「さて、次を御馳走になりますかな?おや?気絶していますか?」
もう一人は、自分に来るであろう運命を目の当たりにして、既に心を手放した様だ。
フィグロは、倒れた側仕えの頭を掴み、一気に飲み込んだ。
「ヨワヒム大臣は、幽閉せよ!」
皇太子の命令を受けて、この場を去りたい近衛が、我先にと争ってヨワヒム大臣を捕まえ、部屋を後にした。
「では、私が調べました敵の作戦と、対策について、お話し致しましょう。」
以後フィグロの行動に、口を出す者は、一人も居なかった。
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王国でフィグロが謁見していた、ほぼ同時刻。
魔導帝国では、ジャシャーカ・サマサが皇帝と謁見していた。
カナシス皇太子と近衛のみの立会だ。
「この度は、ネーナニア姫様と、ステファン殿下の御婚約、誠におめでとうございます。」
「なぜ、其方が存じておる?」
まず、ネーナニアの事は、皇族と近衛しか知らず、口止めしてある。
当然、婚約の話も、内々の事だ。
皇帝が睨み、近衛が剣に手をかける。
「それは、私が御使い様に従う魔族だからです。ねぇ?殿下。」
そう言うと、ジャシャーカの姿は、半透明なゼリーの様な塊になった。
「ヒッヒーッ!」
近衛の一人が、剣を抜いて腰を抜かし、残りが口を押さえて青い顔をした。
「あらあら、新人さんがいらっしゃるのね?」
腰を抜かしたのは、欠員になった分の補充要員だった。
「陛下。間違いありません。」
カナシスの言葉に、姿勢を正そうとするが、皇帝も腰を抜かしている様だ。
「本物のジャシャーカは、邪教に走ったので、美味しく頂きました。あぁ、創造主に従う者には、手だししないから安心してね。」
女の姿に戻ったジャシャーカが、色っぽく手招きするが、皆の目が死んでいる。
「まず、南西部の諸国連合が、王国の西部を奪おうと、致しております。更には、有名な魔導師も拐う予定だとか。」
「有名なガーランド?」
皇帝と皇太子の顔が歪む。
「勿論、ラーミァ・ガーランド・ナジェス様もと思いますが?あぁ、王国にも知らせてありますよ。」
ラーミァは婚約の御披露目が、まだなので、城入りできない。
護衛を付けても守りは甘いだろう。
「ラーミァ様の事は勿論、この婚礼を期に、帝国と王国の再統合が視野に入った現在、西部を他国に奪われるのは、損失以外の何ものでもないですよね?」
帝国と王国の確執は、過去の物だ。
最初は、御使い様を恐れての事だったが、今は御互いの長所を生かして、協力出来ている。
「姉上の子供が国を納め、私は地方領主でも、良いと思っています。」
結果、領地が減る訳でもない。
カナシスが、皇帝に向かって進言する。
「私が敵国で仕入れてきた情報と、考えた対策、用意した武器を、帝国で買って頂けませんか?」
ジャシャーカは、明細書を懐から出してきた。
「あぁ、ワイズの貴族への養子縁組の御礼に、割り引きする様に、養母でありドラゴンの長であるハイフースに頼まれていたんだったわ。」
ジャシャーカは、明細に割り引きを書き込んだ。




