王との謁見
王城に着いた馬車は、城内の停車場へと誘導される。
先駈けも有り、護衛も付いているので、ここまではノンストップで進んだ。
「では、従者は、こちらでお待ち下さい。」
「いいえ。彼も御前まで同行する様にと、ラーファ・ガーランドから言付けられています。」
どこまでも同行せよと、祖母からの厳命だった。
馬車を降りた二人は、細かくボディチェックをされ、馬車の中も改められる。
次に、ラーファやラーミァと面識のある役人や兵士。貴族等の面通しを終えて、本物である確認をされる。
「王城は初めてなのですが、色々と調べられるのですね?」
「国で一番偉い人に会うのですから、仕方無いことなんでしょう。」
本物から召喚状を奪い、偽者を仕立てて城内に忍び込んだり、馬車に兵を潜ませるなどは、当然、考えられている。
呼ばれて、わざわざ来たのに、監査を受ける方は不快でしかないが、仕方の無い事だ。
突然の登城なので、しばらくは待合室で待たされる。
アポイントメント無しなど、普通は数日も待たされる。
召喚状には、日付け指定が有ったのだが、祖母が『代わりにラーミァが行く。準備が有るので出来次第に』と返答したらしい。
国王の命令に、異を唱える事が出来る祖母の権威に、ラーミァは驚いていたものだった。
そして、その準備が、この『行商人』だった事にも。
せめて、出発時に先駈けを出せたら良かったが、今回はそれも無理な話だった。
約二時間後、二人は謁見の間へと呼び出された。
急に呼び出されて、迷惑そうな大臣達が左右に並ぶ中に二人は立たされた。
その後ろには兵士が並び、目の前には、高い場所に玉座がある。
玉座近くの兵士が、槍の石突を床に二回ぶつけて、音をたてる。
「ニールファン・マスト・フーデルヒース国王陛下のご入場です。」
兵士以外の皆が、一斉に片膝をつく。
イフィルは、ラーミァの後ろ側に。
足音と服を引き摺る音がした後に静寂が訪れる。
「面を上げよ!」
横目で大臣達の動きを見ていたラーミァは、大臣達が立ち上がったのを見て、立ち上がろうとして、バランスを崩した。
見ると、イフィルが帯を押さえて、首を左右に振っている。
「良い。立て。」
国王の声に、イフィルの手が放されて、ラーミァは立ち上がった。
「御尊顔を拝し、恐悦至極にございます。わたくしがラーミァ・ガーランド・ナジェスでございます。祖母ラーファの代理として参上致しました。この度は、急な御拝謁に対応いただきまして、有り難たく存じます。陛下に御使い様の加護が有らんことを願います。」
ラーミァはスカートの裾を摘まんで御辞儀をする。
「其方がラーミァか。良い。直答を許す。」
国王は、懐かしい者を見る様な視線をラーミァに向けた。
「大魔導師ラーファ殿では無いのですか?この様な小娘などが・・」
国王の横に立つ、十代後半の身なりの良い青年が苦言を放つ。
頭上の小さい王冠からして、皇太子なのだろう。
「祖母ラーファは、去年より脚を悪くしており、今回のお勤めには耐えきれないと判断し、わたくしが使わされました。」
「其方は、本当にあの大魔導師の孫か?青い瞳、黄金色の髪、容姿。どこぞの貴族ではないのか?」
皇太子が、やたらと絡んでくる。
「ゴホン」と咳払いをした国王が、皇太子を睨んで制した。
「この者の身元は存じておる。ステファンよ。控えよ!」
国王の言葉に、皇太子が頭を垂れて、口を押さえた。
「では、ラーミァ・ガーランド・ナジェスよ。召喚状に記した通り、我が親書を持ち、交渉団と共に、魔導帝国へと向かい、エデンへの侵攻を思い止まらせるのだ。そして・・・」
「畏れながら・・・」
ラーミァは、国王の言葉を遮り、後ろで膝をついているイフィルの方を見た。
「何だ?後ろの従者か?良い。述べよ。」
国王は、ラーミァの反応を見て、後ろの人物に目をやる。
「畏れながら申し上げます。私は行商人を営んでおります。イフィルジータと申します。」
頭を上げた、その顔を見て、国王は、一瞬、目を見開いた。
周囲の大臣達が『なぜ行商人が、この場に?』などと、小声で話している。
「女の様な名だ。」
皇太子が口を滑らせ、国王に睨まれる。
イフィルジータは、金色に輝く瞳で王を見ると、静かに話し出す。
「交渉団を送る事には異存はございませぬが、ラーミァ様には、私と共に、別行動を取る事を御許し下さい。」
大臣達が更にざわめく。
皇太子が発言を、必死に我慢している。
国王は、目を閉じて考えていたが、カッと見開くと、玉座の肘掛けを叩いて、騒ぎを静まらせた。
「許す。だが、理由を述べよ。」
国王の許可に、イフィルがひと息ついて話し始める。
「申し上げます。ラーミァ様をお連れする際に、領内にて何者かに命を狙われました。用意周到に準備されていた様で、召喚状の内容が漏れていた可能性がございます。」
室内に再び、ざわめきが走り出した。
「魔導帝国の手の者か?王意に反する者か?または別口か?詳細は掴めませんでしたが、陛下の周辺に共謀者が居る可能性が御座います。」
ラーミァが、その言葉に頷くと、皆が口を閉じて隣人を疑い始める。
移動途中での暗殺や親書の略奪、妨害工作を考えると、あからさまな団体行動は、いろいろな意味で危険だ。
国王は、しばらく考え込み、側仕えに何やら命じてから二人に向き返した。
「良い。其方達の思うままに致せ!交渉団とは帝都で合流せよ。親書と身分証明を授けるので、気を付けて行く様に。」
国王の決定に、皆が頭を垂れた。
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謁見の後に、国王ニールファンは、『王家の間』に居た。
ここは、建国以来の資料や代々の王家肖像画などが有り、王族以外は立ち入りを禁じられている。
「父上、こちらにいらしたのですか。」
あちこち探していたのだろう。皇太子の額には汗が流れていた。
「先程の裁決は、如何なものでしょうか?いくら何でも、あの様な小娘と行商人に任せるなど・・・」
皇太子の意見はもっともだ。
「聞けば、あの行商人は、ラーファ導師が直接に呼び寄せたとか。」
国王は、王族の肖像画を見上げながら皇太子を諭しはじめた。
「それにしても、警護兵を増やせば良いではないですか?」
「ステファンは、肖像画の上方に描かれている方を存じているか?」
皇太子の提案を無視し、国王は、肖像画を眺めている。
歴代国王の肖像画の上方には、常に見下ろす人物像が描かれている。
「確か、世界創造の御使い様とか。」
国王は笑顔で頷く。
「次代の国王には伝えておこう。この方の御名を『イータ』様と仰る。」
改めて、肖像画を見上げた皇太子が、その顔を見て固まる。
「イ・・・・ータ様・・・」
国王は固まった皇太子の肩に、手を置いた。
「選ばれし者の、代替わりの時に、お見えになる。次回は、正式に見えられるだろう。」
皇太子は、立っていた。いや、立ったまま気絶していた。
この地の女性名は、語尾の母音が『a』になります。
現在もイタリア等で使われる習慣で
男名:アンジェロ
女名:アンジェラ
男名:ミカエル
女名:ミカエラ
の様に、使い分けられます。
イフィルジータとゼルータは、この習慣から女性名に分類されますが、両者の性別は男性と『設定』されています。