豊穣の儀式
翌朝、ラーミァは馬車の御者台に乗り、トッカーナと共に、役人に渡された地図を見ながら、簡易宿場から街道と逆方向へと進んだ。
既に道は整備されていて、農民の住む家や井戸も、幾つか有り、また、作られている途中だ。
農園の地面にも区画はされて、多数の目印も立っていて、後は魔導師が魔法を使うだけになっている。
ラーミァは、一番遠い区画に馬車を止めさせた。
「ここから始めましょう。」
単に終わってから帰路が短くなるだけの理由で、遠方を選んだのだった。
更に奥には、鉱山街が建設中だ。
ラーミァは地図で予定の農作物を確認すると、鞄の中から、貼り紙のされた、小さな壺を出した。
「ラーミァ様。その壺は?」
リリアナが覗き込むと、坪の中には、土が入っていた。
「麦に、適した土のサンプルです。マスに、これと同じ質に変える様に指示すれば、すぐに終わるんです。」
抽象的に、要望を説明しても、結果は伴わない。
『これと、同じ物を』と、現物を提示した方が、結果は正確だ。
「他に馬鈴薯に適した土、ほうれん草に適した土、果実の樹に適した土のサンプルなどが、沢山有ります。」
「それがカーランドの宝みたいな物ですね。」
実際、記憶を頼りに、肥料の三要素である、窒素・リン酸・カリをはじめ、マンガン、ホウ素、鉄、カルシウム等の比率、水捌け具合など記憶して、マスに指示するなど、限界がある。
「次に、指にマスの粉を付けて、壺に入れ、大地をコレと同じ様にしたいと願う。」
サンプルとマスと、自分を物理的に接触させて、マスとのリンクを行う。マスの粉が入った布袋に指を差し込み、次に小さな壺に、指を差し込む。
「後は、変換素材の指定。農業の場合は、大地から望みの構成にする材料を用意すると、土地が減る一方なので、大気中から必要な材料を集める指定をします。」
作物が採れる分だけ、大地は質量を減らす。
水と大気と光だけでは植物は成長出来ない。
減った土地の質量を、どこかからか補充しなくては、地面が徐々に陥没してゆく。
空気の分子を元素変換し、望みの分子に構成させなければならない。
「最後に、視覚とマス感覚を同調させて、範囲と深さの指定を指定して、」
指先に着いたマスにより、作業の魔法が作成される。
「壺を持ったのと反対の手を大地に付いて、実行を念じます。」
大地に存在するマスと自分を接触させ、指先のマスが作った魔法を体を通して大地側のマスにコピーと実行させる。
魔力を持つ者には解る。
他の魔導師がリンクしたマスの範囲だけ、マスを感じられなくなるから。
「こんなに広く?」
ラーミァの広げたリンクの範囲に、リリアナが驚く。
魔導師の強さ基準の一つに、掌握出来るマスの範囲の広さがある。
より広い範囲を掌握できれば、それだけ多い力をマスから引き出す事が出来る。
実際には、魔導師の脳から電波が発生し、受信範囲のマス(マイクロマシン)が占有権を承諾する。
物理接触したマスから、占有権承諾したマスがをプログラムをロードして、実行するのが、この世界の魔法の正体だ。
掌握範囲は、脳から発生する電波の強さと言える。
他にも、占有力【電波の質】、掌握速度【電波の発生させる速さ】、応用力【プログラム作成に対する効率的な指示】などがある。
魔導師の戦闘に関しては、応用力、戦術の構成能力と、掌握範囲内に蓄積されたエネルギー量が、大きく影響するが。
掌握範囲と、占有力に関しては、先天的な物が強く、一番優秀に遺伝しているのが、王族と呼ばれる人々だ。
「流石は帝国の御姫様です。」
リリアナが感心する。
だが、ラーミァの掌握範囲は、先天的な物以外に、積み重ねられた練習と実践の結果である。
祖母の代行として、各地で豊穣の儀式を行ってきた、成果とも言える。
様子を傍観していたワイズが、リリアナ達に、興味を示した。
「『マス』とは何なのですか?」
リリアナ達は、一瞬、呆けた。
彼はトッカーナとの模擬戦で、魔法を使っていたからだ。
「空中や地面に含まれる、魔法を使う為の粒です。」
「『魔法』?」
「この様な力です。」
ラーミァは、簡単な発火魔法を使ってみせた。
「リンクシステムとマリコスの事ですか。」
「リンクシステム?マリコス?」
ラーミァとリリアナが、首を傾げる。
「カナンで、その様に呼んでいるのですね?あぁ、だからかぁ!」
使われている名称が違う事に、ワイズが納得した様に頷き、バーンが、新しい知識に瞬きをする。
「ワイズ殿。今、兜が・・・」
トッカーナが、瞬きに気が付いた様だ。
「あぁ、初めてでしたね?ワイズ様の弟さんで、バーン様です。」
ラーミァの紹介に、バーンがワイズの肩を離れ、翼を広げて宙に舞う。
「ど、ドラゴン?」
『我が名はバーン。ドラゴンの系譜に連なる者だ。』
全長一メートルくらいの、つぶらな瞳のドラゴンに、リリアナは恐怖よりも、興味を唆られた。
と、言っても、いきなり抱き付くほど無謀ではない。
「御挨拶が、まだでしたね。リリアナ・サイスフォートです。よしなに。」
バーンが頷く。
「『バーン』と言うのは、苗字じゃなかったんですね?」
トッカーナが、ワイズに声をかける。
「ワイズとバーンで、『ワイズ・バーン』だ。エデン出身の我々には苗字の習慣がないが、こちらでは無いと不便なので、流用している。」
「エデンの出身?」
リリアナとトッカーナが驚く。
「私はエデンでドラゴンに育てられた、人間なのです。バーンとは兄弟として育ちました。」
ワイズが、簡単に説明する。
リリアナが、いろいろと聞きたがっていたが、今はラーミァが主導なので、控える様だ。
流石、王族は空気を読む。
まずは、仕事だ。
「じゃあ、トッカーナさん。次は、この区画に向かいますか。」
ラーミァは、地図を指差して馬車に向かった。




