西部へ
王都にある城のバルコニーで、皇太子であるステファンは、彼方を眺めながら、ため息をついていた。
神事に関する報告書を読んでいたので、近くにいる側仕えはクイントだけだ。
「クイント。知恵を貸してくれ。」
「どの様な事でしょうか?殿下。」
「皇太子たるもの、正妻は貴族から娶るものだと思うのだが?」
てっきり、神事に関する事だと思っていたクイントは、思わず「はぁ?」と言ってしまった。
「失礼しました。そうですね、リリアナ様などは、お話しがあっても可笑しくはないと存じます。」
「リリアナかぁ。あれは妹の様なものだから、いまいち実感は湧かぬ。」
「あとは、近隣諸国の姫君を娶って、国同士の条約に使う場合も御座います。」
ステファン皇太子は、少し考えていた。
「平民を娶る事は叶わぬか?」
クイントは、ステファンが誰の事を言っているのか、直ぐに理解したが、藪を突っつく様な真似はしない。
下手に突っつくと、『御使い様の専属お供』と言う蛇が飛び出して来るかもしれないからだ。
「平民を娶る場合は、一度、中級か高級貴族の養女とし、娶るという手法が御座います。」
「養女か。」
「殿下。王族は、望む関係の者と婚姻をするのではなく、婚姻すべき者と望むべき関係を築く物です。望みの婚姻を結べないのが王族なのです。」
クイントは王族の、権利者の悲しい現実を諭す。
平民や国益をもたらさない者が、王子様と結ばれるのは、妄想的物語の中だけだ。
万が一、結ばれても側室や妾どまり。
理想的な夫婦生活など送れはしないのだ。
ステファンは彼女との、これ迄を振り返る。
最初は見掛けと名目が不釣合いな娘だと感じた。
次は哀れみだった。命令で、功労者を慰めるだけだったが、親しく話している間に、楽しく感じた。
ヌアンベクトで辛い体験をした時は、似た体験をした者として、親しみ以上の物を感じた。
洞窟神殿では、共に同じ体験をして、同じ様に感じた。
解り合える数少ない存在を、大切にしようと思った。
「やはり儚いものだな。」
ステファンの落胆した様子に、側で仕えてきたクイントも言葉を失う。
充分に息を吐き終えたステファンが、頭を左右に振って思考を切り替え始めた。
「よし!クイント。仕事だ仕事だ。西部地区へ行くぞ。供を準備せよ!」
手に持っていた資料を、クイントに渡すと、ステファンは室内に入って行った。
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フーデルヒース王国は、やや縦長の国土を持っていた。
先の厄災で、北部の西側に国土が増えて開拓中だ。
時折、皇太子が国王の名代として視察する事は、珍しくは無い。
現地での覇気を高める為と、報告と現実のの差異を、確かめる為だ。
自分自身の目と耳で確かめるのは、配下の末端が正しく機能していない場合が有るからだ。
今回のステファンには、別の思惑も有る。
西部の地質改良に、ラーミァが赴いているからだ。
「殿下。お供させて下さいませ。」
「何ゆえだ?御使い様関連ではないぞ?」
「女の勘でございます。」
リリアナが、馬車に乗り込もうとしたステファンに、声をかける。
叔母を領地に返し、リリアナとトッカーナは、城に滞在していた。
ステファンとしては、ラーミァとの時間に邪魔者が入ると、不快感を感じた。
クイントは、皇太子を他の女に取られまいとしているのかと、勘繰っていた。
当のリリアナは、ラーミァの所在など興味など無く、御使い様に会うキーマンであるステファンから目を離したくないだけであった。
三人三様の思いを乗せて、馬車は城を出る。
貴族馬車には、ステファン、クイント、リリアナ、トッカーナの四人が乗る。
「今回は、護衛の数が多くはないか?クイント。」
「領内で、暴れ馬の話が出ております。普通の馬では追い付けないらしく、半月ほど徘徊していて、街道などは危険な様です。それに・・・」
いつもの二倍くらいの護衛が居る。
西部の開拓地へ向かうのだから、無駄でも無い。
クイントが言うには、草木が生い茂ってきた当地では、馬車を襲う賊の出没も報告されているらしい。
同乗しているトッカーナが、剣を握って微笑みを浮かべている。
護衛の付いた、貴族馬車が襲われるとは思えないのだが。
王都からの主な街道は、馬車で半日の位置に街道町が作られており、もちろん、王族や貴族の為の宿泊施設も作られている。
野営で国王などを守るのは無謀だし、商人や行商人の拠点としても使われているので、この様な街の存在は有用だ。
三日程で、旧国境門に到着する。
懸念された暴れ馬は現れず、安心した者も居る。
「殿下。最新の情報ですが、帝国皇太子のカナシス・マー・ラージァニース様が、駐留軍視察の為に、二日前から領地入りしておられるそうです。」
従来は、王都経由でヌアンベクト入りしていたが、現在では最短ルートが新設されている。
ステファンに連絡が無かったのは、行き違いなのだろう。
「思いがけず、御使い様関係者が集合する訳か。いや、まさか?」
ステファンは、リリアナの『女の勘』と言う言葉を思い出す。
旧国境門を抜けると、商業街が広がり、大通りの果てには、壁と検問が見える。
旧国境門西部側は、門前の商業街と、周辺に広がる農園で出来ている。
この二つは、壁で仕切られており、検問を通らないと行き来が出来ない。
本来は、他国との国境門街に作られていた隔たりだが、王国側からも、不法滞在して領地に住み着こうとする輩が存在したのだ。
領内の王国民は、入植時より身分証を身に付けており、役人により定期的に確認をされている。
発行は王城のみで行われ、誕生以外の追加は認められていない為に、悪徳役人が賄賂で売買する事は出来ない。
ただ、そこまでやっても、王国行商人馬車に隠れて、領地入りする密航者は、あとを絶たない。
多くは、更地になっているなどとは夢にも思わず、又は信じずに、帰宅しようとする旧ヌアンベクト国民だろう。
結果、彼等は途方に暮れ、出国も出来ず、行商人もリスクを恐れて手を貸さない。
生活基盤が無いため、野党となって略奪をして生きているのだ。
一部には、農園から奪った道具と苗で、農業を行っている者もいる。
どちらにしても、違法行為だ。
つまり、検問から内側は、なかなかの無法地帯なので、警備の増強が必要とされている。




