リリアナ・サイスフォート
打診の十日後、従妹のリリアナ・サイスフォートが、その母と共に登城した。
皇太子との謁見は応接室で行われ、導師ラーミァと側仕えのクイントも同席させている。
クイントは、未だに目の下に隈が出来ているか、無理矢理引っ張り出した。
ヌアンベクト入りした皇太子よりはマシだ。
「殿下、拝謁に賜り恐悦至極に御座います。書状の件につき参上仕りました。」
サイスフォートの一団が片膝をつく。
親族であっても、最初の礼儀は守らねばならない。
「わざわざの登城、御苦労である。神事に関わる事ゆえに、人払いをせよ。」
城の側仕えと護衛。サイスフォートの側仕えと護衛が退出する。
クイントも出ようとしたが、皇太子の手が彼を掴んで離さなかった。
ラーミァが、哀れむ目でクイントを見る。
室内には、ステファン、ラーミァ、クイント。
叔母、リリアナの他に女剣士が残っていた。
「叔母上、その者は?」
「わたくしの護衛のトッカーナ・ビゼルで御座います。殿下。」
叔母の代わりにリリアナが答えた。
ステファンは、三名を応接テーブルへと誘う。
応接テーブルの片方にはステファンとラーミァが座り、クイントが後ろに立つ。
反対側の席には、叔母とリリアナが座り、トッカーナが後ろに立っている。
「叔母上、リリアナ。お久し振りです。お元気そうで何よりです。」
「ステファン殿。一時は臥せっていたと聞いたのですが、お元気な様で安心いたしました。」
「ステファン様。御使い様のお仕事というお話しですが・・・」
リリアナの話を、サイスフォート夫人が制する。
「本当に、この娘は礼儀が出来てない御転婆で。」
サイスフォート夫人が頭を下げる。
「いやいや、お願いの件には、何より行動力が必要です。神事に関わる事ゆえ、王族関係者の方が良いので無理な御相談をしてしまいました。」
リリアナには兄が居る。有能であるが、悪く言って出不精だ。
タイミングを見計らって、ラーミァが挨拶をする。
「はじめまして。サイスフォート様。ラーミァ・カーランド・ナジェスと申します。」
「あの、有名なラーファ様の後継者の?お若いのですね。」
サイスフォート夫人の目が、ラーミァとステファンを交互に見て、微笑む。
ステファンは、咳払いをしてから話し出す。
「ここ一年程で、帝国と共和国で起きた、大きな神事に関しては、御存知でしょう?」
「ステファン殿。あれほどの事を知らない者は居ないでしょう。ドラゴンが飛来し、夜には空が赤く燃えたヌアンベクト。月から飛来したラージァニースの輪。とても現実の事とは思えませんでしたが。」
サイスフォート夫人が興奮ぎみに答えた。
「あの様な神事に、わたくしも関わえるのですか?」
リリアナも興奮を抑えられない様だった。
サイスフォート側の興奮をよそに、ステファン側の三人は複雑な顔をする。
隣の芝は青くみえる。
内情を知らずに、一部だけを見れば、素晴らしく見える事は沢山あるのだろう。
自分達が惨めに思える程の、圧倒的な力。
抵抗すら叶わず、巻き込まれ、蹂躙され死んで行く者達の怨嗟の声。
目の前に繰り広げられる血の惨劇。
思い出しただけで、胃が痛くなる。
「とても、その様な華やかな物ではありません。歴戦の勇士でさえ嘔吐し、失禁し、寝込む光景が目の前で繰り広げられるのです。あまり、お薦めは出来ないのですが、我々だけでは、どうにも手が足りず。」
リリアナの後ろのトッカーナ・ビゼルが、少し震えている様に見えるが、怯えているのではなく、何故か喜んでいる様に見える。
サイスフォート夫人は、荘厳な儀式の立ち会いを想像していたのか、困惑した表情となっている。
娘を血みどろの修羅場に送りたい母親などはいないだろう。
当のリリアナは、意を決した様に、言い放った。
「多少の殺生など恐れはしません。王家の血族に生まれた者が相応しいなら、わたくしがやらねばならないでしょう。」
正直、リリアナは刺激に飢えていた。
領内を徘徊し、小競合いによる殺生も、目の当たりにしており、次は戦場にでも赴こうかと考えていた。
「危険は無いのですが、悲惨な光景が多いので。」
ラーミァが、口を出す。
それを見て、サイスフォート夫人も、少しは安堵した様だった。
「ラーミァ様も体験なさっていらっしゃるのでしょう?わたくしも、成し遂げてみせますわ。是非ともお申し付けください。」
リリアナの決意は固そうだ。
「本人さえ良ければと、陛下の許可は受けている。大変な仕事だが、協力に感謝する。」
国王も、姪に苦労はさせたく無いし、皇太子も従妹のに無理は押し付けたくは無い。
しかし、選択肢が限られるのも確かだ。
承諾を得たリリアナが、笑顔になると、後ろに控えていたトッカーナ・ビゼルが、リリアナの背を突っついて合図した。
振り返ったリリアナは、思い出した様に再びステファンの方を向く。
「将軍に伺ったのですが、飛ぶ様に駆け、瞬時に切り裂く、凄腕の竜騎士が居ると言うのは、本当ですか?」
将軍の息子は、皇太子の護衛指揮を取っており、あの洞窟神殿にも同行していた。
恐らく、そちらから話が漏れているのだろう。
「ワイズ様達の事ですよね?」
「まず、間違い無い。」
ラーミァの判断に、ステファンが同意する。
「トッカーナ・ビゼル?そうか。其方か?」
「何ですか?殿下。」
「ラーミァ殿。そこの女剣士は、騎士団長の孫娘で、剣技に優れ、技なら誰にも負けないと言われているのだ。更に剣技を研く為に、自分より強い者を求めているとも聞く。」
ラーミァは、しみじみとトッカーナを見上げた。
「『彼等』と申されましたが、お二人居るのですか?」
トッカーナが身を乗り出して問い、サイスフォート夫人に咎められる。
「口では説明が難しいが、彼等は二人で一人なのだ。」
ステファンの説明に、ラーミァが頷く。
「お会いするのが楽しみです。」
トッカーナの期待に、リリアナも微笑んでいた。




