異端者の巣窟
イフィルに同行したのは、ステファンとラーミァ、側仕えのクイント。
護衛としてワイズ達。道案内に帝国の商人フィグロ・キーマだ。
勿論、皇太子が出回るのだから、人手不足と言えども、側仕えと兵が十名ほど付き従う。
まぁ、ステファンが出回る時の御付きなので、人手不足と言えども変わりはない。
道案内のフィグロは、地図を見ながら、王国東の山脈を目指している様だ。
何を目安に道を進んでいるのか、理解出来ない。
先頭は行商人馬車だが、続く皇太子の豪華な馬車と行列に、道行く者も、平伏している。
ステファンは、馬車に同乗しているラーミァと、側仕え筆頭のクイントに他言無用を命じてから話す。
「クイントは信じられぬかも知れぬが、あの行商人と猫は、御使い様の仮のお姿だ。」
ラーミァの頷きに、クイントは戸惑う。
「あのフィグロと言う商人は食人種の魔族なので、ラーミァ導師も注意する様に。」
「殿下、御冗談でしょう?」
「クイントよ。下着の替えは有るか?」
たて続けの非常識に、流石にクイントは、破顔一笑したが、ラーミァは引き攣る。
先程、目の前で丁重に挨拶を受けたばかりなのだ。
魔族は、バーンにも身近に会っているが、流石に食人種と聞いては背筋が寒くなる。
帝都の城で、魔物に喰われた兵士の頭を、ラーミァは忘れてはいない。
今回は異端者の討伐に行くと聞いているクイントに、御使い様や魔族の話が出るのは理解出来ない。
「あの行商人馬車の武者だけで討伐と聞いているのですが、一人で大丈夫なのですか?」
「あの商人も手伝うだろうが、問題無いだろう。人払いをしたい所だが、クイントがどうしてもと言うので同行させるのだ。逃げるなよ。」
皇太子が、護衛も側仕えも無く行動する事を、クイントは我慢出来なかった。
先日も、皇太子が単独でヌアンベクト入りした時に、悲惨な姿で帰ってきたのだ。
看過出来るものではない。
馬車は、山奥まで進んだが、意外な事に馬車道が整備されていた。
通常は登山道ぐらいしか無い場所であり、クイントも護衛達も不思議だと言っている。
組織力が動いている事を感じる。
途中、ワイズが山道脇の森に駆け込む姿が窓から見えた。
ステファンは、いよいよ近付いた事を感じて、気を引き締める。
幾つもの登り下りを繰り返したので、かなり奥へ来たのだろう。
「まさかエデンにまで行くのではないでしょうな?」
「例え、エデンに抜けても、御使い様がいらっしゃるのですから、大丈夫ですよ。」
クイントの不安に、ラーミァが答える。
例え、ドラゴンに遭遇しても、大丈夫だとステファンも思った。
「で、殿下。到着した様です。」
声掛けてから、御者が馬車を止める。
クイントが扉を開けて馬車を降り、手招きする筈が、いきなり吐いていた。
ステファンは、身に覚えのある光景に、ゆっくりと馬車を降りる。
「ラーミァ様。死体の山です。お気をつけて。」
「承知しました。」
ラーミァは口を押さえて、馬車を降りた。
幾分、平気な二人を見て、驚いているのは、クイントと御者。配下の護衛達だ。
「罪人の処刑にも同行させたであろう?この程度で驚いていては、この先は辛いぞ。」
ステファンの叱咤にクイントが姿勢を正す。
「以後は、先の三人と、導師、クイントのみが同行する。護衛達は、ここで待機せよ。」
通常は、護衛無しなど有り得ないのだろうが、外でワイズの無双ぶりをみたであろう者達からは、異論は出なかった。
正直言って、邪魔になるのが目に見えているのだ。
そこは山奥にも関わらず、見事な神殿の様だった。
洞窟を利用したであろうそこは、松明で明るく、神秘的でさえある。
両断された死体と、鮮血で染まっていなければ。
先行する三人の平然な顔に比べて、後を追う三人の顔は歪んでいた。
ワイズが動き、悲鳴と叫び声が、洞窟内に響く。
ラーミァは耳を塞いでさえいる。
香が焚かれているので、異臭はしないが、遠くや近くで、途切れること無く、断末魔が続くのだ。
中には子供の死体まである。
クイントは皇太子の『逃げるなよ』の意味を実感していた。
時折、戦う姿が見えた護衛と言われていた男は、二本の剣で武器や人をゼリーでも切る様に簡単に両断していた。
恐ろしい速さで移動し、魔法も使いこなす。
護衛に連れてきた十人など、瞬きする間に屍だろう。
そして、ついに祭壇のある大広間らしき所へ出た。
複数の人が祭壇の下で身構えている。
「怨敵め!ここまで嗅ぎ付けたか?」
行商人と猫を見て、一番豪華な法衣を着た者が叫ぶ。
ラーミァには、この言い回しに覚えがあった。
祖母の身を離れる時に襲ってきた賊の台詞だ。
相手側の護衛は既にワイズが斬り捨てた。
「お前は、キーマ商会の?」
「ジャシャーカ殿、道案内を御苦労様でした。」
法衣を着た女とフィグロの会話に、周りの者達が睨みを入れる。
「私は裏切ってなどいな・・・ウグッ!」
否定をしかけた彼女の頭が、ゼリー状の物に包まれ、悶絶しながら倒れた。
叱咤しかけた者達が、異変に身を下げる。
女性の頭を覆ったソレは、単独の生き物である様で、蠢き、女性の身体を離れてフィグロの元へ行き、彼の足から吸収された。
後には、首の無い女性の肉体だけが残り、ピクピクと鮮血が吹き出す。
クイントが腰を抜かして座り込み、ステファンとラーミァは、口を押さえる。
「道案内とは、彼女に取り憑いていたアレですね?」
ステファンの言葉に、フィグロが微笑んだ。
イフィルが顎で指図すると、ワイズが飛ぶ様に。いや、実際に足は浮いている。
迅速な速さで祭壇下に詰め寄り、残った人々を両断する。
イフィルとゼルータが、血糊を避けながら祭壇を上ると、そこには高さ一メートル程の銀色の円柱が立っていた。
《よくぞ、ここまで来たな、ゼータ、イータ。まだ諦めないのか?主はとっくに見棄てておられると言うのに。》
〔エイリアスか?〕
[チッ!囮じゃったか?]
イフィルが手を左右に振ると、銀の柱は、切り刻まれて崩れた。
「エイリアスとは、何なのですか?」
「殿下、エイリアスとは遠隔操作出来る魔道具です。当家にも祖母が使っていたエリスと言う魔道具が御座いました。祖母の死後、書物を読むまで単独の生き物と思える程に精巧な物です。」
ステファンの問いにラーミァが答える。
「御使い様。エイリアスなら、本体が近くに居るのでは?」
〔ラーミァよ。我等の本体が、この地に無いのは存じておろう?あの者ならば、この世界の果てからでも操れる。〕
[ともあれ、あやつの手足をもぎ取ったのは間違いない。暫くは大人しくしておるじゃろう。]
ラーミァの知るエイリアスは一キロメートルが限界だ。
つい、自分達の常識で考えてしまったが、御使い様は月から肉体を操っておられるのを失念していた。
イフィル達は、踵を返して祭壇を降りてくる。
フィグロが先行し出口へ向かって行く。
ステファンはクイントを引き起こして、イフィル達に続き、最後をワイズが歩いた。
全員が神殿である洞窟を抜けたのを確認すると、イフィルが指を鳴らす。
洞窟の奥から、轟音が響きだした。
皆が馬車に乗る頃には、洞窟の入口も壊れ、周囲の造形物も砂の様に崩れさってゆく。
一同は、王都への帰路についた。
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ちょうど、その頃。王国の国境を出国する商人馬車が有った。
監査の行列に並び、やっと順番が回ってきていた。
「これは、何だ?」
「某国の領主様に御注文いただいた、銀の延べ棒で御座います。純銀の女神像を作られるとかで。」
役人の問いに商人が答える。
書類に間違いは無い。
「よし。行け。」
「御手間を取らせます。」
商人は、問題なく隣国へと馬車を進める。
人気の無い所で、馬車を操っていた商人が独り言を呟きはじめた。
この馬車には、他に人が居ないと言うのに。
「シータ様。安全な所へ御連れ致します。今、暫く我慢をお願い申し上げます。」
《期待しておるぞ。サマサ商会の後継者よ。》
ここで、堕天使編は終わりです。
01~36/36章 帝国編
37~54/18章 堕天使編
少し、おやすみします。




