天の御印
ある日、地上の人々は、ソレを見た。
天地創造の御使い様が住むと言われる月から、何かが飛来してきている事を。
多くの国の人々は、真の主の到来だとか、この世の終わりだとか叫んでいるが、ラージァニース魔導帝国の国民と、フーデルヒース王国の国民は、違っていた。
皇帝陛下より公布された『その日』が近付いた事を知っていたからだ。
およそ、半年前から告知されていた。
告知されていた通り、嵐に耐える様に家屋を補強し、収穫物を蓄え、苗を室内に保管する準備を進めている。
隣国に、農業研修を受けに行っていた者達も、一部が帰ってきている。
月は毎日、昇っては、沈む。
日、一日と、月からの物体は数を増やし、大きくなっているのが、顕著だった。
ラージァニースの人々は見た。
天に巨大な御印がある事を。
巨大な白い輪が、帝国の空に複数、浮かんでいる。
見上げれは、天界へ続く丸い道の様にも見える。
そして、一番下の輪の中には、何やら文字が浮かんでいた。
この光景は、帝都からも見えていた。
帝都の上空には輪が無いが、地平線までの空に複数の輪が見えている。
皇帝は、バルコニーから、空の輪を見ながら、配下の報告を受けていた。
「陛下。あの数字は、異変が起こるまでの日数と時間だと思われます。」
それは、二つの人間の使う数字だった。
一つは毎日一つづつ減り、一つは昼過ぎにゼロになり再び大きな数字に戻る。
「農民や国民の中には、文字が読めない者も居りますので、簡単な数字の説明と、早見表の配付をしては、如何でしょう?」
「突然の砂嵐に巻き込まれては被害甚大であろう。其方にまかせる。善きに計らえ。」
家臣の提案に、皇帝は許可を出した。
急遽、ゼロから十までの数字一覧表が大量に作られ、輪の下方にある各家庭に配られた。
両方の数字がゼロになると異変が起きるので避難する様にとの説明も配付時に行われた。
人々は、天の数字を気にしながら、家畜や日用品を屋内へと仕舞っていた。
起きる時期が、明確に判るのは、不安も恐怖も無く、準備をするのに大変役立つ。
時間が近付くと、人々は互いに声を掛け合い、家路を急いだ。
斯くして、皇帝の推測通りに、異変は起きた。
人々は、豪雨と砂嵐の轟音の中で、耳を押さえて必死に耐えた。
室内でも会話が儘ならない程だった。
どの位の時が経ったのだろう?
家屋にかくれていた、農民が静かになった事に気付く。
「あれ?終わった?」
扉の押えを外し、外を覗く。
まだ、風があるが、陽光が射している。
家を出て天を仰ぐと、輪の中央に、再び数字が浮かんでいた。
急いで母屋に戻り、役人から渡された紙を広げて、天の数字を見上げる。
「えっと、六と二十だな?あれは。異変は七日続くと言っていたから、六日と時間か?明日の昼過ぎまで無いのか?」
毎日、天の数字を見ていたので、理解は早い。
正直、七日間も閉じ籠るのは辛いと思っていた。
「夜はゆっくり眠れるんだな?あんな音じゃ眠れないと思っていたが、御使い様の御慈悲に感謝だな。」
農民は、天の輪に向かって手を合わす。
落ち着いて大地を見れば、赤茶けていた大地が、雨水で流された砂で踝くらいの厚さに覆われている。
あと六日も続けば、かなりの厚さになるだろう。
家屋は、比較的高所にあるので、埋没する心配は無さそうだ。
振り返れば、家の屋根などが一部、強風で壊れている。
「さて、修理するか!治せる時間まであるなんて、本当に御使い様の配慮には頭が下がるよ。」
農民は家に入ると、家族に様子を知らせ、笑い声と共に家屋の修理を始めた。
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皇帝の居る城からは、輪に示された数字は見えない。
しかし、報告により、昼過ぎに異変が起きる事は知っていた。
昼食を取ると、彼はバルコニーから一番近い輪を眺めていた。
連なる輪の柱の中を、天から白い雲と、黒い雲が交互に下って行くのが見えた。
その度に地上は霞み、帝都まで風が寄せるようだった。
白、黒、白と続いた後に、雲は降りて来なかった。
天の輪は、いまだ残っている。
「あれで終わりなのか?七日間続くのでは?」
しばらく見続けたが、変化が起きないので、室内の椅子に腰掛けて、報告を待つ事にした。
夕刻になって、やっと側仕えが報告を持ってきた。
「御報告致します。天の輪は再び数字が浮かんでおりました。それを見ると、異変は昼過ぎにしばらく発生し、翌日の昼過ぎまでは起きない様です。各地の被害は軽微でございます。」
報告に皇帝は安堵した。
閉じ込められる国民の生活を心配していたのだ。
「多くの者が、夜はゆっくり眠れると喜んでおります。」
安堵の息を吐いた皇帝を見て、家臣一同も笑顔が浮かぶ。
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事の次第を知っている者は兎も角、知らない者は困惑していた。
天から、何かが飛来してきたが、みるみる数が減り、全く見えなくなってきた。
真の主も現れなければ、破滅も来ない。
行商人達により、帝国が御使い様による祝福を受けた事を、諸外国の住民が知るのは、更に数ヶ月後のこととなる。




