大神殿
暫くして体調が戻ったステファンは、ガースの家を出て石畳の足もとが粘つくのを感じる。
目が慣れて見えたのは、血の海だった。
彼は堪らず嘔吐した。
ワイズが哀れむ様な目で見下ろす。
「お前は王に成るのだろう?敵の屍を踏み越え。いや、時には身内すら手にかけて、進まなければならない立場のお前が、その様か?」
確かに、フーデルヒースは平和過ぎた。
ステファンは、壁に手を付き涙目で、ワイズを怨めしそうに睨む。
家から、残りの二人も出てきた。うち一人はガースだ。
ガースの姿を見た女性が、物影から姿を現して彼に駆け寄る。
「貴方、大丈夫?」
抱き着く女性の身体を、ガースの手が優しく包む。
ガースの妻なのだろう。
彼は妻の背中と後頭部を押さえて、自らの身体に密着させた。
「ううっ、うーっ、うーっ!」
声に成らない声を発して、女性が痙攣する。
そのまま二人の肉体は混ざり合い、後にはフィグロの姿が残った。
ステファンの口からは酸っぱい胃液しか出ない。
息も絶え絶えだ。
「では、大神殿にでも参りましょうか。」
フィグロが手招きして、イフィルが続く。
躊躇するステファンの背を押して、ワイズが急かす。
解っている。彼等が心身ともに、この中で最弱最下位なのだ。
十分程で教会前を通ったが、警備兵に誰何されなかった。彼等が何者かを誰も知らないからだ。
三十分くらい歩くと、大きく立派な建物が見えてくる。
確か、昼間に見た『国会』とか言う建物で、国民に選ばれた代表が話し合い場所だと聞いていた。
『民主主義』において、責任を擦り付け合う場所だとか。
前まで来ると、フィグロがステファンに歩み寄ってきた。
「殿下。これを耳に付けて下さい。」
ゼリー状の塊が二つ。手渡された。
言われるままに、耳に付けると、勝手にモゾモゾ動き、耳を完全に塞ぐ。
「御安心を。危害はありません。」
フィグロの声は、ちゃんと聞こえる。
ステファンがちゃんと着けたのを確認すると、フィグロが国会の正門から堂々と入って行く。
ステファンは、軽い目眩を感じるが、意識を失う程ではない。
警備兵達は、動かなかった。
硬直しているのではなく、意識が朦朧とした目をして、立っている。
若干、体も揺れている。
「御使い様の真なる声に、被造物は抗えないのですよ。」
ステファンの耳元でフィグロの声がする。
地上に創られた生物は、遺伝的に特定の音波に反応する様に造られている。
エデンとカナンでは異なるが、脳が思考を停止して、記憶すら残らない。
品のある豪華さだが、宗教色を廃した建物の中央を進む四人を止める者は、誰も居ない。
途中でフィグロが、何人かの頭を鷲掴みにしている。
ステファンは、目を反らすしか無かった。簡単に慣れるものではないからだ。
恐らく、建物の一番奥まで来たのだろう。
壁が有り、左右に上階への階段が延びる。
フィグロは、その正面の壁を押し開いた。
隠し扉だ。
最後尾を歩いているワイズが、扉を閉めている。
奥へと続く通路の先には、金色に輝く豪華な装飾と、神話を型どった像が幾つも並んでいた。
法衣を着た者達が、忙しなく動いていたが、場違いな姿の四人を見付け、騒ぎだした。
特に兵隊らしき姿は無い。
剣士姿のワイズに怯えてさえいる。
ここまで武装した者が入ってくるのは、想定外なのだろう。
真ん中を真っ直ぐ進み、幾つかの扉と階段を抜けると、広間に出て祭壇が有った。
上部で、作業している者達が居る。
「何者か?」
壇上の一人が誰何する。
「司祭長はどこだ?」
イフィルが聞き返す。
明らかに外敵と判断した男が、四人を睨み付け、他の者達に指図した。
「異端者め!どうやって、ここへ・・・」
言いかけた男の首に、回り込んだワイズの剣が迫る。
「ふん!司祭長様は、居られん。場所は誰も知らぬ。」
たぶん、本当なのだろう。知らなければ、拷問されても吐けない。
イフィルは周囲を見回し、諦めた顔で、踵を返した。
ワイズも剣を納めて後を追う。
壇上の男は、力が抜けてうずくまった。
「放っておいて良いのですか?」
「放置はしない。」
ステファンの問いに対する答えは、行動に相反する様に見えた。
彼等四人は、もと着た道を戻り始めた。
隠し扉を抜けた先は、大騒動になっていた。
とても部外者をどうこう出来る状態ではない。
屋外では悲鳴さえ聞こえ、逃げ惑う人々が見える。




