改宗
イフィル達は、夕食が終わってから、ガースの家に向かった。
ポールも、半日もすれば落ち着いていた。いや、諦めていた。
イフィルがドアをノックする。
「どちら様ですか?」
「王国から来ました。ガースさんのお宅ですよね?」
イフィルが声をかけた後、しばらく沈黙が続いたが、静かにドアが開いた。
鎧姿のワイズを外に残し、イフィル、フィグロ、ポールの順に入室する。
「王国諜報省の使いで参りました。」
「今は、ガースと名乗っていません。それに諜報活動も・・・」
主人は、来客に椅子を薦めた。
三人は、ゆっくりと腰をおろし、うつ向き加減だったポールが、顔をあげる。
「で、国家を捨てて、自由を手に入れたと?」
「殿下?なぜ、ここに?」
来客の一人が、王国の皇太子である事に、驚かない者は居ない。
「妄想に毒されない、強い意思を持っているからだよ。」
ステファンが軽蔑した目でガースを見下ろす。
「あぁ、奥さんが教会に駆け込んでいますね。流石に手回しが早い。」
椅子に腰掛けたフィグロが、服の裾を直しながら、口にした。
ガースは、驚いて奥のドアから逃げようとしたが、ドアが開かない。
「我等を前に、足掻けると思って居るのか?」
「そうやって他者を見下していればいいさ!今に、今に!」
ステファンは、『ドン』とテーブルを叩く。
「見下して居るのは、裏切り者だ!」
「・・・・・・」
フィグロが椅子から立ち上り、ガースの頭を片手で鷲掴みにする。
「いろいろと吐き出してもらいましょうか?」
「あがっ!あぐぅ、がっがっ・・・」
ガースが変な苦しみ方をする。
足掻くが、動く事も、逃れる事も出来ない。
頭を鷲掴みにしたまま、フィグロがステファンの方を振り返った。
「殿下、何をお知りになりたいですか?」
「そうだな。他の密偵は、どうなったとか、どの位の機密が漏れているとかが判れば嬉しいが。」
フィグロは頭を掴んだまま、暫く黙って考えている。
ガースの身体は小刻みに震え、目は白目を剥いて涙を流し、口からは泡混じりの唾液を垂れ流している。
「密偵は、全滅ですね。寝返らない者は死んでいる様です。末端の構成員なので、たいした情報は持っていませんから、漏洩は役立たずだったらしいですが、王国で共に訓練を受けた者を、次々と取り込んでいったみたいですよ。」
「どうして、そんな事まで判るのですか?」
フィグロの明確な返答に、ステファンが驚く。
ゆっくりと、その手を放す様子を見て、更に驚愕する。
ガースから放した手は、人間のソレではなく、半透明な蛸の脚の様に伸びていた。
ガースは、頭に幾つもの穴が開いており、血や白濁した物が噴き出しながら、床に崩れ落ちた。
「脳味噌を食べたからですよ。」
当たり前の様に語るフィグロに、ステファンは、腰を抜かして震えた。
「人の成せる技ではない!」
「それは、そうでしょう。私は魔族ですから。」
普通に、にこやかに笑うフィグロが、かえって恐い。
トントントン
ドアのノック音に、ステファンがびくつく。
「イフィル様。武装した十数人がやって参ります。」
ワイズが扉の向こうから告げる。
イフィルは、腰を抜かしたステファンの様子を見て。
「こっちは、少し動けない。相手をしてやれ。」
「御意。殺しても?」
「好きにやれ。」
ワイズに指示を出す。
やがて、屋外で、騒ぎ声と悲鳴が聞こえる。
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ワイズは、迫り来る相手を目視して、腰に挿した二本の剣を抜く。
黒い刀身に、刃の部分だけが、銀色に輝き、高い唸り音を立てる。
兜のフェイスガードが左右に開き、横に広がる。いや、これはバーンの前足だ。
ヘルメットに擬態していた目玉が周りを見回し、ワイズの額部分に牙が見え隠れする。
背中の翼を若干、開いた。
腰を落とし、左右に開いた剣先は地面に付き、刃を前方に向けている。
武装した兵は、六人づつ左右に別れ立ち止まり、それぞれ半分が小さな弓を構えていた。
「ボーガンか?」
「放て!」
左右から合計六本の矢が放たれた。
同時に、残り三人づつが、剣を振りかざし、走り出した。
ボーガンの合図と同時に、ワイズの後方から凄まじい風が吹き、ワイズの身体を左手の敵側へと追いやる。
風を背中の翼に受け、異様な速さで突進していくワイズ。
六本の矢は、空中で叩き落とされる様に地面に落ちた。
バーンの手が光を放ち、高重力の壁が出来ていた。
右翼の三人は、ワイズの急激な接近に、間合いをずらされ、振り上げた剣が間に合わない。
左右に逃げようとするが、既に遅く、突進してきたワイズの広げた剣が左右から襲ってきた。
剣で受けようとした三人だが、その剣も、鎧も、肉体すら、マッシュポテトの様に、抵抗無く切り裂かれた。
高周波ブレードだ。
切り裂かれた三人の向こうには、ボーガンを放った三人が居る。
ワイズの頭部から、炎が放たれ、火ダルマになって転げた。
バーンのブレスだ。
勢いを止めないワイズが、流れる様に、切り裂いた。
武装兵の左翼は、予想外の速さに相手を見失い、剣が空回りした。
体制を立て直して見た右側は、血の海だ。
左翼三人の剣士は追撃しようとするが、既に間合いをとられて、相手は対峙しようと向きを変えている。
ボーガン隊は、次弾装填しようてしていた。
圧倒的に、機動力が違っていた。
バーンは力場で風を起こし、翼で受けて推進力にしていた。
前足で重力を操り、口内に蓄えたマソで粒子加速の炎を放つ。
ドラゴンとしては、基本的な能力だ。
ワイズは力場で障壁を張りながら、磁力パルスによる高周波振動で金属すら切り裂いてゆく。
次の餌食はボーガン隊だった。
鈍足で素手同然の彼らに、抗う術は無い。
三人の肉体か、瞬時に六つになり、路地に転がる。
一瞬に九人を切り裂いた相手に、残った三人は恐怖しか無かった。
耳を劈く高い音に、思考すらままならない。
化け物の様な外観の相手は、剣を構えて、最後の言葉を発する。
「崇める神を、間違えたな。」
死体が、更に三つ増えた。




