ステファンの決意
皇太子ステファン・マー・フーデルヒースは、経験不足を感じていた。
国内では、ラーミァ・ガーランド・ナジェスが。
隣国では、カナシス・マー・ラージァニースが、御使い様と旅をして、魔族達と対峙したと聞く。
年齢は、自分が最年長なのに、経験値では出遅れている。
確かに、失禁や気絶する様な激しい経験は、どうかと思わない事もないが、もう少し近付きたいとは感じる。
正直、ラーミァに胸を張れる男に成りたいと言うのが、本音だ。
彼女に聞いた御使い様からの教え『上に立つ者は、下々の者達の生活に気を止めてやらなければならない。力だけで押さえ付ければ、反感を買い、やがて対立する。』と言うのは、支配者としての心構えとして学んだ中にも似たものがあった。
「言葉として覚えた物と、実際に体験した事では、その理解度が違うと申していたな。」
側仕えのクイントを従え、ステファンは、城から城下町を見下ろしていた。
父である国王の書類仕事を手伝ったり、会議の資料に目を通して助言したりと、17歳になる彼は、既に国政に携わっている。
かつては許嫁も居たが、その家が汚職で罰せられた為に破談となり、以後は、あまり異性には興味が湧かなくなった。
最近、見掛けた女性は、15歳でガーランドの名を受け、鼻につく貴族娘かと思っていた。
が、調べてみれば実積も有り、御使い様に認められて隣国との交渉も成功させた。
身を守る偽装の為とは言え、民衆の生活にも理解があり、御使い様の命で帰宅に同行した時も、その経験を語ってくれた。
尊敬の念すら感じ始めている。
「できれば、彼女と同じ物を見て、共感出来る様に成りたいものだ。」
ステファンの漏らした言葉に、側仕えが、視線を動かす。
「クイントよ。秘かに庶民の生活を見る事は出来ぬか?できれば体験もしたい。」
側仕えであるクイントは、暫く考えた。
平穏時に、権力者の御忍び徘徊は、定番と教えられたが、ついに、その時が来たかと思ったのだ。
「殿下。準備がございますので、午後までお待ち頂けますか?」
「なにっ!出来るのか?」
「はい。御命令と有れば。」
クイントは、午後の予定表を見ながら、答えた。
「午後に、馬車による王都の巡回がありますので、その際に。」
「うむ、命じる。期待しておるぞ。」
クイントは、他の側仕えに後を任せ、準備の為に下がった。
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午後。馬車の中では、ステファンの着替えが行われていた。
「ほう?化粧もするのか?」
「いいえ。これは、日焼けや汚れを作るのです。」
この国でも、化粧をする男性は希だ。
ステファンは、一瞬、驚いたが、すぐに納得した。
庶民の服装と言っても、上等な部類に入るソレは、ステファンのサイズの物が用意されている。
「殿下。本日は、庶民の食堂で安い食べ物を体験して頂きます。」
「うむ。珍しい味なのだろうな?」
「珍しいと言うより、不味くて食べにくいとお考え下さい。」
ステファンは、少し顔を顰めた。
「ラーミァ様が体験された農村の食事は、更に味気無く、堅い食事の筈です。」
「まずは、第一歩と言う訳だな。努力しよう。」
「平民の生活を知り、王家の生活の優遇さを理解して、優遇されている者の責任と、それを支えてくれている者達の事を御理解頂ければ、王家と平民の主従関係が崩れる事は無いと存じます。」
下の者の苦労が判らなければ、傲慢な主となる。
それは、平民の事だけではなく、王と家臣の。更には自分達の様な、側仕えとの関係にも影響をする。
しかし、配下の者が『自分達の事も少しは考えて下さい。』と言えないのが主従関係と言うものだ。
クイント達にとって、ラーミァとの出会いで、下々(シモジモ)の生活に興味を持ったのは、逃す事の出来ないチャンスだったろう。
主が『命じる』だけなのと、『意見を求める』のでは、周りの者の負担は、雲泥の差となる。
これは、皇太子の御乱行に託つけた、側仕えの為の皇太子教育なのだ。
クイントが皇太子から『命令』の形をもぎ取ったのは、本来は諌めなくてはならない立場だが、命じられれば従うしか無いからだ。
この短い時間に、多くの側仕えが、クイントに賛同し、惜しみ無い協力をしてくれた。
御者は、路肩で合図する者を確認してから、いつもの巡回ルートを外れて、人気の無い路地へと入る。もちろん、御者もグルだ。
路地で止まった一瞬に、クイントと皇太子が、素早く降りて、壁に身を寄せる。
急にコースが変わった事に驚いた近衛兵の馬が、後から追いかけて来て、彼等の横を素通りして行く。
「殿下。ここからは、私の知人、『ポール』として、扱わせて頂きます。以後の御無礼を御容赦下さい。それから、ボロが出ない様に、言葉をお控え下さい。」
「委細承知しておる。世は、其方について行き、出す物を食せば良いのだろう。」
話していると、先ほど路肩で合図した男が歩み寄ってきた。
「我が家の下男だ。案内をさせる。」
下男が頭を下げた。
「この男は、同僚のポールだ。庶民の食事を食べてみたいそうだ。案内をしろ。」
ステファン/ポールは、黙って頷く。
「平民の職人達が出入りする食堂でよろしいでしょうか?」
「あぁ、任せる。」
「承知致しました。」
クイントが答えて、下男が道案内を始めた。
彼等の後を追う者はいない。
黒っぽい猫を除いては。




