帰宅
皇太子の同行は、やはり大事になる。
護衛は百人近い。
周囲の注目も浴びるが、何よりも道の占拠率が半端ではない。
大通りなら兎も角、農道では騒ぎを通り越して、迷惑でしかない。いや、無理だ。
せめてもの救いは、御者台ではなく、客車の中だと、それらの視線を感じずに済むと言う点だった。
ラーミァは皇太子に同行されて、馬車と行列で帰途についていた。
こうなると、正直、イフィル様とのノンビリ旅が懐かしい。
いや、御使い様と判る前の旅だ。
貴族は普通、単身で人に会ったりしない。
男女なら尚更だ。へんな噂が立たない様に、側仕えや侍女を同行させる。
帝国でのエデン入りの馬車も、ラーミァと皇太子の他に大臣と帝国が用意した侍女が乗っていた。
帰りは近衛のハッチクスが同乗していた。
王国内での帰宅にも、当然、侍女と側仕えが同行している。
ラーミァは、帝国内での話をする時に、微妙にイフィルと御使い様を別人扱いして話した。
皇太子は、ラーミァの話を熱心に聞き、代わりに王国内でのイベントや祭りの話など、明るい話題を提供してくれた。
後で考えれば、ラーミァの事を気遣ってくれていたのだろう。
「それにしても、もし、御使い様が、平民の格好で現れたら、我々は困りますよね?」
「後から正体を知らされたりしたら、わたくしは暫く寝込みますわ。」
二人の例え話は、彼等の心情を如実に語っていた。
同じ思いを共有出来る相手が居るのは、とても安心出来るし、親近感が湧く。
真っ直ぐ進めば、王城から祖母の待つ自宅までは、三日で着く。
その二泊の間に、ラーミァとステファン皇太子の関係は、かなり親密になったと言える。
宿泊は、街の大きな宿屋を貸し切り、ラーミァの手料理を殿下に味見してもらったりもしていた。
時折、皇太子が見せる、悲しそうな顔を、ラーミァは気にはしていた。
もうすぐ自宅と言う所まで来て、ラーミァは異変に気付く。
「あれっ?結界がない。」
来客や保安の為に、いつも張っている結界が見当たらない。
祖母のラーファに何か有ったのか?先駆けが着いて、解除しただけなのか?
到着して、馬車を降りたラーミァを待ち受けていたのは、身の回りを助けてくれている農民の、悲しそうな顔だった。
「若先生。大先生が、大先生が・・・」
祖母のラーファは、農民に『導師様』と呼ばれるのを嫌っていた。
代わりに呼ばせていたのが『先生』だったが、ラーミァが導師に成ってからは、『大先生』『若先生』と呼ばせていた。
いつもは、門前で待っているエリスも居ない。
ラーミァの背中に冷たい汗がながれる。
「お婆様!」
扉を破る勢いで入ったエントランスには、導師服を着た見知らぬ四人と、ソファーに座らされたエリスが居た。
追いかけてきた皇太子に礼をしている所を見ると、国王の手配した魔導師なのだろう。
ラーミァは、家の更に奥。ラーファの部屋へと無言で押し進む。
「お婆様!ラーミァです。」
部屋へと入ったラーミァが見たのは、寝台に静かに眠る様に横たわる、祖母ラーファの姿だった。
起き上がった祖母は、ラーミァの顔を見て、優しく微笑んだ。
彼女には、一瞬そう見えた。
だが、それは涙に滲んだ幻だった。
二名の魔導師が、祖母の身体に魔法をかけている。
祖母はラーミァの声を聞いても微動だにしない。
彼女は、寝台の前に跪くと、祖母の手を握る。
氷の様に冷たい。
二人の魔導師が、冷却魔法をかけているのだろう。
「お婆様!お婆様!お婆様。」
ラーミァは、そのまま、祖母の身体に頭を沈めた。
「ラーミァ殿が帝国へ発たれた翌日に、使いが城へ参って、知らされた。ラーミァが帰宅するまで知らせるなと書き置きが有ったそうだ。」
皇太子が、部屋の入り口にたたずんで、彼女に告げる。
「どうして、こんな事に?」
「医師の見立てでは、老衰らしい。いや、魔道具を身体の隅々まで。指先から内臓、心の臓まで染み込ませて、無理矢理生きていたと言うのが、真実だった様だ。其方をイフィル殿に預けて、安心したというところか。」
ラーミァは、祖母の体から顔を上げない。
「世話をしていた者の話では、其方が家を出た直後から、エリスとかいう人型魔道具が、いろいろと片付けを始め、ラーファ殿の落命と共に、動きが止まったそうだ。」
皇太子の話からしても、祖母は死期を悟っていた様だ。
「お婆様。お役目は、ちゃんと果たして参りましたよ。安心して御休み下さい。」
ラーミァは最後の報告を祖母に伝えた。
ここまでで、『帝国編』は終わりです。
次回からは、『堕天使編』の予定。




