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ドラゴンの意匠

世の中には、不幸な星回りの者が居る。


一例として、貴族の中には、身内の不手際が原因で、取り潰された家がある。

トバッチリで貴族でなくなった者の中には、その後の功績で地位を取り戻す者も居るが、汚名にまみれた、昔の家名を名乗る事は無い。

当然、家の紋章も新調される。


そんな男が、ここにも居た。

マイセニウム・フォン・ドラゴ(仮)。

隣国ファンドラとの通商条約を纏めた功績で、貴族に返り咲く予定の、現商人だ。


「後は、この家名と紋章を届け出て、陛下に認めて頂ければ、晴れて貴族に返り咲ける。」


愚弟の犯罪関与で、爵位を失って四半世紀。

かつての取り引きと、努力の甲斐あって、大きな事業を成功させ、国を支える食糧事情に貢献した。


「ドラゴンの様に、強く気品が有る一族にしなくては!」


家名と紋章は、伝説のドラゴンに因んだ物だ。

城へ向かう馬車にも、既に紋章を刻んである。


街中を進む彼が、外を眺めていると、変わった鎧姿の兵士を見つけた。


「おいっ。馬車を止めろ!」


貴族らしく、御者に扉を開けさせると、身なりを整えて、馬車を降りた。


側仕えを従え、道を少し戻ると、馬車から見えた鎧姿を探す。


「おお!居た居た。お前、あの鎧兜を手に入れて参れ。」


マイセニウムは、行商人馬車の脇で立っている、鎧姿の者を指差す。

側仕えは、一礼をして駆け出し、鎧姿と話しては、直ぐ様に戻ってきた。


「旦那様、申し上げます。」

「今日からは『男爵』と呼べと言ったであろう!」


言われた側仕えは、自分の頭を軽く叩いた。


「男爵様。あの鎧は売れる物でも無いし、工房で作っている物でも無いそうです。」


商人上がりの側仕えとしては、出来る限りの事をしたと言えるだろう。


「平民では、らちが明かないか。良い。我が行く。」


マイセニウムは、自ら鎧姿の元へ向かった。


「あーっ、其処な武者よ。我はマイセニウム・フォン・ドラゴ。帝国男爵である。其方の主人は何者か?」


鎧男は、暫く考えて、


「わが主人は、行商人のイフィル様です。」

「なんと?行商人の私兵とな?」


確かに、護衛を付ける商団は有るが、護衛を付ける行商人など聞いたことも無い。


「わが家名のドラゴは、ドラゴンに由来する。見れば、其方の鎧は、ドラゴンの意匠に相応しき一品だ。是非に譲っては貰えぬか?金なら望む額を出す。」


鎧男は、少し考えた。


「いや、その様な話は聞いていないな?いつ頃の由来なのだろうか?」


何か、話が噛み合わない感じを抱いた男爵に、別の所から声がかかる。


「うちの者に、何か御用でしょうか?」


見れば、馬車の荷台から、男が一人、降りてくる。


「うむ。其方が主人か?我はマイセニウム・フォン・ドラゴ。このドラゴンの如き鎧兜を譲ってはくれぬか?金なら出す。」


マイセニウムも商人経験者だ。無理を言わず、上の者と商談で始める。


「イフィル様。この者はドラゴンとユカリがあると、訳のわからぬ事を申しておりますが、母からは何も聞いておりません。」


鎧男が行商人に何やら話すが、貴族に対する礼儀がなっていない。


「お貴族様。大変申し訳ありませんが、これは売れる物では有りません。」

「売れぬか?では寄越せ!」


マイセニウムは、元々から貴族の育ちだ。

本来は、平民が貴族に逆らってはならず、求められれば差し出さねばならない事を、充分に理解している。

彼は、宣言と共に、兜へと手を伸ばした。


「噛みますよ。」


行商人が、訳のわからぬ事を言う。

犬や獣が居るわけでもあるまいに。


兜を剥ぎ取ろうとした手に、痛みが走る。

兜のヒサシ部分が指に食い込んでいる。


「ぎゃあぁぁぁ!」


男爵は叫んで手を引いた。

かろうじて切断は免れたが、指からは大量の血が滴る。

側仕えが、急いで布を出して、止血をしているが、布が直ぐに真っ赤になった。


「おのれ!我に、手を出して、ただで済むと思っているのか? 」


男爵は、痛みに耐えながら、顔を真っ赤にして激怒した。


裏通りではあるが、大声を上げれば人も集まる。

行商人を前に、貴族らしき男が血を流しては、騒ぎにもなる。


野次馬の人集りから、二人の男が歩み寄ってい来た。

幾分、良い身なりをしている。

懐から皇帝の紋章を刻印した金属板を出して提示する。


「皇帝陛下直属の者です。こちらでお話を伺いましょう。」


男爵は、鎧男達が連行されると思って、笑みを浮かべたが、意に反して、腕を捕まれたのは、男爵だった。


「何をする?我が被害者だぞ!」


直属の者は、行商人に一礼すると、男爵を引き摺って去って行く。


「なんか、頭のオカシイ奴が護衛に切られただけらしいぞ。」


どこかで声がするが、そこには人の姿は無い。


『なんだツマラナイ』と野次馬達が去って行く。

誰も居なくなった裏通りで、鎧武者のワイズが片膝を付く。


「騒ぎを起こして、申し訳ありません。御助言をありがとうございます。ゼータ様。」

「なに。あれは不可抗力じゃ。それから、こちらでは、儂の事を『ゼルータ』と呼べ。」


馬車の屋根に陣取るゼルータに、ワイズが頭を垂れる。



マイセニウムは、貴族復帰が果たされる事も無く、城で急死したと伝えられている。


世の中には、不幸な星回りの者が居る。


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