後継者達
帝国に帰ってきた馬車は、帝都へ向かっていなかった。
「少し、寄道をします。」
「どちらへ向かうのですか?」
休憩で停車した時にイフィルは、懐から拳大の宝石を出して見せた。
泉から掘り起こされて、皇帝の杖に飾られた物だ。
「それは、グランドマザーですか?実物は初めて見ます。」
ワイズとバーンが覗き込む。
カナシスが、目を背けた。
途中で野営用の馬車に待機を命じて別れ、イフィル達と近衛隊は、『泉の石碑』にたどり着いた。
窪地の中央に、石碑が立っているだけで、泉など無い。
「ワイズよ。これを、あの石碑の辺りに沈めて来い。」
イフィルに命じられて、小高い場所から窪地に降りたワイズは、石碑の近くまで歩いて、石碑の前の地面に宝石を置いた。
宝石へかざす様に、下向きに手を向けると、掌が僅かに光って宝石が消えた。
いや、地中深く沈み込んだのだ。宝石と同じ大きさの穴が残っている。
作業が終わると、ワイズは踵を返して、馬車へ向う。
彼が窪地から上がる寸前に、石碑の穴から水が涌き出るのが見えた。
「これで、少しは元通りになるのですね。」
カナシスが呟く。
近衛達も、涌き出る水を眺めている。
アルデバランの嘶きと共に、一行は帝都へ向かった。
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ラーミァ達が、帝都へ戻ったのは、出発から五日目だった。
先ずは、ワイズとバーンの紹介が行われた。
〔土地の貸し出し条件は、期間中、この二名を魔導帝国名義で預り、身元保証をする事だ。〕
イフィルが、会議室で皇帝と皇太子、大臣達の前で、紹介した。
「御使い様。お二人と仰られましたが、私共には御一人しか見えません。」
仕方無いだろう。彼等の前には、鎧兜を着けた一人の武将しか見えない。
〔そうだな。両名共に自己紹介をしろ。〕
「かしこまりました。」
鎧武者の背中から、大きな翼が広がり、羽ばたき始める。
その、兜と肩当て部分が開き、宙に舞った。
後には、鎧を纏った青年が一人。
「我は、エデン代行者たるハイフースが子。ワイズである。」
宙に舞った兜と思われた物は、その翼と、四肢と尻尾を広げ、本来の姿を曝す。
兜と思われていた部分で瞼が開き、牙が見える。
面当てと思えた部分は、前足だった。
頭は扁平だが、それは一メートル程のドラゴンだったのだ。
「我は、エデン代行者たるハイフースが十二子。バーンである。」
突然の魔物の出現に、皆が身をさげた。
ただ、皇帝と皇太子は、顔を引き吊る程度で耐えている。
バーンは、ワイズの頭、と言うより肩に止まり、翼をたたみ始めた。
「まさか、ドラゴンとは。」
大臣達は、かろうじて席に戻り、呟く。
しかし、土地の借用は帝国の死活問題であり、断る訳にはいかない。
「承知致しました。なるべく、騒ぎを起こさぬ様にお願い申し上げます。」
〔うむ。吾の側でカナンの地を学ばせるのが目的だ。無闇に暴れたりはさせぬ。〕
「御心のままに。我は兄の鎧兜として、見聞を広めます。」
大臣の願いに、イフィルが応え、バーンが従う。
確かに、皆が革鎧だと思い込んでいた位に、見事な擬態だった。
「どの道、御身に逆らう者に、生きる資格はございませんが。帝国からは、一応、身分証明書を発行致します。」
皇帝が、イフィルに頭をさげた。
次に、エデンに赴いた、ウルベルト・フォン・アーネスト大臣から、開拓地としての地図と、耕作面積、集落の予定数が報告された。
概算値である前置きがされたが、皇帝と大臣達から、感嘆の声が上がる。
更に、皇帝の側仕えから、イフィルによって伝えられた異変と、行うべき事が、報告された。
既に連絡は回っており、準備のはじまっている事も有るが、御使い様の前で、告知する事に意味がある。
〔では、命じた通りに、成せ。〕
イフィルの命じに、一同が礼をする。
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翌日、皇帝一家は城内の停車場近くで、ラーミァとの別れを惜しんでいた。
支配階級が、荷馬車用の停車場に出入りする事は出来ない。
権力の無い者が立ち入れない場所が有る様に、権力を持つ者が立ち入ってはならない場所と言うものもある。
「国王と、養母に報告をしなければなりませんから。」
ラーミァが皇帝の娘である事は、非公式にするという事になり、王命通り『行商人と同行』なので、彼女は荷馬車用の停車場から帰国するのだ。
停車場には、いつもの行商人馬車に繋がれたアルデバランが待っていた。
見慣れた風景だ。
しかし、馬車の荷台には、見知らぬ男が居た。
台車から、水や食糧を積み込んでいる。皇帝の指示だろう。
ラーミァは、作業が終わるのを待って、荷台に上がろうとした。
行商人見習いの装いに着替える為だ。
「きゃっ!」
荷台に上ろうとしたラーミァは悲鳴をあげる。
いきなり、後ろから押さえ付けられ、首にナイフが当てられている。
「怨敵め!」
作業していた男が、いきなり暴挙に出たのだ。
彼は、直ぐ様には殺さず、イフィルに見せ付ける様に、体の向きを変えた。
この手の奴らは、結果より意思表示を重要視する。
停車場の警備兵が、声をあげて、駆け寄って来た。
「倒しましょうか?」
ワイズが、イフィルの許可を求めるが、イフィルは首を横に降った。
男は、逃げ道を探っているのか、ラーミァの首にナイフを突き付けたまま、出口の方へ。荷車から馬の方へと、ジリジリ移動し始めた。
「腕だ!」
イフィルが口にした瞬間、男の腕に痛みが走り、ナイフを手放してしまった。
「ぎゃあぁぁぁ!」
アルデバランの牙が、男の右腕に食い込み、今にも千切れそうだ。
男がもがいている隙に、ラーミァは、イフィルの元へ逃げ帰った。
「放せ。」
アルデバランが口を開き、倒れこんだところを警備兵が押さえ込む。
血潮を舌舐めずりするアルデバランに怯えながらも。
「後はお任せ致します。皇帝陛下に御連絡下さい。」
イフィルに言われて、犯人は警備兵に引き摺られていった。




