再会と別れ
本当にSFですよ~
馬車は、迷う事なく道を進んでいた。
来た事があるのではない。『解る』のだ。
行商人は手綱を操り、馬に道を指示する。
やがて見えてきたのは、農村には不釣り合いな綺麗な外壁と、それに囲まれた立派な別荘の様な家だ。
門は開かれ、メイドが一人、立っている。
「お待ちしておりました。」
メイドが挨拶をして、馬車を招く。
よく見ると、メイドの顔は良くできた作り物だ。
敷地内に入ると、幾人かの下男が駆け寄り、馬車を停める場所へと案内した。
下男達は、普通の人間。いや、農民だろう。
彼等は、馬を見て目を見開く。怯えている感すらある。
建物の窓からの視線を感じるが、行商人はメイドに導かれるままに、建物へと入る。
エントランスを経て、ノックの後に通された部屋の中では、白い服の少女が、ソファに座っていた。
入室と共に立ち上がった少女は、スカートの端をつまみ、御辞儀をする。
「ラーファ様の養女で、導師のラーミァ様です。」
メイドが、少女を紹介する。
「こちらは、ラーファ様の古いお知り合いの行商人で・・・・」
「イフィルジータと申します。『イフィル』と御呼び下さい。そして、それが相棒のゼルータです。」
「ニャァ!」
少女の後で、いきなり猫が鳴き、少女は不意を打たれて、よろける。
「イフィル様は、ラーファ様に御用でいらっしゃいました。このまま、御案内致します。」
メイドの説明を聞きながら、ラーミァは乱れた装いを直していた。
「イフィル様は、エリスに驚きませんのね?」
ラーミァは、メイドに視線を送る。
「『エリス』と言う名前なのですね?はい。この手の魔道具は、魔導帝国には幾つかございますので。」
ラーミァは、このフーデルヒース王国から出た事が無いのだろう。
もっとも、魔導帝国においても、この手の魔道具は一部の上級者しか使えない代物だが。
「では、御嬢様。ラーファ様がお待ちですから。」
メイドのエリスは、イフィルとゼルータを、更に奥の部屋へと案内していく。
残されたラーミァは、聞こえない様に小さく囁く。
「男なのに『イフィルジータ』って、変な名前。それに20代でお婆様の古くからの知人って、おかしいでしょ!』
ラーミァは15歳だが、彼に会った事も聞いた事も無い。
少なくとも10年以上昔の知人という事になるが、現在の彼の見た目から、出逢ったのは十代と言う事になる。
祖母は、半世紀以上前から、上級貴族並みの権威を持っているらしい。
現在の行商人が、十代の時に祖母と知り合いとは、普通は考えにくい。
「何か有るわね。」
ラーミァは、ソファに座り、奥にある祖母の部屋の方を見つめた。
来客がある事は、結界で感知していたし、同じく感知していたであろう祖母のメイドが、伝えに来た。
しかし、まさか行商人だとは思わなかった。
ラーファの部屋に、その客は居た。
おそらく、二人なのだろう。
姿は、影の様にしか見えない。
ラーファは、ベッドから身を起こして、腰掛けていた。
「御尊顔を拝する事ができ、恐悦至極でございます。こんな格好で申し訳ありません。」
〔そんな身体になっているのだ。よく頑張っている。〕
[お前は、ちゃんと役目を果たした。我々の評価は、その点以外に興味はない。]
二人の言葉に、ラーファは安堵の顔を見せる。
時折、その身体に、光の線が走る。
〔で、あの者を向かわせるのか?〕
[能力は大丈夫なのだろうな?]
「ご安心下さい。潜在能力は、わたくし以上かも知れませんし、経験も、ある程度は積ませております。今回のお役目には充分な教育を済ませてあります。」
[しかし、時間がかかったな。]
「わたくしの後継者に相応しい能力を持つ者は、なかなか居ませんでした。かのカナスト様やニールファン様の血族なら見込みが有るのですが、さすがに・・・」
それらは、王族の名前だ。
〔お前の事は、話すのか?〕
「いいえ。それを話せば、あの娘は、お役目を果たせないでしょう。」
〔終わって、帰ってからと言う話しか!〕
ラーファは悲しそうな顔をしていた。
ノックの音がする。
瞬間、先程までの影は姿を消していた。
「ラーファ様。イフィルジータ様がみえました。」
「どうぞ。入っていたたいて。あと、ラーミァを呼んで下さい。」
エリスの声に、ラーファは入室を許可した。
「お久しぶりです。イフィルジータ様、ゼルータ様。どうぞ、お掛け下さい。」
促され、彼等は窓際にある椅子に腰をかけた。
しばらくして、ラーミァが入室してくる。
「御呼びですか?お婆様。」
ラーミァは、祖母のベッドの脇に膝をついた。
エリスが、扉を閉めて、その内側に立つ。
孫娘の顔を見て、笑顔を浮かべながら、ラーファはベッド脇の書棚から、一枚の書状を取り出した。
「ニールファン・マスト・フーデルヒース国王からの勅命です。魔導帝国が、エデンへの侵攻を計画している様なので、フーデルヒース国の勅使として、確認と、説得に行けという命です。」
「エデンに侵攻なんて、なんて無謀で罰当たりな!」
ラーファの話しに、ラーミァが驚く。
エデンとは、魔族と魔物の住む領域で、そこへの侵入は、世界を創造した御使いにより禁じられている。
「わたくしは、この様に長旅が出来る身体では有りませんから、わたくしの代行として、ラーミァに、この仕事を命じます。」
「私に、出来るでしょうか?」
ラーミァの不安に、ラーファの視線は、イフィルに向かった。
「そこで、案内と手助けを、イフィルジータにお願いしたい。」
「行商人に?」
ラーミァの不安は、当然だろう。
「イフィルジータは、誰よりも信頼出来る者です。彼に従って行動すれば、間違い有りません。」
「せめて、国の貴族に同行を頼むべきでは有りませんか?」
「ラーファ様は、魔導帝国内での妨害を懸念しておられるのでしょう。貴族同行では目立つので、帝都に着く前に、賊に襲わせるなどというのは常套手段です。」
ラーミァの提案に、イフィルが口を挟む。
「無事に成し遂げたならば、私の持つ、全ての魔導書をラーミァに授けましょう。私の代わりに頑張って下さい。」
ラーファは、孫娘の髪をなでて、微笑む。
「お婆様の命ならば。・・・ただ、心配です。」
ラーミァは、床に膝をついたまま、祖母の膝に顔を埋めた。
「大丈夫。わたくしにはエリスも村人もついて居ますから。」