私は仕事をしていない
目覚めたのは、馬車の中だった。
朦朧とする意識の中で、扉を開けると、甥のドナルドが文官と共に、簡易テーブルを広げ、測量技師や文官から書面を受取り、話を聞いていた。
「何が起きたのであったか・・」
馬車を降りて二、三歩歩いた時点で記憶が呼び覚まされ、私は一気に嘔吐した。
恐怖が呼び起こされ、辺りを見回したが、ソレ等は居なかった。
「叔父上!大丈夫ですか?」
甥が、駆け寄ってくれた。
遠目とは言え、同じ物を見たであろう、甥の心配が心に染みる。それに、なんと言う精神力。
「アレ等は、どうなった?殿下は御無事か?」
ドナルドは、私の肩を抱き、苦笑いをする。
「巨大な魔物。いや、魔族と言うらしいですが、あの者達はエデンの奥に帰って行きました。殿下は別の馬車でお休みですが、比較的元気でいらっしゃいます。」
まぁ、アレを見て平然としていたら、殿下と言えど化け物だ。
「あれから、新しい境界が作られました。以前の境界から10キロメートル程先で、今は開拓の為の測量を行っています。及ばずながら、殿下のご命令で、叔父上の代わりに取り纏めをしておりました。」
息子より、文官としては劣るが、身元保証人となって身内を近衛隊に入れた、自分の英断を誉めてやりたい。
アレを見て気絶した私を、駆け寄って助け、今まで代わりを勤めていたらしい。
妹に頼んで、是非とも私の後継者にしたい。息子は駄目だ。狩りもろくに出来ない奴に、国の大事は任せられない。
アレを見たら、心臓が止まっていただろう。
「すまぬドナルド。もう少し、仕事を任せても良いか?」
「承知致しました。馬車でお休み下さい。」
側仕えが持ってきた水を飲み干し、私は馬車へともどった。
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私の名はウルベルト・フォン・アーネスト。
ラージァニース魔導帝国の侯爵で、大臣をやっている。
事の始まりは、他国との負債額が増えて、食糧の輸入が困難になると言う予測の報告だった。
戦争による領地拡大か?王国に頭を下げるか?自滅するか?禁忌を犯すか?
延々と何度も協議が行われたが、纏まらない。負担が大きすぎる。
最終的には、禁忌を犯す。つまり、魔物の領域エデンへ侵攻して、豊かな土地を手に入れる事になった。
皇帝も不本意だったが、現実的には一番損害が少なそうに見えたし、皇帝も詳しく話せない様だった。
特に将軍は「魔物に負ける帝国兵士は居りません!」と息巻いていた。
文官寄りの私は、反対派だったが、最終的に皇帝が決めた事に逆らうつもりも無かった。
エデン侵攻の準備をしていると、王国へ送った密偵から、侵攻反対の使者が送られると言う情報が届いた。
王国と対立すると、帝国は直ぐ様に食糧を止められてしまう。
邪魔はされたくない。有耶無耶にしたい。
策士で有名な男が、「食糧難で乱れた帝国領内では、商人や貴族を襲う事件が起きているそうです。」と、会議で話した。
「王国からの使者が、何用でみえるのかは存じませんが、無事に到着しますかね?」
誰も、何も言わなかった。
皇帝が目を閉じて頷き、会議は終了した。
その件を詳しく知ろうとも語ろうとも思わない。
王国の特使が国境を越えたと言う連絡が入り、城内は騒がしくなった。
国境近くで、特使が襲われたと言う連絡を受けてから、救助隊を選抜し、装備を揃え、送り出した。
実にゆっくりとした手順で。
救助と言う名の死体回収隊だった。
しかし、到着した救助隊が見たのは、盗賊の屍と使節団の笑顔。
なぜ、使節団に三百人もの護衛が付いている?普通は五十人以下だろう。
救助隊の到着に、使節団は、二十名ほどの兵士を残して、他の兵を帰国させた。
帝国兵士に引き継いだのだ。これで何かが有れば国際問題になる。帰った兵士は、それを連絡するのだろう。
直ぐ様、帝都へ伝令が走った。
一流の策士は、予備案も考えておく物らしい。
仕損じた使節団は、出来るだけ姿を見せないで、兵も馬車に詰め込み『二度目の襲撃で全滅し、馬車のみ回収出来た』と触れ回り、城内で暗殺する。
多少の国際問題は、事故で片付け、こちらにも損害が有ったとすれば良い。
使節団に、大魔導師ラーファ・ガーランド・ナジェスの後継者が居ると聞き、皇帝は『城の雷』を使う準備をさせた。
『城の雷』とは、城内に蓄えたマスを使い、城内の魔導師全員の力を、城内に配置された魔力伝達網を使い、中央塔の特別謁見の間に伝え、皇帝の杖から一気に放出する、前代未聞の破壊魔法だ。
対人兵器としては過剰で、移動さえ出来れば、城すら落とせるだろう。
内容確認の為に、一応は会見したらしいが、決裂したのだろう。『城の雷』らしき魔法が使われ、塔の半分と帝都の一部が消え失せた。
あれ程とは思わなかった。
瓦解に慌てる直後の城内で、カナシス殿下から大臣召集がかかり、王国と条約を結び、エデンの地の一部が入手出来る事になったので、エデンの地に視察に行く旨が告知された。
あの、大魔法は、交渉決裂では無いのか?訳がわからない。
先々の予定として準備していた拡張計画書を引っ張り出してきたら、今度は、明日出発との命令。
「殿下。無理です。いくら何でも!」
「駄目だ。先方はお急ぎだ。物資と技師は後で追い付けば良い。」
先方とは、何なのか?判らないが動かせない決定らしい。
そして、殿下の同行と現場指揮の為に、数少ない侵攻反対派で魔物と戦った経験のある私が選ばれた。
今から思えば、あの塔崩壊で、怪我とかしておけば良かった。
翌日、他言無用だと釘を刺された上で、馬車を操る御者と猫が、世界創世の御使い様だと言われた。
殿下の頭は大丈夫なのか?
遠目に、猫に話し掛けて頭を下げる姿を見かけた。
謁見に立ち会った近衛隊にも、おかしな動向をする者が居る。
『城の雷』を目の前で見たのだ。少し錯乱しているのかも知れないが、全ては皇帝の同意済みだ。
更には特使として来た少女が、行方不明だったネーナニア姫様だったらしい。
話が全て、盛り過ぎ、跳び過ぎ、ご都合主義の意味不明だ。
しかし、兎に角は話を合わせ、事無くこなさなければならない。
途中の一泊で、何とか物資と測量技師は間に合った。
エデンとの境には、1メートル位の岩の壁があった。
ここには、若い頃に見回りで来た事がある。
そろそろだと思って、窓のカーテンを開けて見たが、馬車は止まらず進み、岩の壁は岩の塔になっていた。
誰が、いつの間に変成したのか?
壁だった向こう側は、森が有るのは壁越しにも知っていた。
鬱蒼とした森の中に道でもある様に、止まる事無く馬車は進む。
窓の外には森が続き、近衛達が戦っている様子はない。
おかしい。多少は魔物が出る筈だ。
見えていた森が途切れた瞬間、近衛の馬が怯えて嘶き、騒ぎだす。
並走していた近衛が止まって森の終わりから動かない。
後方用の窓を開けてみると、森の出口で全部隊が止まり、騒いでいる。
「殿下。何かが起きています。」
私の進言に、殿下も異常に気が付いたらしい。
「御使い様、カナシスです。何が起きているのですか?」
すると馬車は、静かに止まった。
馬車を降りてみると、馬車の前には、見たこともない化け物が三体いた。
2メートル位の昆虫の様な奴。
樽くらいのゼリーの様な奴。
5メートル位の羽根の生えた蜥蜴。長さは20メートルもあるだろうか?ドラゴンと呼ばれる生物かも知れない。
思わず、貴族のたしなみである剣を構えた。
「御使い様、お待ちしておりました。」
化け物の誰かが声を発した。
知性がある?魔物に?
私の常識が崩れ始めた。
[出迎え御苦労じゃ。先の通達通り、エデンの一部を十年間貸し出す。もう少し下がれ。]
返事をしたのは、馬車の屋根に居た猫だ。
ザワザワと音がして、魔物の後ろの森が動いた。
いや、森では無かった。
大きい物は10メートルもある毛むくじゃらの巨人。複数のドラゴンや数知れないほどの種類の生物が、蠢いていて、森の様に見えていたのだ。
今まで見ていた魔物とは、力の桁も数も違う。飛ぶ物もいる。
帝国軍でも、いや、人類では勝てない。
目の前が暗転し、気が付いたら馬車の中だった。
今回の遠征で、私は仕事をしていない。




